黒双の人猫伝説・上

 古き時代、大和の平原に一つの猫の国ありけり。

 其の地に住し双生の子供、名をばけいをアウグセム。ていをエウグレムと言った。

 三つ巴の戦いにつき親居らぬ子らは縁者に捨てられ、子らは自力にて世を生き抜かんと、ヒトを襲い強奪し加害を加え、世を知らぬ子らは暮らし続けし。


 ある折、其の地の王床に伏せし。

 寵愛せし妻(さい)が一人死に至れば、悲しみにくれ遺の物を運び込めと命ず。

 双生の子、街の外れにて居を構えしが為その王命知らず、ただ豪奢な服纏いし者襲い、彼の物が持ちし壺を奪いしは、その中、金銀玉石からなる宝詰まりて双生の子ら喜び。

 壺の中身、王の亡き妻の遺の物のなり。

 奪われし事知った王は怒りに眩み、双生の子らを捕まえその首打つ。


 王、その体と頸を民の前に晒し、

 民、王の狂行に怯えその地に寄らず。


 その晩奇特な者酒に酔いて近づけば、双生の子らの体消え、酔いし者首傾げば、背後から姿見えぬ者に切り裂かれし。

 怪奇幾つも起きれば王のもとに知らせ届きし。

 王、幾日も経てば冷静さ取戻し、子らの話聞かず殺した事後悔せり。

 怪奇の噂聞きつければ、弔いを命ず。

 しかし時すでに遅く、敵国の休戦求むる使者たる鳥人と耳長人の者、怪奇に殺められし。


 耳長人の王と鳥の王憤慨せしは、連携し猫の国襲いけり。

 憔悴せし王は無能となり敗戦を連ね、その首討ち取られて国滅びぬ。


 降伏した民、噂せり。

 怪奇は双生の子らの復讐なりと。


 噂聞きし鳥の王と耳長人の王、災厄恐れその首弔う。

 儀式の最中聞こえ来るは、唯不吉な猫の笑い声なり。


 ****


 莫大な歓声の声が上がる村の中、家屋の裏の影にて動く二つのもの。

 かしずく者。佇み、見下ろす者。


 立って見下ろす人物の声はその身振り手振りの大きさから、力強く何かを言っているのだろうと推測できるが肝心の内容は歓声にかき消され聞こえては来ない。

 片手に紐のような物を持ち、その拳を壁に打ちつけた後の数秒……偶然、歓声が少しばかり小さくなりその声が聞こえてきた。


「――誰の妨害があろうと、一度建てた我が志は絶対に折らせはさせん!!」


 ◆◇◆◇


 木材と土によって固められた壁に囲まれた広い村。真夏の日照りの下で動く者は少なく、ただセミの鳴く音などが虚しく響くのみである。家の数は多いものの、道を通る影はまばらでひどく寂しい。

 そんな村の見張り台。極端に床と屋根との間隔が狭く、寝そべらなければ碌に見張りも出来ないだろうと思われる中に、ぐったりと寝そべる猫の耳がつき猫の尻尾が臀部に生えた茶色の毛の人猫族じんびょうぞくの男が居た。夏の暑さが苦手なのか、寝そべったまままったく動いていない。

 そんななかピクリと片耳が動き、とある音を拾った。それは体格や歩き方の違う複数人の足音。ついでに茶毛の人猫族の男は、背後から来る仕事仲間の気配を感じて転がるように片側に詰める。茶毛が寝そべる場に割って入って来たのは、白い毛を持つ猫の顔で二足歩行の種、猫人族びょうじんぞくだった。


「あれ、なんだと思う?」

「……一人は魔法使い族っぽいにゃ……他の奴らは……?」


 遠くからでもなんとか視認できる円錐状の帽子を捉えて、猫人族の男は予想を立てる。

 望遠鏡は持って来ていない。猫は気まぐれなのだ。


「人獣か? あの魔法使い族が従えてたり?」

「……それなら耳と尾が無いといけないだろうにゃ……あ!」


 男特有の低い音程で会話しながらゴニョゴニョと相談していると、猫人族の男が何かを思いついたように声をあげた。人猫族の男が慌ててその口を押さえると、落ち着いた頃合いを見計らってその手を離した。


