双頭犬の森・下
頭を叩かれたアリサは痛そうにさすりながら傍にいたゼルレイシエルに話かけた。
「……万全の状態じゃないと危険だから、っていうのは分かるけどさ。……花の力の練習に一ヶ月も使わなければ、その間に死んだ人も死ぬことは無かったんじゃないのかな」
「神が一ヶ月は塔の下にいるように言ってたんだから。仕方ないじゃない」
「それもそうだけどさ……」
アリサは立ち上がり、皆がいる場所に行こうとすると不意に刀を呼び出して掴んだ。ゼルシエも同様に銃を呼び出して構える。他六人も武器を呼び出したようだ。
「この殺気……オルトロスだろ! 出てこいよ!」
アリサが叫ぶと、木の影から犬が出てきた。だが普通の大きさでは無く、全長5mはあるであろう。黒い体毛、更に頭が二つあり、片側の頭には額には傷がついている。それぞれの頭にある目がまっすぐに八人を見据えていた。しかし野生の動物にしては身綺麗であり、定期的に水でも浴びているかのごとく美しい毛並をしていり。
「俺たちはあんたたちの森を通り抜けたい。許可してもらえるか」
アリサは武器を一度降ろし、オルトロスに言った。が、オルトロスはアリサに目もくれず、アルマスをじっと睨む。
「……あぁ。それについては謝る。すまない。……何? ……わかった」
レオンは独り言を呟くと、七人にオルトロスについてくように促した。
「何独り言を言ってたんだ?」
「独り言じゃない。同じ犬科……ごほん、まあ会話してたんだよ。急ぐぞ」
アルマスは小走りになった。小走りでも皆が走るスピードとほとんど変わっていないが。
「話の内容は、獲物を勝手に狩ったこと。……なんでオルトロス達がいることを先に言わなかった」
「ごめ、忘れてた」
「……アリサ、後で全力で殴るからな。そして、もう一つが、」
八人は別の開けた土地にやってきた。そこにいたのは三つ首の犬とオルトロス達、そしてそれを包囲する四足歩行の動物のような形をした機壊達。
「オルトロス達が、襲われてるってことだ」
◆◇◆◇
「『
マロンが箒を振り回すと、箒から出てくる砂や礫が鞭のようにしなり、機壊に襲いかかる。運動エネルギーを多分にふくんだ砂(もしくは礫)はかなりに物理ダメージを与え、機能停止に追い込む。
「『
圧は金属より強し。シャルロッテの得物が纏う風は、得物を振り、突き出すことによってその長さを伸ばし鋭さを増す。風の先に触れた機壊に穴を開ける。
「グアルルル!!」「ガウ!!」
八人を迎えた傷持ちのオルトロスも機壊達を襲う。その腕(かいな)で薙ぎ、尾で薙ぎ、後ろ足で蹴り上げ、牙で噛み砕く。
八人と獣たちの活躍により、三分も経つころにはもう機壊達も壊滅寸前であった。
◆◇◆◇
「でも……オルトロスって“魔獣”とはいえ、動物よね……? 幻人類じゃないなら襲われることなんて無いと思うのだけど……」
ゼルシエはごく自然な疑問を口にした。オルトロス、ケルベロスは動物であり幻人類では無い。そのために襲われるはずが無いのだ。
動物とはいえ彼らは知能が非常に高く、完全な氏族社会を作るが。縄張りに断り無く入るものには問答無用で攻撃を仕掛けるのだ。
ちなみにアルマスが狩りをしていたのは縄張りの中だったのだが、自分達が襲われていたために攻撃出来なかったという理由である。オルトロス達は助太刀してくれたことに免じてその点については、許してくれたようだ。
ちなみにアリサの頭にはたんこぶが出来た。
リリアの質問を聞いた、八人を迎えたオルトロスは八人を同族たちが集まっている方へと向かった。彼(?)が歩んでいくと、同族たちの群れは左右に分かれたためこの氏族の長か何かなのだろう。
「……彼女は……?」
その中央にあったのは横たわる老婆であった。性別は顔を見ただけでは判断しづらいが、スカートをはいている為に女性だとわかる。
「……わかった」
