イルミンスール・上

樹草花が地に落とした二枚の葉はそれぞれ土となった

その場所に樹草花は一つずつその種を落とす

種から芽が出るとその芽は樹草花の葉の力によってすぐに育っていった

その他の木よりもはるかに背の高いそれを

角王はこう呼んだ

二軸の大樹

イルミンスールとユグドラシルである

 ……


       新・生物学(中等部指定教科書)129Pより


 ********


 二日後、花の騎士達はエルフの村を出て南南東の方角へと歩き出した。


「イルミンスール……本当にそこからで合っているのか?」

「あぁ、間違いありましぇん……と言いたいが、ただおかしな電波というだけだからな。……ずっと昔から目星をつけてたけど」


 夏の陽射しを鬱陶しそうにしているマオウの問いに、曖昧な調子でアリサが答える。アリサは立ち止まると透明なカプセルを割り、ノートパソコンを取り出した。

 起動されたままの状態だったため、無駄にリズミカルにキーボードを打つと、受信した電波のグラフを画面に映し出した。そして、更に複数のウィンドウを展開した後、最終的に位置を割り出した結果だろうか。一番上のウィンドウに『星屑の降る丘』地方の地図が表示され、その地図上で赤い点が良く目立っている。


「……アリサのイメージじゃない」

「さらっとひどくね!?」


 アルマスの呟きに、思わず全力で驚くアリサ。今までも何度か目の前で使用していたはずなのだが、まじまじとその動作を見ると何かイメージとの相違があったようだ。


「もっとこう、頭悪いイメージだよね!」

「それ、シャリーに言われたら終わりガフッ……」


 シャリーの強烈な一撃を受けたためにドサリと崩れ落ちたアリサから、パソコンを取り上げたレオンは画面をまじまじと見る。一応何か変なボタンを押したら面倒である為、ただ画面を見るだけだが。


「……このパソコン、ドワーフ製品か……」

「そう、だけど……どう、した?」

「いや…随分と旧式だなと思ってよ」

「そうか……? まぁでも使い慣れてるし、十二分に高性能だから重宝してるよ」


 起き上がったアリサはレオンからノートパソコンを受け取ると、割れたカプセルの底面をノートパソコンにコツンと当てて「収納」と唱えた。すると、ノートパソコンが文字通りに吸い込まれ、再びカプセルが再生する。透けて見えるカプセルの中にはごく小さくなったノートパソコンが見える。


「本当にこの方向であってんのかよ……なんも見えねぇぞ?」

「合ってるわデカブツ。つか、村出てから半日も経ってねえよ。どんだけ機械信用しないんだ」

「逆にあんな黒花獣と戦って信じられるお前の方が信じられんぞクソチビ。敵と同じものだぞ?」

「どこのクソシニア世代だよお前は……あぁ、体は立派でもおつむは老人なんだな……」


 アリサが妙に古臭いというか恒例のジン物のようなマオウの意見を聞き、ひとしれず嘆息する。失礼ではあるのだが、とうのマオウはレオンが煽りに煽っていたため意識の対象外となっていた。

 面倒くさがりでありながらレオンがマオウを煽るのも日常茶飯事のことで。性根からして馬が合わないのだろうと考えられる。


「やんのかクソチビ?」

「黙れデカブツ、その汚い口を縫ってから歩け」

「よし、死ね」

「やってみろよ、ゴリラ野郎が」

「喧嘩!? 私も混ぜむぐっ…!」


 いつも以上にヒートアップしたせいで、レオンとマオウは互いに得物を呼び出し、今にもお互いに飛びかからんとまでし始めた。シャルロッテがその中に入ろうとしたが、ゼルレイシエルの羽交い絞めという素早い対応によって未然に防がれる。

 三人以外の花の騎士たちはまたかと、一斉に嘆息していた。トラブルメーカー筆頭のシャルロッテが参加していたら、さらに酷い事態になっていたのだろう。


「ストップ、ストップ。なにくだらないことで喧嘩してるのよ」

「むぐぐ!」

「……わかったよ」

「んむーー!!」

「あー……わかったわかった。すまんな」

「わかれば、「むむむぅ!!」……ちょっとシャリ―姉(ねえ)うるさい!」

「まぁ良いけどさ、なんの情報も無い今の状況じゃ行ってみるしか無いでしょ」

「わーったよ……」


 仲裁に入ったリリアによって戦いあうことは回避されたわけだが、今もなお視線を交差させて目で喧嘩している。五人は再び溜息をもらしつつ目的地の“イルミンスール”へ向かって再び歩き始めた。どうせ戦闘でも始まれば喧嘩は収まることを知っているからである。


