孤独と若月のセレネイド・上

 ……さらに、エルフという種族は非常に個性というものが薄い種族である。

 外見の違いはあるものの全てのエルフが(273名調べ)統計的に美しいと呼ばれる顔立ちをしている。

 性格も多少の涙もろい、笑い上戸といった違いはあるが、それは元々種族的に共通していた落ち着いた性格に、少し足したり引いたりした結果であるためほとんどのエルフが同じ思考をしている。

 人間的な焦りや復讐心のようなものは持つことがほとんど無く、冗談などをあまり言ったりする種族ではないようだ。

 ただし、種族的に酒好きの者が多いがアルコールに弱いため、酒を摂取すると人間と同じように荒れたり泣きだしたりといつもの冷静な性格は姿を消すようである。

 また、エルフに良く似たダークエルフという種族が…


    『幻人界の生物に関する報告書』新米生物学者・城崎 徹(報告書より一部抜粋)


 ********


 火月15日。木月、毒月を跨ぐ春という季節を終え、日に日に気温も上がり夏という季節にはいる。照りつける太陽の光は地表と生けし者をじりじりと焼き続け、なお燦々と空で輝きを放っていた。

 花の騎士達は双頭犬の森を抜けアリサが生まれ育った村、つまりエルフ達の村へと向かっていた。


「あー……汗でべたべたする……気持ち悪いぃ温泉入りたい……」

「水浴びすればいいじゃねぇか」

「温泉に入りたいんだってば……そう思わない、マロン?」

「そうですね……温泉、入りたいです」


 ハーピーの村で情報収集や食料の買い足しなどをおこないながら2日ほど過ごし、再び出発してからはや10日。機壊達の襲撃などに対応しながら歩いて進んでいるため、女性陣の不満は多いに溜まっていた。


「……そういや、昨日荷物整理してて気が付いたんだが、これってまた使えねえのか?」

「何それ?」


 レオンが手に持っていたのは粉々に砕けたクルミのような形をした大きい種であった。


「それ、私の所にもあった~」「俺の所にもだ」「私の所にもあったわね」「俺も持ってるぞ」「私は持ってないです……」「なんで無いんだ?」「なんでって言われても……」「俺のとこにも無かったでげs……がっは……!」「私の所にもなかったよ?」


 持っていると主張した人物は自身が持っていた木の実を各々取り出した。木の実の破片の量からするとシャルロッテの物が一番大きかったようだ。

 皆が皆、大切に所持しているというのも変わった話であるが、皆そうしなければいけないとなんとなく保存していたらしい。


「……つまり纏めると、白鐘の塔のある【星屑の降る丘】地方出身のアリサの所と、その両隣の【訪神(とうしん)の荒野】地方出身のリリアと【永夜(とこよ)の山麓】地方出身のマロンの所には、届いて無かったってことよね」


 ゼルレイシエルが端的にまとめた。所持していなかったのは三人で、地理的に白鐘の塔が存在する【星屑の降る丘】地方と隣接した二つの地方では木の実が無かったらしい。


「……単純に白鐘の塔から遠い奴ほど大きいってことか? まぁ……そもそもサイズが意味あるのかわかんねえけど」

「……それなんなんですか?」


 手の中でジャリジャリと遊ばせていたアルマスに、マロンが問いかける。


「あー……なんか俺の場合は枕元に置いてあったんだ。天啓みたいなのでこれは握りつぶすものだってわかったから、まとめてた荷物持ってからこれを握りつぶしたら塔に向かってたリリアの前に転移したんだよ」

「急に目の前に現れたからびっくりした……」


 複雑な表情で当時の事を思い出しながら補足するようにリリアも説明する。とはいえマロンも似たようなことは起きていたのだが。


「転移魔法……!? ちょ、ちょっと見せてください!」


 珍しくマロンが声をあげるとシャルロッテから木の実の残骸を預かって何かをぶつぶつ言い始める。


「魔法式解析眼(パラッシュアイ)。……何この複雑な文字式……ここまで……距離指定、次元……? 角度に風向き……エレメント……」

「おーい……マロンちゃん大丈夫―?」

「方位に……空間の魔力量? ……複雑だし、壊れてて読み取れない……」

「どうしたんだ?」

「え……? あ……」


 リリアやアルマスに声をかけられたマロンは顔を上げ、顔を赤くして俯いた。


「えっと……その……まず、転移魔法っていうのは、存在しないんです。」

「そうなの?」

「はい……今まで多くの魔法学者達が転移魔法を作ろうとしてきたんですけど、作り上げることが出来なかったんです。そこで転移したっていうのを聞いてつい……」


 我を忘れて興奮していたことを思い返し、恥ずかしがるマロン。その動作だけ見れば可愛いのだが、たしかに先ほどの様子は鬼気せまるといった感じであった。


「なるほどね……で、何かわかったのか?」

「ある程度は……あとで他のも見せていただいてもいいですか…?」

「何、他人行儀なこと言ってるのよ。そのくらい構わないわよ」


 敬語で頼むマロンにアリサを起こしながらゼルレイシエルが了承の意を示す。


「そもそも、俺らが持ってても仕方ないからな。これやるよ」

「そうそう。はいこれ、マロンちゃにあげる」

「あ、ありがとうございます」


 そして、皆が持っていた木の実をマロンにあげた。中途、アルマスが九つに仕切られた小物入れのような物を渡し、五つの木の実をそれぞれ分けられるようにしてのは、彼が気の利く人物だからなのだろう。そうしていると、ふとマオウが七人に向かって言った。


