鋼の街の少年料理人
大陸西部。とある庭付きの一軒家の中で、一人の少年が料理をしながら大きなあくびをしていた。
「ふわぁ~あ。眠いぃ……。料理めんどくさい……」
などと後ろ向きなことを言いつつも、その手は止まらずに動き続けて餃子を焼いたり、餃子を蒸している間に皮に種を詰めたりしている。台所には少年の作った料理の、食欲をそそる良い匂いに満ちていた。
「……うーん。肉汁が足りないかな、中から溢れてきてるのか。となると……」
パクッと餃子を一個食べてぶつぶつとひとりごとを言いだす、八才の少年。その間も手はとまらず、餃子が焼き終えたのを確認すると、チャーハンを炒めはじめた。何度もフライパン返しをして出来た、パラパラとした食欲をそそる匂いのチャーハンを皿に乗っける。
少年は前掛けを外し、皿に盛りつけた夕食をご飯を食べようと椅子に座った時、バーン! と大きな音を響かせながらドアが開き、やたら背の低い人影が家の中に入ってきた。椅子に座った少年は体を捻って後ろに振り向き、ジットリとした目でその人影を睨むと「父さん、おかえり」と気怠げに言った。
「帰ったぞー!! というか、なんだ! その生返事は! ん~今日も飯がうまそうだな!! さすが俺の息子だ、がっはっはっはっは!!」
「うっさい。さっさと手洗って飯食いなよ」
「相変わらず冷たいな! ハハハハハ!!」
少年は大声が嫌そうに顔をしかめると、カメラで夕食を写真に撮ってからご飯を食べだす。すると、ペンを手に取るとテーブルの上に置いてあったノートに何やら書き込みはじめた。そのノートにはびっしりと今までの朝食、昼食、夕食、おやつなどのメモや作った行程などが事細かに書いてあった。
少年がノートをにらめっこをしながら思案していると、そこに少年の言うとおりに手を洗った、父親だという髭が長く背の低いがやってきた。背は低いもののその体についた筋肉は確かな力を感じさせる。
むさくるしい外見通りに「うおおぉぉ!!」などと言いながらチャーハンを掻き込み、餃子をタレにつけて口に運び、三分も経たないうちに食べきった。満杯になった腹をポンポンと満足そうに叩き、少年に話しかける。
「やっぱり美味い! レオンの料理の腕はこの街一だな!! これどうやって作ったんだ? ん? また背が伸びたか? 俺の身長をすぐに抜かしそうだな! まだ八才なのに。身長も街一番か? 将来モテモテだな! がっはっはっはっはっは!!」
「一気に喋んないでよ……僕のチャーハンにつば入るからやめて。あと、今日のは失敗だよ。肉汁が全部出ちゃっておいしくないし。それに、恋愛とかめんどくさいことお断りだっての」
「そうなのか! 父さんには良くわからんが流石はレオンだな!」
レオンと呼ばれる少年も父親の言葉の応酬にため息を吐きつつ食べ終わり、使った食器を洗いだした。手際良く、調理器具は夕食を作りながら洗っていたため数枚の皿を洗うだけで終了。そしてキッチンから離れ、どっかりと疲れたようにリビングのソファに座ると、再度ノートを見直しはじめた。父親は外へと出ていきなんらかの掛け声が発していた。
そして三十分ほど時間が経った頃、父親が全身に玉のような汗を掻きながら、木刀を肩に担いでレオンに外に来るようにうながした。レオンは大きく溜息をつくと、自分の背丈の三分の二の長さはある木のハンマーを持って外に出る。
◆◇◆◇
夜八時ごろ、親子は家の庭でそれぞれの得物を持ちながら対峙した。雲が風でゆっくりと動き、時折雲の間から覗く明るい三日月が二人を照らす。
「ねぇ。めんどくさいから訓練とかやめない? 早くだらだらしたいんだけど」
「そういうことは俺に勝ってから言うんだな。お前は俺より戦いのセンスがあるんだ、続けてれば勝てるだろう。今は無理だろうがな」
そう呟やくと父は何気なしに殺気を全身から出した。常人であれば震え上がるほどの濃い負の感情を八才の息子にぶつける父。
(相変わらず凄い殺気だな。やっぱり手も足も震えてる。怖い。だけど、のんびりぐーたらして過ごすには父さんに勝たないといけないんだ……!!)
レオンは木刀を右手で持ち、左手を添えて、相手を突くために前傾姿勢で疾走した。
一、二、三。
三歩で相手の間合いのギリギリ外側につく。敵は木刀を上に持ち上げていた。
(よし! かかった! 計画通りに……)
レオンは四歩目に着地する右足に力を入れ、左前方に跳ぶ。
(このまま背後をと……ッ!!)
だが、目の前にあったのは正面から横薙ぎにくる木刀であった。レオンはとっさに自身の得物を前に持ってきて防ぐ。だが、レオンの体重の重さでは簡単にはじかれてしまった。
さらに木刀を振った遠心力を使い、無防備なレオンの脇腹に遠慮の無い回し蹴りが飛んで来る。それを見たレオンははじかれた勢いを殺さず、相手からみて右向きに倒れこんで避けた。
(いつも思うけど、なんでこんなに遠慮が無いんだよ……!!)