アルマスは傷持ちのオルトロスに頼まれ、老婆の脈を測ろうとした。すると、周りのいた傷持ちのオルトロス以外の獣たちが唸りだした。
薄汚いよそ者が彼女に触れるな。とでも言ってるように聞こえる。その大合唱を聞いたアルマスは瞬時に狼に姿を変え、周りの獣たちに威嚇した。すると、
グルルルルルルルル
重低音の鳴き声が聞こえてきた。傷持ちのオルトロスの唸り声である。その怒りの声を聞いた周りの獣たちは押し黙った。
唸り声がやむと老婆がピクリと動いた。それを見た傷持ちは慌てて老婆のもとに駆けつける。
「……ヴィク、ロ、ス……? そこ、に……いるの……?」
ヴィクロスと呼ばれた傷持ちはその返答として優しく老婆の手をなめた。オルトロスの舌はザラリとしているため、傷つけないようにとの、彼の思いやりで会った。
アルマスは七人のところに下がりその光景を見守る。
「いた、のね……。良かった……ねぇ、ヴィクロ、ス……私、もうす……ぐ死ぬと、思うわ」
ヴィクロスはその言葉の意味を知ってか知らずか、物悲しそうに小さく唸った。
「ごめん、なさい……最後の、お願いが、あるの……私が……死ぬまで、傍に居て、くれない……?」
ヴィクロスは自身の前足と老婆の手を重ね、老婆の体を丹念に舐め始める。
すると、待っていたかのように、また機壊達がやってきた。ヴィクロスは迎え撃つか迷っているようだったものの、その気配を察したアルマスは、気を利かせて。
「こいつらは任せて、あんたは傍にいてやれよ!」
その言葉を聞いたヴィクロスは頷き、再び老女に向き合い始めた。周りの獣達もアルマスの言葉に同意するように、自分達のボスに背を向けて敵を迎え撃つ。
◆◇◆◇
機壊たちを全滅させたころ、老婆が喋った。
「……最後に、あなたの、声が…………聞きたかったわ……ヴィクロス……」
ヴィクロスは泣きそうな表情をしながら片方の頭でマロンを見て、もう片方の頭でアルマスを見た。無論、アルマスにしかその表情は読み取れないのだが。
「マロン、人の言葉をしゃべれるようになる魔法を使えないか? ってヴィクロスが言ってる。」
「は、はい。使えます……〔
マロンが箒の先をヴィクロスの方へ向けると淡い白色の光が放たれ、ヴィクロスの中へと入っていった。
「……あ……ローザ……?」
「ヴィクロス……? あ、なた……声が……」
「あぁ、俺の声だよ。ローザ」
その声はとても澄んだ、それでいて男らしい美しい声であった。老婆の目から涙がこぼれる。
「……俺も、話せて良かった。……ローザに伝えたいことがあったんだ」
「……なぁに? ……ヴィクロス」
「今まで……ありがとう」
今まで金属のごとくまったく動いていなかった老婆の表情筋が動き、一瞬ただけ笑った顔になる。そして老婆は支えを無くした人形のように動かなくなり、その生命を終えた。
「……うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ヴィクロスは二つの顔を空に向けると力の限り叫んだ。同じ村の同胞たちも頭を空に向け、弔いの遠吠えをあげた。
◆◇◆◇
遠吠えを止めたヴィクロスが八人のもとへと行き、体を伏せた。
「ありがとう。彼女と最後に話をすることが出来た……」
「あなたと彼女はどんな関係なの?」
「……彼女は俺の妻だ。」
「「え!?」」
話を聞いていた五人が素っ頓狂な声をあげた。レオン、アリサは機壊たちから金属や(バッテリーの)電気の回収に行っている。マオウはあまり関心が無いようで二人の後についていった。
「……氏族社会のお前らが良く認めたな……」
魔獣の生態に詳しいアルマスですら言葉に詰まっているものの、ヴィクロスは当然の反応だろうと割り切ったように続く言葉を紡ぎだす。
「……同時に彼女は俺の育ての親でもある。俺は幼少期の頃、市場で売られていたんだ」
「えっ……!」
ゼルレイシエルが驚きの声をあげる。