「機壊がいるな……それもかなりの数の囲まれてる……」

「広がってるから今なら壁が薄いはず……今のうちに突撃して包囲から抜け出すか?」

「そう……だな」


 目の良いアリサは遠くの機壊の姿を見た。銃砲のような物がついた球体に三本の足がついている。アリサはその姿を見て憤怒の表情を浮かべた。心の底から憎んでいるものを見たような、憎悪や悲しみもない交ぜになった怒り。

 アリサの顔を見たゼルレイシエルは心配するような表情になる。泣いているような表情のアリサを二、三度は見たことがあるものの、このような怒りの表情は目にしたことが無かった。

 しかし状況が状況であり、そちらに気を向ける暇はない。


 七人が武器を持ち、マロンも木の実を収納して得物を持とうとする。と、瞬間。粉々に砕けていた木の実の残骸たちが、それぞれ眩いばかりの白い光を放った。八人はその光の眩しさに目を覆い、思い思いに反応の声をあげる。


「な、なんの光……?」「このパターンもういいっての!!」「眩しッ!!?」


 木の実の欠片から放たれるという光が普通なわけがなく、中央に向かって小さくなっていく機壊達の包囲とは真逆に、水上の波紋が広がっていくように光を届け、機壊達を飲み込むと徐々にその輝きを消していく。

 花の騎士たちは目を開けた。かなりの明るさだったが不思議と視力は低下せず、逆に眼精疲労が取れている始末である。


「なんだったの……?」

「……とりあえずすぐわかるのは、木の実の残骸の変化。と、機壊達の動きが止まった事だな」


 レオンが口に出した変化はかなり大きな変化だった。


 五つの木の実の残骸はその姿を消し、そのかわりと言うべきか、野球ボール大の木の実が小物入れの上に乗っかっていた。

 そして、せまってきていた機械達はピタリとその耳障りな音を止めた。


「形が変わった……ぱ、魔法式解析眼(パラッシュアイ)…! ……うそ……ただの木の実になってる……」

「ただの木の実に? なんで?」

「わかりません……魔法式が全部消えてるんです……」

「とりあえずそんな物より機壊共の方に関心を向けろよ」


 アリサが底冷えた声で指摘すると、呑気に喋っていたマロンとシャルロッテは武器を構える。アルマスとリリアは木の実の事も気になりつつも、アリサのいつもとは違う様子を見て小さな声で会話していたが、レオンの言葉を聞いてすぐに押し黙った。

 ゼルレイシエルはまだ心配そうな顔でアリサの背中を見ていたが。


「錆びてる……?」


 アリサが八方向それぞれで変化が起きているように見える機壊達の一角を見た。機壊の金属で出来た表面が変色し、遠目から見てもはっきりわかるほど赤茶けた色になっている。ちょうどアリサの村がある方向だったため、八人は少しずれて変化の変わり目の方に向かった。


 赤茶けた機壊達は八人がすぐ近くに来てもピクリとも動かなかった。表面だけにとどまらず、関節から見える中の金属まで錆びているために活動が停止したのだろう。

 一方もう片方はただの金属の塊のようになっている。それも、様々な色のだ。金色から銅色、青い金属などが不規則に混ざりあって塊を形成している。元々の機壊の体は見えないほどだ。


「……何が起きたの…?」

「化学反応」

「いや、それはわかってるけどさ……」

「酸化」

「いやだからそういう事じゃなくて……っ!」


 リリアとアルマスが仕様もない掛け合いをしていると不意に、


 ヒュッ ガシャン


 と、甲高い音が鳴った。七人がその音の方に振り向くと、そこには真っ二つに切断された錆びた機壊と、刀を振りぬいたアリサの姿があった。


「……アリサ?」


 ゼルレイシエルが問いかけるが、反応は無い。他の六人も訝しげにアリサを見ている。

 おもむろにアリサが刀を真上に持ち上げた。大上段の構え、なのだろうか。しかし、剣先は震え、全くの素人の真似事にすら見える。息荒く刀を振り下ろすが、安定しない刀身は弾かれて、憐れにも切っ先が地面に突き刺さる。


「……はぁ……はぁ……クソッ……!!」

「アリサ!!」


 すぐさま刀を引き抜いたアリサは刀をやたらめったら振り、動かない三本脚の機壊を斬りはじめた。ゼルレイシエルは駆け出し、アリサの行動を止めようとする。六人も同様に止めに入ろうとしたが、アリサの無茶苦茶な振り回しの中では一人しか止めに入れなかった。


「どうしたの!? アリサ!!」

「………」


 仲間たちは何度も名を呼ぶ。だが、憑りつかれたように刀を振るうアリサの耳には届かない。神聖銀の刀は刃こぼれしてもすぐに鋭さを取り戻し、再び錆びた金属を切り裂く。


「……死ね……消えろ……母さんと父さん……ファノンさんを……俺の……人生を……返せ……ッ!」


 アリサの口から漏れ出た怨嗟の言葉。その言葉はあまりにも小さい声で外へと出され、ゼルレイシエル以外の六人には聞こえなかった。

 ゼルレイシエルはその言葉を聞いて反射的にアリサを背後から抱きしめた。マオウら六人は心底驚嘆した表情になり、アリサは抱きついたゼルレイシエルを見て徐々に落ち着きを取り戻していった。


「…………ゼル、シエ……?」

「アリサ、急にどうしたの……?」


 ゼルレイシエルが離れながら聞いた。アリサは呼吸を整えながら、


「……なんでもない、驚かせてすまなかった。……村に急ごう……」


 そう言ってアリサは仲間に再び背を向ける。ゼルレイシエル達は癪然としないようであったものの、容易に触れていいことでは無いと察すると、ゆっくりとアリサの後を追った。

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