孤独と若月のセレネイド・下


 花の騎士達はざわめいた声が聞こえてくる、村の門の前に来ていた。

 門番がアリサの姿を捉えたからだろう。やがて耳の尖った老人が門の上の見張り台らしき場所から顔を覗かせた。好々爺然とした表情で、体育会系というよりインドア派的な体の細さをしている。


「アリサか、良く帰ってきたのぉ」

「ただいまでございますわ~! 村長ォ~!」


 至極明るい声で村長へと帰宅の挨拶をするアリサ。大袈裟に見えるほど手を大きく振っており、見る者を呆れさせる。いつも通りのアリサで安心はするのだが、気が抜けるというものである。


「……ところで、アリサ。その周りの方々は……誰じゃ?」

「……俺の仲間、花の騎士だよ」


 アリサ達はそれぞれの受け継いだ属性を使って掌の上に花の形の物を作り出した。

 水と氷の花、金属の花、透明に渦巻く花。

 自力では未だ綺麗な丸や立方体などを作ることさえ出来ていないが、この花の形だけは自由自在に出すことが出来た。花の力の謎の一つである。単純に花の騎士だと証明しやすいようにとの天使達の気遣いかもしれないが。

 その花を聞いた村長は「おぉ……なんと……」と感嘆の声を漏らした。


「とりあえず入れて貰ねぇべか。村長」

「うむ……そうじゃな……門を開けなさい」


 村長は隣にいた門番に開けるように言った。ゆっくりと門が開き、花の騎士達が村の中へと入っていくとエルフ達が殺到してきた。


「これが……花の騎士か……」

「どこ見ながら言ってんだよ」と、ゼルレイシエルの前に居た男性エルフの鳩尾に一撃。

「おかえりなさい、アリサ」

「ただいまです」と、自身と顔つきがどことなく似ている女性に一言。

「なんで子供が……」

「子供じゃねぇよしばくぞ」と、同じような見た目年齢の少年にレオンがブチギレている横で

「君可愛いね」

「ナンパしてんじゃねーよロリコン」と、シャルロッテの前にいたエルフの頭をアリサが叩いた。


 なお「誰がロリじゃぁ!!」などと怒ったシャルロッテの回し蹴りが、綺麗にアリサの腰に吸い込まれていったのだが。


「すいません、うちのアリサが……」

「まぁ……大丈夫です」


 先ほどアリサが挨拶をしていた


「ワウッ! バウ!!」「お前の縄張り荒らさないから吠えるな犬。」「くぅーん……」


 そんな会話をしていると、門の上にいた村長がゆっくりと降りてきた。腰が曲がっているため、手すりに両手をかけながらという危なっかしいものだったが、なんとか降りて来ていた。


「歓迎の宴でも開こうかのぉ……」

「……! おい、食糧庫に行くぞー!」


 その村長の一声を聞いたエルフの男性衆はどこかに走り去っていった。女性の大人エルフもどこかそわそわとした様子で、しかし挨拶もしないければならないため残っており、やきもきしているようだった。


「宴……って……」

「それはそうだろう、わが村の者が、花の騎士なったのだから。一ヶ月前にお主が花の騎士だったという事を聞いてもの凄く驚いたのぉ……」


 ゼルレイシエルは村長の言葉に違和感を感じて少しだけ眉を顰める。何か分からないが、二人の喋り方に違和感がある。


 ◆◇◆◇


 エルフの村の中にある大広間の館。宴はそこで開かれていた。

 酒を飲んだエルフ達はいつもの落ち着いた様子はどこに行ったのか、凄まじい狂乱に溢れていた。このあと門番などの仕事があるエルフは酒を飲んではいけない規則になっているので、ごちそうだけを食べながら喋っているがひどく悲しそうにビールなどの酒類を見ながら生唾を飲んでいる。


 レオンは調理場で料理の手伝いをしているために宴には参加していない。面倒くさいとのことで、手伝いが終わったら厨房で夕食をとって村長に提供された部屋で一足先に休むそうだ。


「三杯目ェ!! 飲むぞー!」

「おいおい、酔ってんのか?」

「酔って無いし! そっちの方が酔っぱらってんじゃないの?」


 酒を飲んでいる花の騎士はシャルロッテとマオウの二人。どっちが先に酔いつぶれるか飲み比べをしているようである。

 マオウの大柄で遠くからでも目につく益体に反し、少女のような外見のシャルロッテが大ジョッキを一気飲みする様は映えるようで。周りで見物しているヒトビトは、机の上にからのジョッキが置かれると「おぉ!」と感嘆の声をあげた。


