北部生まれの花の騎士
世界は虚無に包まれていた。
生命はもちろん、右も左も上も下もすらない虚無。
そんな虚無の中にあるとき一輪の植物が生えた。
創世記第一章より
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中央大陸北部のとある村。大人達が働いている中、複数人の子ども達が遊んでいる。
そしてその中に他の子どもより体が小さい女の子がいた。頭身などからすれば 6・7歳ほどであるのだが、他の子どもと比べるととても小さく、見た目年齢が同じくらいの子供よりもよちよち歩きの赤ん坊の方が近いくらいの身長である。さらには髪の色も一人だけ桃色なため異彩を放っている。
どうやらこの子だけがひどく小さいようである。
いや、実際は周りが大きすぎるのだ。
ここは、巨人族が暮らしている村。巨人とは成熟した男ならば体長が10mを超える種もいる巨体を誇る種族である。巨人族から生まれた過去の英雄や悪人も多く、中央大陸のみならず全世界で良くも悪くも有名な種族である。
そして体が小さいという、問題の少女は一人の巨人の男の子とケンカをしていた。
「やめてよ今、お人形で遊んでるんだから! ボール遊びなら他の所でやってよ!!」
「なんだよ! 他に遊ぶ場所が無いからここで遊ぶしか無いんだよ! そっちこそ家の中とかでやってろよ、ばーか!!」
自身の三倍は体格差があろうかという少年に真っ向から少女は視線をぶつけた。何度も何度も子供らしい稚拙な口論が続いたあと、怒った少年が少女を捕まえようと両手を前へと伸ばした。
だが、少女は紙一重で華麗に避けたあと足に力を入れ、高く跳び上がった。それも、相手の頭上より高く。空中で少女は右手を大きく振りかぶったあと、思い切り少年の頬を殴り飛ばした。
「う、ううぅ。おか―ちゃ――ん!! リリアが殴ったーー!!」
少女に殴られて頬を赤く腫らしながら地面に倒れた少年は、泣いて母親を呼んだ。
「あ……ふ、ふん!知らないもん!私は悪くないもん!!」
なんだなんだと周りに大人達が集まってきて、泣いている男の子を慰めたり喧嘩した様子である二人を微笑ましそうに眺めたりした。すると少女の所に周りの巨人よりも一際体が大きな、武装をした巨人の男性が歩いてきた。リリアの傍でしゃがむと彼は少女の頭をこつんと殴り、
「こら、リリア。お前が泣かせたんだからちゃんと謝るんだ!……リリアは力が最も強い我が一族の子なんだから、喧嘩をしても殴ったりしないように自制しろと何度も言っているだろう……?」
「う、うぅ……ご、ごめんなさい……」
「私じゃなくてこの子に謝りなさい」
巨人の一族と呼ばれた小さな少女、リリア。彼女は巨人ばかりの村で唯一人間と同じ大きさで生まれながらも “同じ一族の巨人となんら変わらない筋力”を持った少女である。
それが起きたのはリリアが男の子と仲直りをした直後のことであった。
「おぉい、珍しいぞ! 旅人がきた!!」
旅人。このいつ黒花獣に襲われて命を落とすかもわからない危険な世の中を、自分の力で渡り歩く者。90年前に黒花獣が現れてからというものの、めっきり数は減り、今では非常に珍しい存在になっている。村々に物資などを運んでくる商人などはいるが、彼らは確立された決まった道順をたどり、護衛を伴ってくるため旅人とは言わないとされる。
子供も仕事をしていた大人でさえも仕事を中断して、そんな珍しい人物を一目見ようと村の門に向かった。もちろん小さな少女、リリアもである。
旅人は明らかに巨人よりも背が低い、ローブを纏った女であった。ただ、リリアや赤ん坊よりは大きい。つまりは世界の人口の大多数を占める他の幻人類や、ニンゲンと同じくらいの身長である。深くフードをかぶっているため、顔は口元しかうかがい知ることが出来ない。
その旅人は門番をしている村の戦士に入村の手続きをしていた。子ども達はわくわくと胸を躍らせるなか、旅人の入村の手続きが終わる。
旅人が人ごみの中に歩いてきたため、村の住民はみんながみんな、様々な質問を旅人にしようとしていた。
先ずはこんにちは。と、巨人の大人と旅人とのあいさつが交わされ、そして今に始まるかと思われていた質問攻め。だがそれは始まることは無かった。
突如この地方に現れる黒花獣、アクジキの群れが確認されたのだ。
「戦士! 総員戦闘準備ーーーー!!」
門番の男性の掛け声によって手早く準備をする若い男性たち。子どもや老人は村の中央に集められ、母親たちは慣れない手つきながらも、複数箇所に設置された武器庫に置かれていた剣や刃物を握る。そして身体的弱者たちを守るように陣取った。
