イルミンスール・下

 北東部、マオウはハルバードを右に左に振り回す。一振りで二体。二振り目でさらに二体を破壊、切断する。いや、斬っているだけではないのだろう。切断面が歪な形になっているのだ。


「……しゃらくせぇんだよ! クソ雑魚どもが!!」


 マオウはなんのためか、思い切り空気を吸う。胸を張り、顔を一度空へと上に向けると、口を開きながら前方を向く。

 口の中に見えるのは様々な色に渦巻く物体。そして、顔が前に向いた瞬間、それが日の光の下に姿を見せる。


 渦巻く水流、と言うべきか。空中で渦巻きながらそれは前へと進み、機壊達を飲み込んだ。マオウの前方にいた機壊達をすべて巻き込むと、勢いを失ってやがて液体として地面に落ちた。だが、その場に残ったのは液体だけであり前方の機壊達の姿は無かった。あるとすれば、ところどころで液体に浮かぶ溶け残った機壊の残骸だけであった。


 マオウが再び息を吸っていると、右前方から機壊の新たな集団が現れた。


「もう一丁、ぶち壊す!」


 マオウは機壊達の方へと思い切り走った。マオウの脚力をもってすれば敵に追いつくことも容易いが、複数体の敵が他の機体を守るように立ち塞がる。マオウがそれらの相手をしていると、何体かの機壊達が木の根の二本の周りにたどりついた。


「っく……!!」


 南側からはマロンが走って向かっているが、追いつきそうに無い。そして、機壊達は木の根を攻撃し始めた。斧で叩き、爪で切り裂き、体当たりをする。


「ウゼェんだよポンコツ共!」

「ら、〔雷撃ライトニング〕!」


 到着したマロンとマオウが攻撃する。遠くから狼が走ってくるのが見える。だが、数は数に負け、木の根二本は真っ二つに斬られた。


「まとわりつくんじゃねぇ!!」


 マオウはハルバードを乱舞する。


  ☆


 西側。リリア、ゼルレイシエルの二人が新たな機壊達と戦っていた。二人の騎士は健闘しているが、決して二人で即座に殲滅できる数では無く、二人を抜いて、木の根へと向かう機壊がいる。


「やめな……さいよっ!! どけぇ!!」


 リリアが木の根の方へと行こうとするが、目の前にいる機壊のせいで移動できない。


 バキッ


 ついに三本目の木の根が折られた。そして二軸の大樹の一つ、イルミンスールは。静かに、しかし確かに崩壊を始めた。


 ☆


 折られた木の根の三本はいずれも、北側や中間の辺りにあるものだった。

 その為に北側半分に一本だけ残っている木の根にかなりの負荷がかかり、徐々に徐々に折れていく。


「やばい! 逃げないと!!」

「データが!!」

「アリサ!! 俺に乗れ!!」


 アルマスは狼の姿になり、アリサを背に乗せた。風を切り、地面を蹴って全力で木の根の中に駆けていく。

 アルマスから下りたアリサはパソコンを慌てて覗いた。


「もう良いのか!」

「だめだ、あと90秒!!」

「くそっ! 持たねえぞ! ……そうだ!」


 アルマスは今にもへし折れんとしている北側の根の下と向かい、木の根に触れた。


「樹草花は植物を再生させる力もある……だからこれで防げるかと思ったが……駄目だ! 俺の力じゃ少し遅らせるくらいしかできねぇ!」

「十分だ……あと、5秒……っく!!」

「どうしたんだ!」

「ここにきてセキュリティが新たに……! ちょっと待ってくれ! すぐに突破する!!」

「急げ!」


 だが、そんな中でも崩壊は二人を気にも留めずに進んでいく。


 バキッミシリ


 木の根には亀裂が入り、今にも壊れそうになり、流石に手を添えていたアルマスもこれ以上は危ないと後方に跳んで離れた。


「アリサ!!」「アルマス!!」「早く逃げなよ!!」


 外から二人の心配する仲間たちの声が聞こえてくる。


「アリサ! まだなのか!!」

「待て……良し!!」


その時、木の根が四散した。アルマスは瞬時に狼になり、アリサを背に乗せる。


「OK! 良いぞ!!」


 真っ白な狼は弾かれたように走り出す。倒壊が進む木の根のトンネルで、ギリギリアルマス達が通れる高さの入口の中で一番近い場所を通って脱出する。一瞬、崩壊が止まった為に脱出出来た。金属製のアンテナの影響だろう。敵の物に命を救われたのは心中複雑かもしれないが。