 飲酒は中央大陸法の健康・環境関係にて、検査を受けて解毒能力が成熟している事が確認された者以外の飲酒を禁止する。というものがあるが、シャルロッテとマオウはその検査で成熟が確認され、いわゆる飲酒免許証とも呼ばれるカードを提示して堂々と飲んでいるのだ。

 ちなみにアリサとレオンも飲酒免許を持っているが、アリサは下戸でレオンもあまり酒を好んで飲まないらしい。

 ゼルレイシエルは飲めることには飲めるのだが、主に提供されているビール類は得意ではなく、騒がしい宴会のような物は苦手なために飲まないようだ。


 リリアとアルマスはマロンの傍に居た。マロンが酔っぱらってしまったからである。

 酒を飲んで酔っ払ったシャルロッテに襲われて無理やり酒を飲まされたようなのだ。彼女は笑い上戸のようで、「あははは♪」と笑いながらあっちにこっちにふらふらと歩いている。

 リリアとアルマスはそんなマロンを止めようと四苦八苦しているところだった。

 ふと、マロンはステージ上カラオケの機械を見つけてス飛びつく。何か歌うのか機械を弄り、しまいに選んだ曲は妹だというレイラ・ホープの歌。ステージの上に立つとリズミカルなイントロが始まり、マロンはポーズを取った。


「みんなー! いっくよーーー!!」


 レイラがこの曲をライブで歌うときにいつもしているお決まりの行動を取り、そして、歌い始める。完璧な音程、耳に自然に入ってくる歌声、それと一緒に行われるダンス。

 リリアはそんなマロンの姿を見てやはり本人なのではないかと思いつつ、その歌声に黄色い歓声を上げていた。


 ゼルレイシエルは遠くでにこにこと笑いながらマロンの歌を聞いていた。すると、目の端で、皆がステージの方に見ている中、大広間を一人で出て行くアリサの姿を捉えた。どうしたのだろうとゼルレイシエルはゆっくりとその後ろを追いかける。


 ◆◇◆◇


 若月が淡い月光を放つエルフの村の夜。アリサは村の中の大きな岩に腰かけていた。


「……」


 沈黙するアリサのもとに吹く風は寂しくその体を包み込む。その姿を見ていたゼルレイシエルは、大岩の下からアリサに声をかける。


「アリサ、どうしたの?」

「……ゼルシエか……いや、ちょっと昔の事を思い出してな」


 ゼルレイシエルは足に力を込め、タンッと跳ねた。筋力は無いためよじ登って岩の上に乗ろうとした。のだが、肝心の足を滑らせた。


「きゃっ!」


 すると、アリサが手を伸ばしてゼルレイシエルを抱き上げる。思い切り引っ張って引き揚げると、腰に回していた手を離す。


「あ、ありがと……」

「大丈夫かぁ?そんなんで」

「だ、大丈夫よ……戦闘中に足を滑らせたりしないわ……たぶん……」


 ゼルレイシエルのアリサは少し笑い、その後月を仰ぎ見た。ゼルレイシエルはその横に座り、同じように月を眺める。

 煌々と光る月。風があるため、夜ということもあって汗をかくほど暑くはない。


「……昼間の時はすまなかった」


 彼はふと謝罪の言葉を口に出した。ゼルレイシエルはアリサの方を見る。


「……どうしたの? あんなに取り乱して……」


 アリサは視線と顔を隣のゼルレイシエルに向けた。どこか哀しみをたたえたその瞳を見て彼女はヒト知れず胸を痛める。


「……俺の両親と初恋の人は、俺の目の前で機壊に殺された。」

「目の前で……?」


 ゼルレイシエルの質問にも答えず、アリサは苦しそうに息を飲んでいた。

 ゼルレイシエルはアリサの手をそっと自分の手を重ね、背中を優しくさする。


「俺の両親は俺が五歳の時、俺が家の窓から外を覗いて両親の帰りを待ってたんだ。そして、二人が帰ってきたんだ。……走って。二人は家の中に入ろうとドアを開けた、だけど、その瞬間、機壊に撃たれた。……もう少し早ければ生きていたかもしれない。いや、俺が機壊に気が付いて早くドアを開けたりとかすれば助かった」


