機壊と星屑の降る丘

双頭犬の森・上

走って倒して飛び越えて。

騎士王アルフォンスは戦場を駆ける。

そして、敵陣にまでやって来た。

騎士王アルフォンスは言った。

「ゲヘモニスはどこだ、正々堂々我と戦え」

盗賊の大将ゲヘモニス、奥の暗がりからやってきた。

「俺はここだ、戦うから部下達は見逃してくれ」

盗賊たちは驚いた。ゲヘモニスの右腕が言った。

「待ってくれ、大将では無く俺と戦え」

盗賊たちは続々と手をあげた。

「やめろ」

ゲヘモニスは制止させた。そのまま彼は剣を取った。

「さあ、戦え」


星詠み達は一つの落ちる光を見た。

「また一つ、星が落ちた」


        星屑の降る丘地方の唄集より「盗賊と騎士王アルフォンス」から一部


 ********


 星屑の降る丘地方を東西に分ける森、その森に花の騎士達はいた。うっそうとした森に潜む影が一つ。周り木の葉っぱの色と同じような、暗緑色の体毛の狼である。


「……」


 茂みに身を潜め、獲物に狙いを定める。無意識下で適材適所に力を込めると、素早く飛び掛った。前足の爪で脚を切り裂き、喉元に噛みつく。狙われたのは角の色が緑色の、鹿のような生物である。

 鹿のような生き物は、最初は抵抗していたものの、やがて血が無くなってきたからか大人しくなり、やがて息絶えた。死んだのを確認した暗緑色の狼は口を開け、鹿の頭は重力に従い地面に頭を落とす。


「……この森にはシンリンジカが生息してるのか……」


 鹿の頭が地面に落ちるまでの一瞬にして、狼の姿が消え、その場所に暗緑色の髪の少年が立っていた。人狼族の花の騎士、アルマスである。口周りを鹿の血で真っ赤にしながら呟く姿は異常性を感じさせる。だが、人狼族にとっては何ら違和感無いことであり、人狼族と似たような種族では、そんな姿こそかっこいいものともされるものだ。

 とある地域の人獣族や獣人族は、いまだに肉は狩猟で手に入れるという生活が普通なのである。


「皆のとこに帰るか」


 アルマスは今仕留めた鹿と、少し離れた所に埋めておいた小鳥などの小動物の獲物を掘り起こして担ぐと、仲間の七人のもとへと戻っていった。


 ◆◇◆◇


 森の中の開けた場所。


「うわぁ……グロ……それにアルマス、その口周りの血、怖い。あと、なんで髪の毛緑なの?」

「この腕輪。俺たち白狼種は狩りをするとき、毛の色が目立つからな。この緑の腕輪は緑狼種の毛で作られてて、これをはめると毛の色が変わるんだよ」


 現代人としては至極まっとうなことを言ったのはリリアであった。他の者は、死体の山を見て吐きそうになって遠ざかったり、おいしそうと目をらんらんと輝かせたり、引きつった顔をしていたりと様々な表情を浮かべている。