「急いで離れねえと!! 出来るだけ遠くに……」


 やがて、イルミンスールの幹は地面に触れはじめた。大質量を誇るモノが地面にふれると起こるのは何か……逃げ場のなくなった空気が移動して巻き起こる、突風である。


神聖銀ミスティを急いで盾の形にしろぉ!!!」


 アリサが大声で叫ぶ。


「盾の形、盾の形……なんで!? は、速く変形してよ!!」


 近くにいたリリアが悲鳴を上げた。


「落ち着け、リリア! 落ち着いてイメージしろ!!」

「う、うん……」


アルマスが叱咤すると、リリアは深呼吸をし盾に変形させていく。


「もういい、リリア! 間に合わねえ!」

「っひゃぁ… !?」


 アルマスはそう言うと、リリアを抱きしめて自身の盾の中に隠す。

 そして、本格的な突風が起こる。風に吹き飛ばされた物体が彼らに向かって吹っ飛んできた。


 ◆◇◆◇


「良かった……無事だったんですね」

「あぁ」


 粉塵がだんだんとやみ、周りの仲間が誰も重大な怪我をせずにいることを視認すると、マロンはホッと肩を撫で下ろした。


「神聖銀って、自分の適性の無い武器とかだと変形するのに時間がかかるし、落ち着いてしっかりイメージしないといけないってこと、すっかりわすれてた……うー……」


 アルマスから軽く離れ、頭を抱えて悲嘆にくれるリリア。そんな彼女の頭を軽く撫でながらアルマスは慰めの言葉を投げた。


「まあ、今度ちゃんと出来りゃ良いんだよ。失敗は成功の元って言うだろ?」

「それで……何かわかったのか?」


 そんな二人を横目に見ながらレオンがアリサに問う。あそこまで苦労をしておきながら、何の成果もないなどかなりどうしようもない話である。


「あぁ。このアンテナと繋がっている場所を特定できた」

「やった!」

「……とはいえ、イルミンスールがこんなことになっちまったからな……素直に喜べねえよ」

「……」


 八人は倒れたイルミンスールの姿を見て沈黙した。信仰の偶像である存在が見るも無残な姿になったのだ。世の中の人に精神的不安を与えることもあり得るだろう。

 ふと、マロンが何かを思いついたのか鞄からソフトボール大のクルミのような木の実を取り出した。


「それ……」

「……なんだかわからないけど、植えないといけない気がするんです」

「……え?」


 マロンはイルミンスールが立っていた場所に歩いていき、地面を掘りはじめる。皆は少しばかり奇異な目でマロンをみていたものの、穴を掘る作業を手伝った。

 数人の男女が地面を掘る、少し変わった様子が続く。


 やがて出来た木の実を穴に入れ、土をかぶせると立ち上がって後ろに下がった。七人も同様に後ろに下がる。


 すると、ポコンと木の芽が地面に顔を出した。


「はぁ!?」


 アリサの純粋な驚きの声が上がるなか、木の芽は異常な速度で成長し続ける。あっという間に成長し、十秒ほどたったころには普通の成木ほどの大きさになっている。その後も成長を続け、やがてイルミンスールにも引けを取らないほど木は大きくなり、その成長を止めた。


「……」


 八人の頭上に記号を浮かべるなら感嘆符と疑問符を組み合わせたものか、点三つだろう。それほど驚嘆している表情だ。


「これで……良いのか……?」

「わからん……」

「……俺、ちょっと機壊の残骸から金属回収してくるわ」

「俺も」

「あー、うん。じゃあ、ゼル姉、お昼ごはん作ろうよ」

「そう、ね」


 自分達の知識ではありえない事象と、どう対処すればいいのかわからない信仰心などの問題から目をそむけた花の騎士達は、それぞれで行動を始めた。


 マオウはおもむろにカプセルを取り出して、地面に叩きつける。

 中から出てきたのはスケッチブックや鉛筆、ねり消しゴムなどのデッサンセットであった。マオウは地面に座り、新たなイルミンスールを書き始める。


「……なに描いてんだ? ……って、やたら上手いな」


 横からスケッチブックを覗いたアルマスが素直に感想を言う。


「ほー……絵か。さすが金持ち古龍族、良い趣味をなさってますな」

「……あ? ぶち殺すぞクソチビ」

「おい、だからやめろっての……」


 青空の中、騒がしい八人の一行。地面に置かれたスケッチブック上の書きかけの木は、青々と美しく勇壮な雄姿をみせつけていた。

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