八輪の花
一番目に茶色の種の花が咲いた。その花は母なる大地を作りあげた。
二番目に青色の種の花が咲いた。その花は生命の源である水を作り上げた。
三番目に緑色の種の花が咲いた。その花はその地に植物を作り上げた。
白き花はその地に種を落とした。その種は花を咲かせ動物たちを生み出した。
創世記第一章より
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中央大陸の北東部の丘陵に遥か昔から建造物がある。出入り口は存在せず、外壁を破壊して入ろうとしても何をしても傷一つつかない。さらには風雨にさらされても汚れることは無く、白い雛罌粟(ひなげし)のような美しさを保っている。
そして、二十四時間のうち、三時間毎に塔の中から鐘の音が聞こえてくるために“白鐘の塔”と呼ばれる。
その塔の元にやってくる人影。着物と袴という服装に、腰に反りのはいった鞘を下げている。鍔は円形で平ら、柄には紐が巻きつけてある。つまりその剣は刀だ。
数多くの武器の種類があるなか、その切れ味は他の武器の追随を許さないほど鋭いとされる。また、材料となる鋼も強靭であり、切断に主を置く武器の中では使い手によっては最強の武器種だと言う者も少なくは無い。
現在は世界的に使われているものの、昔は中央大陸でのみ製造されていた。だが、現在でも作製の難易度が高いため質の良い一振りは超のつく高額で取引される。
「やっぱり、すげぇでけぇなこの塔。これ建てたやつ頭おかしいだろ」
その人物は独り言を塔を見上げながら呟く。髪の毛は銀色、瞳の色は黒で、精悍な顔立ちをしているがその表情からは人懐っこさが窺える男。
「……!? おーい! そこの人達―!! もしかして騎士かー!?」
急に口に両手を当て、メガホンのようにして男は大声で叫んだ。叫んだ方向を見てみると二人の人影が向かってくるのが見える。男の声を聞いて二人はどこからか浮遊する平たいものに乗り、高速で男のところに来た。
平たいものは絨毯であった。かなり上物そうな絨毯の上にいるのは二人の女性。一人は茶色の髪をショートボブにして長いローブを着た少女。もう一人は上着の全面を開けタンクトップが見えている水色の髪の女。さらしが巻かれているのが首元から覗いて見えるが、それでいてもなお胸が大きいとわかる。
絨毯が地面につくと二人の女は立ち上がり、胸の大きな女が男に質問をした。
「そうよ。あなたも花の騎士?」
「ああ。俺はエルフのアリサ・ルシュエールっていうんだ。よろぴくね!」
男は名を名乗って右手を握手するつもりで差し出したのだが、二人はキョトンとした後、同時に男の言葉を復唱する。
『アリサ?』
「え? 本名だけど、なんか変か?」
男は女性達の反応にキョトンとした表情になる。そんな反応を見た次の瞬間、女たちが腹を抱えて笑いだした。水色の髪の女は育ちが良さそうな風に笑いながら呟く。
「フフ……ちょ、っと、待っ…て……ッ!ア、アリサって……クスッ……」
「え、え? 何? 俺の名前なんか変か?」
男の純粋な声音の疑問。二人はそれを聞いて大口を開けて笑った。アリサは二人を交互にぽけっと見たあと、口を尖らせてふてくされる。流石に二人は自重して笑いを堪えるが、顔が引き攣っているのでまだ笑い足りないようである。
「ふん! もういい! 俺はキャンプの準備でもしておくしな」
アリサは懐に手を入れ、小さな紅白の球体のカプセルを取り出した。錠剤程の大きさで、飲むのかと思いきや、彼はそのカプセルを無造作に地面に叩きつけた。
バシン!
すると、割れたカプセルから白い煙が爆発したように出てきた。煙はものの数秒で跡形も無く消え去り、そこに残っていたのは赤いテントや卓上コンロなどのキャンプ用品。
それもそのはず、今地面に投げつけられたのは商人などが街へと行く途中に危険が少ないようにと作られた特殊な収納道具なのだ。マナが尽きるまで何度でも使用することができ、証拠としてキャンプ用品の中央に割れたカプセルが落ちていた。
「ご、ごめんなさい、笑ってしまって。気を悪くされましたか?」
茶色い髪の女の子が話かける。アリサと呼ばれた青年は、そんな少女の表情や台詞に大人げなかったかと、バツが悪そうな表情をして話題を変えた。
「良いよ良いよ、そんなこと。それより、気付いてるか? 二つの気配」
「あの、背中に女の子を乗せた大きい白い犬ですよね? はい、気付いてます」
三人のもとに先ほどの絨毯とは比べものにならない速さで迫ってくる一匹の犬と女の子。近くで見ればわかるのだが、距離が遠いため三人はわからないようである。駆けるそれは犬では無く狼であった。
雪のように真っ白な毛皮の下にある引き締まった筋肉を動かし、颯爽と大地を駆ける狼。その背には桃色の髪の少女が跨っている。狼は匂いでも察知していたのか方向転換をして、一直線に三人の元へとやってきた。
「到着っと! ありがとう、アルマス」
「貴女は花の騎士? その狼は貴女が飼ってるの?」
「あ、はい。私はそうですけど……この狼も花の騎士ですよ?」
三人が狼を見ると、狼は後ろ足で器用に立ち上がったかと思うと腹部を覆っていた毛が潮が引いていくように無くなっていく。良く見れば肩や鼻先、脚も毛が無くなっていき、骨格も変化しているようだ。