 顔の引きつっていた男、レオンが言う。


「……だれが解体するんだ? ……アルマス、出来るよな?」

「それくらい出来る。伊達に狩猟種族じゃないんだ?馬鹿にするなよ」


 レオンはミントタブレットを取り出し、一粒食べた後に別の問いを言った。その返答を予想しつつも。


「……じゃあ、料理するのもアルマスか?」

「まぁ、出来るっちゃあ出来るけど、レオンの方が遥かに料理上手いだろ。どのみち、俺らが作っても食べてるうちに不味くて気持ち悪くなって自分で作りはじめんだから」

「ちっ……わかったよ……」


 自信の性格を熟知されたアルマスの言葉に軽く論破されたレオンは、がっくりとうなだれつつ頷いた。


「わ、私も手伝いますから!」


 鹿の死体への恐怖のあまり、逃げて遠巻きに見守っていたマロンは、鹿から目を逸らしながらレオンに近付いてきて語る。


「……マロンが手伝うのは当たり前だろ、料理教えてやってんだから。つか、そもそも戦力として期待してねぇよ」

「ご、ごめんなさい……」


 レオンの辛辣な言葉を聞いたマロンは、若干泣きながらあやまった。いつものことなのか、レオンはそんなマロンを見ても悪びれた様子すらなく鹿を睨んで何かを考えていた。


「あー! またレオンがマロンちゃん泣かせた―!」

「ふざけんな、アホ。なんで俺が責められんだよ。はっ倒すぞ絶壁女」

「ペ、ぺったんこじゃないもん! うるさい! ちび! ショタ!」

「お前の方が身長低いだろ。つか、それ以上言ったら今晩飯抜きだからな」

「……! ぐぬぅ…………!!」

「シャリーじゃレオン兄に口喧嘩で勝てないってば……」


 すぐさま喧嘩を売り、一瞬で負けたのはシャリーこと、シャルロッテである。それに呆れたような口調でリリアが反応する。口喧嘩では勝てたことが無いらしい。


「お前らの身長とか、どんぐりの背比べじゃねえか」


 アリサが笑いながら言った。その後アリサの頬に秘色の髪の少女の強烈な右フック、腹に膝蹴りが入り、ドサリと崩れ落ちた。「へへ…良い、攻撃…だったぜ…」などと言ってガクッと力尽きる。何かしらの格闘漫画のようだが、どう見てもオーバーリアクションだ。


「ゼルシエさん……ちょっと氷出してください」

「……はいこれ」


 ゼルシエことゼルレイシエルが出した氷を受け取ったアルマスは、その氷をアリサの上衣の背中に入れた。


「っぎゃ! つめた!!」

「やっぱり起きてるじゃねぇか!!」


 アルマスは慌てて氷を出そうとしているアリサの頭を思い切り叩いた。どうにもシャルロッテやアリサの二人はどちらもマイペースで、仲間のムードメーカー気質のようである。


「はぁ…マロン、料理教えるからついてこいよ…。アルマス、早く解体しとけって。」


 何故レオンがマロンに料理を教えることになったのか……それは3週間ほど前までさかのぼる。


 ◆◇◆◇


 花の騎士達は祝福を受けた後、白鐘の塔の根元にて野宿をしていた。


 天使達が降臨したままでいるのは八人に負荷がかかりすぎるということ。

 祝福を授けた為に降臨している間しか塔の入口の開け閉め出来ないこと。

 今の八人の力では世界に悪影響を引き起こすために頻繁に降臨は出来ないこと。


 この三つの要素により、八人は塔を出なければならなかったのだ。彼らはそこで授かった花の力を扱うための練習をしていた。


「……」


 マオウは右手に神聖銀(ミスティリシス)のハルバードを持ち、左手の手のひらを開けて集中している。その刃先と手のひらは何か液体で濡れている。刃先についている液体は高濃度の塩酸で、手から出ているのは煙である。

 天使達が言うことには現段階ではまともにコントロール出来ないため、神聖銀(ミスティリシス)を媒介にして花の力を使うのが良いとのことだった。が、それでも素手で扱えて損は無いのでこのような恰好になっているのだ。


「みんなー。ごはん出来たよー?」


 夕食を作っていたリリアが声をあげると七人はぞろぞろとキャンプ用品が置いてある場所に集まってきた。


「今日はカレーだよ。はいこれ、回して?」


 リリアは炊いたご飯をよそい、食欲をそそる匂いのカレーをかける。八人全員にカレーライスが回ったのを見ると満足そうにうなずいて両手を合わせた。


「いただきます」


 他の七人も同じように手を合わせ、同じ言葉を言った後に食事を始めた。女の子達は和気あいあいと話をし、シャルロッテとマオウはどちらが早く食べられるかの競争をし、アルマスとアリサは花の力の扱いの情報交換をしている。ゼルレイシエルはリリア、マロン達と話をしながら時折アリサ達と情報共有をしていた。

 さて、レオンは何をしているのかというと、彼はミントタブレットを噛んでいた。それを見たリリアが怪訝な顔になり、レオンに聞いた。


「何? おいしく無かった?」


 レオンはその言葉の返答として立ちあがり、カレーの入った鍋の前に行く。そこで、「もっと美味くするから、ちょっと待っとけ」と言った。

 レオンはゼルシエに氷水を出してもらってそれでカレーを冷やしてまた加熱したり、何かスパイスのような物を入れたりした。その光景を見ていたリリアはかなり気を悪くしている様子であるが。せっかく作った料理を不味いと言われているようなものなのだ。仕方がないだろう。