 ゼルレイシエルは言葉を失う。


「……俺はその事件を引きずって家に籠ってばかりいた。そんな俺を外に連れ出してくれたのがファノンさんだった。普通のエルフだったから当時六歳の俺よりも十倍以上は生きてた。だから、似たような年代に見えても俺よりもっと社交的で優しい人だった」


 夜空に風はあれど雲は無く、若月と満点の星空が広がる。


「その日、俺はファノンさんと他の友達と一緒に遊びに行っていた。かくれんぼをしてたんだっけ……そこで」


 アリサは大岩の近くにあった茂みが多い場所を指さした。


 「そうして、ファノンさんが鬼になって俺が茂みに隠れた時、機壊達が村の中に侵入して来てたんだ。……周りの皆は気が付いて逃げたけど、ファノンさんは目を瞑っていて、数を数えるのに夢中で気が付いていなかった」


 アリサは震えはじめた。ゼルレイシエルはそっと、その手を握る。


「俺は茂みから機壊達を見るために顔を出して、足がすくんで動けなくなってた。そして、俺を見つけたファノンさんが無邪気にこっちを見た瞬間、彼女は機壊の銃で撃たれた。……俺がその時に逃げるように言えば助かったんだろうけど、俺は声が出なかった……弱かったせいで」


 アリサは目から涙を流した。


「……俺が、俺が! 強ければ! 気配りが出来れば! 視野が広ければ、父さん、母さん、ファノンさんは死ぬことは無かった!! 俺は今も弱い!!」

「……アリサ!! ……そんなこと無いわよ!」

「俺は弱いよ……昼間に見た三本脚のは、俺の両親とファノンさんを殺したのと同じ型だ……いや……殺したのは俺か……それを見て理性を無くした、だから俺は弱い。心まで強くなるために刀を作ったのに……」


 アリサはむせび泣いた。嗚咽し、涙を流し続ける。ゼルレイシエルはアリサを抱きしめ、彼の為に自分も泣いた。


「あなたには、私達がいる。私がいる…弱いなら補えば良いじゃない……一人じゃ守れなくても、皆でならきっと守れるわよ……」


 若月の夜。生者二人の涙が流れ、ただただ夢のように時が流れる。


 ◆◇◆◇


 エルフ達はその二人を見て気まずそうにした。そして、傍にいた花の騎士達に村長が言った。


「……皆様、一つ……お願いがあるのです」


 花の騎士達は思い思いの姿勢で村長の話を聞く。


「……おそらくアリサは、愛と言うものを知りません。両親の愛情も五歳までしか知りませんし、唯一恋した相手も六歳の時に死んでしまいました……」

「それで……あんたらは愛を与えなかったのか?」


 村長はアルマスの質問に顔を逸らした。そして、そのまま続ける。


「我々は、立て続けにアリサの周りで仲間が死んだために、アリサのことを死神だと言って遠ざけました……アリサにはなんの罪も無いと言うのに………我々はあの子を愚かにも勝手に忌み嫌い、碌に相手にしなかった……」

「やっぱり……少しアリサに声をかけるのをためらってる感じがしてたもの……」

「今では反省して接するようにしてます! ……ですが、罪に意識でアリサと接することが許されないように感じてしまい……」

「……それはてめぇらが心の中で死神だと思ってるのを、自分の良いように解釈してるだけはねぇのか?」


 マオウは怒気の孕んだ声で言った。エルフ達は押し黙る。


「……それで?」


 レオンは冷たく聞いた。夜風を浴び、酔いのさめたマロンが不安そうな顔でレオンを見て、リリアが少し睨む。


「アリサが、誰かを好きになったら応援してほしいのです。……我々では、そんな事をする資格はないですから……もちろん、応援はします。心の底から……」

「あたり前でしょ。仲間だもん」


 リリアがすぐに答えた。


「仲間の応援をしない奴がどこにいるんだよ」

「馬鹿とはいえ……なんだかんだでアイツも役に立つしな」


 花の騎士達は皆頷いた。


「……私達より、皆様の方がアリサのことを良くわかっているようですね……どうか、あの子のことをよろしくお願いします」


 村長とエルフ達は自分達が出来なかったことをしてもらう為に、花の騎士達に頭を下げた。

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