うつ伏せの状態から、即座に左手を勢いよく伸ばして立ち上がり、その勢いで左から右へと木刀を振る。だが、なんなく片手で受け止められ、レオンはチッと舌うちをした。レオンは機転を利かし、咄嗟に開いた左手で相手の胴体に掌を打ち込む。それを対象は体を一歩引くことによって避けると、左手で打ち込まれた掌を叩いて落とした。グラッとレオンは体制を崩す。
レオンが片手と片膝を地面についたところで、父親は木の棒をレオンの首元に持っていきニカッと笑った。
「まだまだだな! まぁ、掌を打ち込むのは良いアイデアだと思うぞ」
「……元から街の防衛隊長をそんな小手先の考えで討ち取れると思ってないって」
「それもそうだな! わっははは!! まあ、今度頑張れ!!」
豪胆に笑いながら家へと入っていく父親の背中を見送りながら、レオンは内心で悔しがった。毎晩のことだが、勝負が終わるたびに味わうこの悔しいという味。レオンはこの感情が嫌いだった。早く父に勝ってこの味を消したいと思っていた。
怠惰な性格のレオンだが、男として乗り越えたいものはある。
◆◇◆◇
それから数日後。レオンは掃除機片手にリビングの掃除をしていた。
「めんどい……自動掃除機買えばいいのに…ルンパとか今安いでしょ……父さんが壊しちゃうか」
ぶつぶつと文句を垂れながらテーブルの下のごみを吸い取るレオン。すると、そんな時グラッといきなり地面が揺れた。
ガシャン!
大きな揺れによって棚の上の物が落ち、そこらじゅうに散乱していた。女っ気の無い空の花瓶に写真立て。
「また、工場で爆発したのかな……? まったく何してんだか……」
レオンは地面の揺れには動じず、呆れたように肩をすくめた後、床に落ちたものを拾ってもとの所に並べはじめた。面倒くさいのか前とは違う配置になっているが。
「ん? あ、母さんが写ってる家族写真のガラス割れちゃってる……参限さんに直して貰うか……」
写真立てをそっとテーブルの上に置き、レオンが床に落ちたガラスを箒を使って集めて捨てた。そして修理してもらうためにお得意の道具屋に行こうと写真立てを持ち上げた所に、玄関のチャイムが鳴った。
レオンが出ようと箒を壁に立てかけていると、そんな時間も惜しいかのようにドアがいきなり開いた。入って来たのは全身に汗をかいた鎧を着た背の低い童顔の男。レオンはそんな男性の様子を見て不吉な予感を感じとった。
「……防衛隊の方がどうしたんですか? 急に家に入ってきて」
防衛隊の童顔の青年はハァハァと肩で息をしながら顔をあげた。そして、絞り出すようにレオンに向かって事を伝えた。
「ぼ……あじ…………ました……」
「は……?」
「……防衛隊長が! 狂亜人共との交戦中に戦死しました!!」
「は? 何言ってるんですか……?」
レオンは突然の事態に頭が追い付かず、手に持っていた写真立てを取り落とした。割れていたガラスはさらに粉々に砕けちった。写真の中では和やかに笑って写る、三人家族が写っていた。
◆◇◆◇
レオンはベッドにうつ伏せになって泣いていた。部屋は荒れ、日中の光が物憂げに部屋の中を明るくする。
「なんで……父さんまで……置いてかないでよぉ」
レオンの母親は小さい頃に病気で亡くなっていた。そして今日、父親が亡くなり親の居ない孤児になったのだ。毛布に顔をうずめ、涙を流し続ける少年。
「ごめんなさい。私が来るのが遅くなったばかりに……」
泣きじゃくる少年がいる寝室の一角にローブを着た女性が一人。日光に直接当たっているわけではないのに、なぜかその女性の周りは白く、温かい光に満ちていた。
レオンはゆっくりと女性の方を向くと、ビクリと肩を震わせた。
「誰…? なんで僕の部屋にいるの?」
「私は天の使い。あなたが花の騎士だということを知らせる為に来たの」
そう伝えたのち、女性からギリッと歯ぎしりの音が聞こえた。
「……他の騎士の所に行っていたら、あなたのお父さんが亡くなってしまった。私なら救える力を持っていたのに……」
レオンは身体を起こし、女性を糾弾するような目で見た。女性はそんなレオンの視線を受け、肩を震わせて動揺した。だが、レオンのそんな視線は数秒経つと次第に縋る様な目になっていった。
「花の騎士……? ねえ。それってあの伝説のやつだよね。皆が夢を見るやつだよね。皆が救って欲しいって夢を見てるやつだよね……!?」
「えぇ。そうよ」
女性は瞬く間に変わったレオンの姿に異様なものを感じたが、自責の念により何もいうことが出来なかった。
「なる! 僕なるよ!! 花の騎士に! な、何を始めれば良いの……? どうすれば良いの?」
「じゃあ、街の防衛隊に入って、戦闘術を学んで欲しいの」
「うん、うん! ……わ、わかったよ。今から志願してくるよ!!」
黒髪の少年は涙を拭うとベッドから飛び起き、急いで外に出ようとした。その目は焦燥感に取りつかれ、何も目の前が見えていないように見える。女性は彼の異常さに気づいたが、引き止めるわけにもいかず、何を言えば良いのかもわからなかった。
「十年後、白鐘の塔に来てね」
「うん。わかった! 僕、絶対花の騎士になるから。……ならないと、いけないから」
レオンは靴を履いて走って防衛隊の本拠地に走っていった。家の中は棚の上の物がまだ落ちており、玄関にはガラスの破片が大量に付着した、幸せそうな家族の写真の入った写真立てが落ちている。室内にはどこにも人影は無く、しんと静まり返っていた。
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