 そしてレオンは調理をやめると、小皿に再調理されたカレーをよそいリリアに渡した。


「食ってみろ」


 リリアが怪しむような目つきでレオンを見た後、渡されたカレーを食べてみた。


「! ……私が作ったのより断然おいしい…」


 レオンはその言葉を聞き、ニヤッと笑った。他六人はどれどれと味見をして誰もかれも驚いたような反応をする。レオンは先ほど食べていた自分のカレーに作り直したものをつぎ足し、食べようとした。すると、イスに座ったレオンの目の前にマロンが立った。


「……どうした?」

「あ、あの……」

「なんでも良いからとりあえず話せよ、めんどくせぇ」

「私に料理を教えてくだs「やだ」い……え?」


 レオンはミントタブレットを再び口に入れ噛みしめた。ガリリと心地の良い音が鳴りつつも、その表情は酷く苦々しい。


「めんどくせぇからいやだって言ってんの。そもそもちゃんと食える飯をつくれりゃ良いだろうに」

「……」

「……どうした?」

「食べられるような料理も作れないんですよぅ……」

「……は?」

「……卵焼きとかも……?」

「………」


 マロンはコクンと頷いた。レオンは頭を抱える。

 レオンの見解では料理が出来ない輩には三種類いて、知識が無い、ひたすら不器用、中途半端な知識で変なアレンジばかりする輩である。レオンは確認するために質問した。


「レシピさえあれば作れるだろ……?」

「た、多分ですけど……」

「たぶんってなんだよ。……これ作ってみろ」


 レオンは簡単な野菜炒めのレシピを紙に書くと、レオンが持っている調味料、食材の入ったカプセルを渡して、マロンに作らせてみた。


 「痛い!」「あ! 間違えた!」といった不穏な台詞を、恐怖心を抑える為に聞き流しながらレオンが過ごしていると、やがて一枚の皿を持ったマロンがレオンのいる所に来た。他の六人も好奇心で近づいてくる。


「なあ……なんでピーマンじゃなくて唐辛子……? しかも塩コショウの量が異常なんだけど」

「え? それってピーマンじゃ無いんですか? コショウは……ドバっと出ちゃって……」

「ねぇ? どうやったらあの容器で一気に出てくるわけ? 絶対キャップごと外して入れただろ。」


 皿の中にあった野菜炒め……と呼べるかも不明だが、それは黒々としていわゆるダークマターと呼ばれるような形容を成していた。


「………っう!!?」


 レオンが意を決して食べると、一瞬で顔が真っ青になり茂みに駆け込んだ。三名を除き、他の四人は引き攣った顔をしていた。三名とはアリサ、シャルロッテ、マオウのことであり三人で爆笑している。

 やがて、レオンは戻ってくるとマロンに罵詈雑言の集中砲火を浴びせた。


「……なんで、杏子ジャムとか入れてんの? それだけじゃこの甘みは説明つかねぇし……砂糖も入れたよな? コショウで辛いからだろうけど……意味ねぇし、逆にクソまずいわ。なんで杏子ジャムを入れた? しかも焦げ過ぎ。勝手にアレンジすんなっつの」


 レオンはボロクソに言うと口直しのためか、ミントタブレットをまた一口。少し離れたところではマオウに羽交い絞めにされたアリサがシャルロッテに大量のダークマターを無理やり食べさせられようとしていた。


「なんで、お前は料理が上手くなりたいんだ?」

「私が結婚したら……旦那さんに、美味しい料理を作ってあげたいから……です。」

「くく……これから戦いの場に身を投じるってのに、緊張感ねぇな……わかったよ、教えてやるよ」


 レオンは肯定の意をぼそりと呟いた。断られると思っていたマロンは満面の笑みを浮かべて喜び、アリサはぐったりとし、レオンはマロンの喜びように苦笑した。

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