前足は最終的に人間の手に、後ろ足は人間のそれになり狼はパーカーを着た白い髪の少年の姿になった。そんな少年の変貌を見てあっという表情になる三人。
「誰が飼われてるって? てか、リリア。お前も女なんだから背中に乗るとか自重しろって。俺も男だぞ?」
「え?ああ、そうだね。毛皮がもこもこで忘れてた。」
「わけわかんねぇよ。」
アルマスと呼ばれた少年とリリアと呼ばれた少女は掛け合いをした後、三人の方を向いて会釈した。
「私は巨人族の娘、リリア・トールです。これからよろしく!」
「俺は人狼族のアルマス・レイグル。髪が白いのは白狼種だからだ。よろしく」
そう名乗り、再び会釈をする二人。それを見た青い髪の女性と茶色の髪の少女はハッとして自己紹介をした。
「そう言えば、名前を名乗っていなかったわね。私はゼルレイシエル・Q(クイーン)・ヴァルキュリアよ。クイーンは幼名、ヴァンパイア族よ、よろしく」
と、女性が言ったのちに続けて少女が、
「わ、私の名前は……マロン・ホープです。たぶん服装でわかると思いますが……魔法使い族です。よ、よろしくお願いします」
すると、マロンの顔を見たリリアが顔をしげしげと見。マロンは恥ずかしそうに顔を袖で隠すと、その後満面の笑みになり両手を合わせた。
「ねぇねぇ! マロンちゃんて、レイラちゃんだよね?」
「どういうことだよ。マロンがレイラってどういう言葉だ。支離滅裂すぎだろ」
「だからぁ、マロンちゃんって、レイラっていう名前でアイドルやってるよね? 顔そっくりだもん、私大ファンなの! レイラちゃんは戦士としても一流なんだって雑誌に書いてあったから間違いないよ!」
良く滑る口で捲し立て、それにアルマスがつっこむ。しかしリリアが質問をした相手は、リリアとは見当違いな返答をした。
「ち、違いますよ、私はアイドルなんかじゃないですって。でも、レイラは双子の妹ですよ。」
「ほんと?レイラちゃんに双子がいるなんて聞いたことないんだけどなぁ…」
さらに根掘り葉掘り聞こうと口を開きかけた瞬間、マロンが「あ、あれ!」と言いながら後方を指さした。
またまたこちらにやってくる影。かなりガタイが良く高身長なものと、身長の低いものが二つ向かってくる。
「おーおー。走ってる走ってる。つか、あれめっちゃ身長高くないか?」
四人の注意が向かって来る三人に向き、アリサが率直な感想を漏らす。人知れずマロンは冷や汗を流した。
そして、例の三人は元にいた5人がどんな姿かちゃんと確認できる距離まで来た。
背の高いのは男である。紫色の髪で、身長は二メートルはあるのではないだろうかという程大きい。
背の低い片方は男。髪色は黒、身長もあわせて童顔なので年は14歳ほどであろうか。
もう片方は秘色の髪で、黄緑のワンピースを着ている少女。大胆にのぞく汗に濡れた肩が眩しい少女だ。
彼らはこちらに気付き、全速力で走ってくる。初めこそ横に並んでいたものの、童顔の少年が途中であきらめ、やがて少女と大男だけで競争をした。アリサが足で地面に線を引いていたので、わずかな差で少女が早く線を超えた。
「やった! どうだ!! みたか!」
「ッく! もう一度だ! もう一度勝負しろ!!」
「あーもう、うっせぇ! お前ら挨拶したのかよ?」
少女と大男が言い争っているところに黒髪が来てたしなめる。「うるさい! お前が言うな!」と、二人に怒鳴り返されるが。
「こんにちは! 私は妖精族のシャルロッテ……フロル! シャリ―って呼んでね!年は19歳だよ!」
「俺は古龍族・毒龍種のマオウ・ラグナロクだ。年齢は18」
「んで、俺はドワーフ族のレオン・オルギア。……こう見えてもこのでけぇ奴と同い年だ。……その訝しげな目を今すぐやめろ」
心底嫌そうに呟き喧嘩をしようとする二人をなだめてそれぞれの自己紹介を始めた。女性陣が言い、次にアルマスが言った。
「俺は人狼族、白狼種のアルマス・レイグルだ。よろしく」
「人狼族つったら、狼の頭に普通の体だったか?」
「それは、獣人系な。えーっとあんたは……マオウだったか。人獣系はヒトと狼の姿のどちらにもなれるやつだ」
そして、最後にアリサが自己紹介をする。
「俺はエルフ族のアリサ・ルシュエールだ! よろしく!」
アリサが言うと、七人は爆笑した。当の本人は理由もわからないのでふてくされるしかなかったが。その時、アリサの腹の虫が鳴いたのでさらに笑いが巻き起こった。
「あー! もう、やだ!! 早く腹ごしらえして塔の中に行こうぜ」
アリサはそう言ってキャンプセットへと向かった。
「時間かけたく無いし、チャーハンとかか? ……てか、お前ら皆食べんのかよ」
その後、アリサは八人分の昼食を作り、皆で食べた。食事をして花の騎士達の間に親睦が生まれていった。いろいろ質問をしあったり、競争したり。
そうして、小さいながらも絆が芽生えていった。これから待つ厳しい戦いを乗り越えていくための第一歩として。八人は無くてはならない一歩を踏み出した。
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