「もう、大きい声出すなよ! 姐さんに怒られるだろ!」

「すまんにゃ。……あれって花の騎士じゃにゃいか? 丁度今、この村には“破邪の騎士”様が……」

「なるほど! 確かにそれなら八人足す一人で数が合うな」


 人猫族の男が頭を天井の梁にぶつけないように控えめに頷く。二人はジッと“花の騎士”だと予想した者達を待った。ジリジリと焼けるような夏の日差しと騒がしいセミの鳴き声。二つの苦痛にぐったりとしつつも二人は己が役目を果たそうとジッと耐え忍ぶ。


「桜色水色黄緑色?」

「変な髪色だにゃ……“破邪の騎士”様も白い髪だし……やっぱり“花の騎士”かにゃ……」

「とりあえず待つしか無いな……にしても、あの女の人達かなり可愛くないか?」


 なんとか顔が視認出来るような距離に来たため、人猫の男は村へと向かって来る女性の姿を見て見惚れるようにしながら言った。猫人の男はそんな言葉に肩を竦め、


「人猫と猫人じゃ美醜の観点が全く違うんにゃから、そうだな。とか簡単に言えるわけないにゃ」

「それもそうだが……」


 どうやら仕事中であるにもかかわらずへらへらと軽口を叩く人猫族の男へ、猫人族の男は呆れたようにツッコミを入れた。

 猫になれるモノと、二足歩行の巨大な猫のようなモノでは認識や美醜の基準に隔たりがあるのは当たり前のことである。


「…………」

「今なんか言ったか?」

「いや、なんでも無いにゃ」


 人猫の男が猫人の男が微かな声で何かを呟いたのを聞いた。だが、内容までは聞き取れず、猫人の男は質問をサラリと受け流した。特に興味も無いため人猫の男も深くは聞かず、視線を八人の男女へ戻した。


 やがて、その一団が声の届くような位置にまで来た。人猫族の男は小さな穴から彼らを覗いたが、桜色の髪の少女リリアと、正確には緋色だが人猫族の男が黄緑色だと思った少女然とした女性、シャルロッテ。その二人と目が合い動揺したように赤面して顔を穴から外した。


「やっべ……可愛い……あの子ら俺に気があるんじゃね?」

「んな馬鹿なこと言ってないでさっさと入村の受付でもするにゃ。強い戦士なら気配も察知出来るんにゃからきっとそれだろうにゃ」


 そう言って器用に見張り台から下りていく猫人族の男。「たく、わかってるよ……」などと言いつつ人猫の男は見張り台から身を乗り出した。気配でも察知していたのか、門の奥に居る、黒い猫人の方をジッと見つめていた八人が、姿を見せた人猫の男の方に振り向いた。


「こんにちはー? 旅人さんですかね? 入村手続き?」

「あぁ。俺たちは……ん? どうしたレオン」


 アリサが前にズズイと出てきたレオンに尋ねた。その背後では暑そうに自身の髪を掻き上げるマオウの姿。レオンは適当に身振り手振りを交えつつ言う。


「あぁ、俺たちはただの旅人だよ。食糧の補給とか、いろいろ情報収集とかも含めてするために来たんだ」


 アリサとマオウ、そしてシャルロッテがレオンを「何言ってんだこいつ」という表情で見た。そのほかの者はただ夏の日差しにうんざりとした表情を浮かべていただけだが。


「……ほんとに? 花の騎士とかじゃなくて?」


 人猫族の男は八人を怪しむように見た。レオンが絶望したかのように顔を覆う。他七人はそんな少年の様子をわけがわからないというような表情で見る。

 レオンからすると花の騎士とバレて変な待遇を受けることがひどく面倒だと思っていたのだ。他の七人は楽観的に考えすぎている節があったが。

 人猫の男もそんな彼の反応に、七人と同様の表情をしながら台詞を続けた。


「だって今、は…………」

「は?」


 突然の頭痛に頭を押さえ、急に押し黙る人猫の男性。八人が訝しげに眉を顰める。マロンが心配するような声をあげる。


「どうしたんですか?」


 そんな彼女の声は、人猫の男性が続けて話した言葉によって酷くトーンが変わる事になった。


「なんか頭痛い……えっと、破邪の騎士様がいらっしゃったからさ」

「「破邪の騎士!?」」

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