 ◆◇◆◇


 【星屑の降る丘】地方には一本の巨大な樹が生えている。

 巨大、というのも馬鹿馬鹿しく思えるほどの威容を持つ広葉樹の樹。

 その樹は様々な呼ばれ方があるが最もポピュラーな呼び名として、“イルミンスール”が上げられるだろう。


 また、中央大陸にはもう一本の大きな樹がある。


 【星屑の降る丘】地方のほぼ点対称の位置にある【最果ての楽園】地方。シャルロッテが生まれた地方にもう一つの大樹、“ユグドラシル”が生えている。

 “イルミンスール”と“ユグドラシル”はそれぞれその他の樹木と比べる。というのもおこがましい程の高さを誇り、その桁違いな大きさとそこから感じる生命力によって天の花々、主に樹草花への信仰の偶像となっている。


 中央大陸の幻人類たちはこの二本の大樹を信心をもってこう呼ぶ。“二軸の大樹”、と。


 ☆


「こ、これが、二軸の大樹……で、でっか……!?」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。樹高は二百メートル…いや、三百メートル以上あるかもしれない。あまりにも大きすぎて根元近くに立つ彼らは、頭を真上に向けるなんとも首が疲れそうなポーズになっている。何度か近くに来たことがあるアリサだけが、下を向いてパソコンを弄っていた。


 ふと、アリサの耳が

 キュリ……

 という小さな小さな不快な音を捉えた。


「……ビンゴ。どうやら予想通りイルミンスールが電波塔らしいな。そこから電波が出てる。確かに……カムフラージュと高さ、どちらをとってもこれに勝るものは無いだろうな」


 今までパソコンで解析や計算を行った結果と状況を照合し、それらがかなり高い確率で条件が合致していることを確認する。


「……マジかよ。二軸の大樹が敵に使われてたとか……」

「……人には聞かせられねぇ話だな……」


 シャルロッテを除いた六人がアルマスの言葉を繋いだレオンの意見に頷く。シャルロッテには何が聞かせられないのかが理解出来ていない様である。


「それと……俺ら、待ち伏せされてたみたいだぞ? 数はわかんねえけどな……」

「……どうする?」

「とりあえず……イルミンスールを調べるか。まだ動く気配は無いからな」

「了解」


 イルミンスールは八つの太い木の根によって支えらていた。周囲に七本、中央付近に一際大きい木の根が一本。そして木の中を穿つようにして中心に建てられた巨大なアンテナ。

 木は成長し、年輪を重ねると中心部分は必要なくなり外側の樹皮に近い部分さえあれば生きていられるため、歳を重ねた樹木は中に空洞が出来る。その空洞を利用されたのだろうと、森出身のアルマスは自身の見解を仲間に伝えた。


「……なるほど……ところでなんで機壊達は襲ってこないんだと思う?」

「わかんないってば。会話できるわけでもあるまいし……」

「多分、アンテナだろうな。USBの差込口があった」

「……それがどうしたんだ?」


 


「差込口になにかが接続された瞬間、電波が出て一斉に襲ってくる。くさい」

「そんな確証なくない……?」

「……このあたりに出る機壊はセンサーとかの高度なものを持たずに、ただ襲うことに特化している。午前中に戦った機壊にそんなのついて無かっただろ?」

「そんな中一人だけ戦うのに遅れるわけか……」


 アリサが提唱した予想に皆が眉を顰めた。シャルロッテがイルミンスールに登り、機壊達を観察したところ鳥人たちの村が襲われていた時以上の数が確認されたのだ。

 その中で遅れるのは実に危険なことと言えるだろう。


「シャリ―、機壊達はどんな姿をしていたの?」

「森で壊した四足歩行の爪の長い動物みたいな感じのと、なんかハルバードみたいなのがくっついてるデカいやつ。この二つかな。」

「斧…?」


 樹木と斧。この二つをキーワードであることに思い立った者は冷や汗を流した。


「……まさか、やつらイルミンスールごとアンテナを壊して証拠を消すつもりじゃ……」


 その言葉を聞いた花の騎士達は顔をしかめる。


「とりあえず、もっと集まるかもしれねぇんだから早くどう対応するか決めようぜ」

「それもそうですね……」


 レオンの意見に賛同した花の騎士達は防衛戦の打ち合わせを開始した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る