「商人に酷い扱いを受けていたよ。この額の傷もその頃についた傷だ。そんな中彼女が助けてくれた。…俺を買ったんじゃなく忍び込んで脱走させてくれた。当時は俺も彼女も幼かったから、買えなかったとかなんだろう」
ヴィクロスと五人の間に沈黙が降りる。
夫婦となればそれなりの理由があるのだろうとは思われたものの、最初から衝撃の事実を伝えられたのだ。ゼルレイシエル以外にも今の彼の言葉に引っ掛かるものがあったようで、語るべきか否かを迷っている様子だった。ヴィクロスは勘違いをしているのか話を続ける。
「……」
「あぁ、わかっていたよ。それが悪いことだってのは。だけど、彼女はそうとわかっていても助けてくれた。そして彼女はこの森に俺を離してくれた。元々森生まれだったから生きていけたけど、彼女は何度も俺に会いに来て世話をしてくれた」
「いや……」
魔獣の取引は法で禁止されている、だから一概に女性を悪と断じることは出来ないと。そう伝えるべきかゼルレイシエルは迷った。ヴィクロスと女性の間の思い出を壊すことは無いだろうかと。
そんな間に、法律のことなど知る由も無いシャルロッテが率直に感想を語った。
「良い人だったんだね……」
「……そう。……そして今じゃ子どものオルトロスやケルベロスもいるけど、大人達は皆、元いた氏族を追い出されたやつらだ」
残された家族とも言える自分達の群れの仲間や子供を、ヴィクロスは愛おしそうに見つめる。しかしアルマスは引っ掛かっていた言葉の整理をつけ、不躾ながらも質問をする。
「……だけど、おかしいだろ。彼女の近くに行った時に少し見えただけだが、体に入れ墨みたいなのがあった。彼女は魔法使い族だよな…? だったらあんたらオルトロスと同じくらいの寿命、百歳くらいなはずだ。あんたは若々しいのになんで彼女はあんなに年を取ってたんだ?」
ヴィクロスは押し黙った。少しの間沈黙が流れ、また口が開かれる。
「……俺は彼女と夫妻になり、暮らし始めた。五年くらいだろうか。その間はとても幸福だった。大好きな彼女とすごす日々が。でも、ある日機壊達が襲ってきたんだ。彼女が住んでいたからだと俺は思う。そして、そこで俺は瀕死の重傷を負った」
「ま、まさか……」
女性と同じ魔法使い族であるマロンが、自分達の能力についてのある事を思い出し、戦慄する。どれほどの想いによって起きることなのかという、ある種の尊敬の意味も含めて。
「……たぶん、貴女が思っている事と同じです。……彼女は魔法使い族とはいえ、魔力が少なかった。……だから彼女は俺を救う為に自分の魂を犠牲にした。だから、彼女はあそこまで老けてしまった」
話を聞いた五人は沈黙した。
「……すまない。重い話をしてしまった。……俺は、彼女を埋葬してくる。ゆっくりしてても良いし、もう行っても良い。自由にしてくれ」
ヴィクロスは背を向けてその場を去っていく。黙っていたゼルレイシエルは開口した。
「……さっき、アリサが言ってたのよ。私達が早く動いていれば、救えた命があったんじゃないかって」
「……だってそれは……」
リリアが何かを言おうとして言い淀む。
「……天使達に言われたから、でしょ? 私もアリサにそう言ったわ。あの一ヶ月はなんだったのか……心が成長したらまた降臨できるって言ってたのよね。」
「……真相を知るには心を成長させるしか無いってことか」
「でも、どうすれば良いの?」
「……わかんないけど…とりあえず、敵を倒していくしか無いでしょ?」
「そう……だな。」
その後三人も合流し、五人は話の内容を伝えた。三人はその話を聞いて動揺したが、五人と同じで、まずは先に進むことにした。
「……じゃあ、このまま出発するのか?」
「ヴィクロスに挨拶して、ローゼさんに手を合わせてから行こうよ」
シャルロッテの意見に皆賛成し、夫婦のもとへ彼らは向かっていった。
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