そんな中で志願したのか、はたまた頼まれたのか、旅人は老人や子供を守る母親達の間に交じっていた。ファルシオンと呼ばれる形の片刃の剣をどこからか取り出し、すぐに敵が来ても対処できるように慣れた手つきで構えていた。
◆◇◆◇
巨人族の戦士達の戦闘が開始した。巨人族と比べるとアクジキという敵は小さく、それでいて部が悪いほどに一度に襲ってくる数が多い。言うなればオオカミやのように集団で狩りするような敵なのである。
そんな敵の特徴のためか、手数を増やすために両手に剣を一つずつ持って戦う、二刀流というスタイルで戦う者が最近は多い。両手の剣を器用に乱舞し、着実に間合いの中に入って来た敵を掃討していくのだ。
空に取り残されし銀閃、切り裂かれる青、舞う赤き血。
だが旅人が訪れたのを待っていたかのように、アクジキ達の数は普段よりも遥かに多かった。
巨人達の剛腕によって振るわれる高速の双剣技。その殲滅力が極めて高いとはいえ、アクジキ達を殺し切れないほどなのだ。虎視眈々と巨人達を喰らう為にと、村の中央に集まった村人たちの下へ歩を進めてくる。
アクジキは不気味にも動物を真似ているかのように、柔らかい肉を好んで食らうという性質を持つ。戦い慣れた筋肉質の男性よりも、か弱く、守られる立場の肉。それも、特に柔らかい肉を持つ子供を、好んで襲うのだ。
母親たちは親や我が子を守る為に、不恰好ながらも必死で剣を振り回し、牽制した。脳という組織の存在しないアクジキは考えのないままに、ただ母親達に特攻し、その力に任せただけの剣よって切り裂かれていった。
「…うあっ!!」
だが、ただがむしゃらに振り回すだけの剣で確実に敵を殺し続けることなど、出来るはずもない。剣閃の合間を運よく潜り抜けたアクジキが、女性の足に噛みついた。
生物として異常な構造の体を持つアクジキの、強烈な顎の力によって肉が引きちぎられダクダクと足から血が流れる。そんな痛みに耐えかねて、剣を地面に落とし、巨人の女性が倒れる。
そして不幸にもその目の前にいたのは、リリアと呼ばれた少女であった。
何を思ったか。いや、単純に好きなものから食らうつもりなのだろうか。アクジキは無防備に倒れた大人の女性という、腹も満たされるであろう巨大な獲物から、リリアの方へと体を向けた。
(怖いよ……誰か……助けて……!!)
アクジキは青い球体に、口がついたような異形も異形な怪物である。目は無いのだが、明確に何かを感知して跳ねながら移動し、その鉄をも噛み砕く強靭な顎で、“理性のある生き物”を貪り食う。
そして自身を一口で喰らうことが出来そうな、醜悪で、狂気的なまでの巨大な口が迫ってくる。リリアは声にならない悲鳴をあげた。
少女は近くで戦っていた旅人を見る。今にも少女が食べられそうな事に気づいてはいるが、二体のアクジキと相手取り、戦っていたところだった。
助けは求められない。幼い思考ながら、少女は悟る。
不意に、ガチャンという音がした。
その音がした方向を見てみると、足を噛まれた女性が使っていた剣が、少女の目の前に倒れて来ていた。偶然かはたまた誰かの故意によるものか、剣先はアクジキに、そして柄はリリアの方へと向いていた。それを見た旅人が咄嗟に叫ぶ。
「その剣で斬りなさい!」
瞬間、リリアは自分を押しとどめる物が崩壊したかのように、流れるような動きで剣を手に取った。目の前のアクジキが口を開けきり、今にも少女を噛み砕こうとしている。だが剣を握り、妙に落ち着いた少女は一歩後ろに下がると、アクジキの唇の端に刃をあて、横に薙いだ。
一閃。
骨という物体を持たないアクジキは、子供の力でも簡単に一文字に切り裂かれ、リリアは青い返り血を体中に浴びた。真っ青な幼き戦士は他の女性が戦い、目の前の獲物に夢中になっているアクジキを、横から奪うようにして淡々と切り裂いていく。桃色の髪は青に染まり、少女はただただ無我夢中に切り裂き続けた。
◆◇◆◇
防衛戦が終わった。
幾らかの負傷者はいたものの、戦士達の奮戦によって多くの村民が怪我を負うことなく、無事であった。
リリアが淡々とアクジキを斬っていく姿を見た村民は、彼女を怖れた。しかし防衛が終わったとの話を聞いた瞬間、彼女が怖かったと押し殺した物が決壊したように泣き出したのだ。その様子が子供らしくも見えるという事もあってか、村人達に敬遠されるようなことは無いようである。
一喜一憂する声が上がる中、リリアは親に丹念に体を洗われ、綺麗な服に着替えていた。そんなリリアの下に旅人が歩いてきた。
「こんにちは、リリアちゃん」
「旅人さん…?」
リリアは何の用なのだろう。と、首を傾げる。そんな少女を見つめながら旅人はリリアの前に膝をつくと、その小さな体をギュッと抱きしめた。周りは二人に気が付いていない。
「え? なんで……」
抱きしめられている間に、知らない内にリリアの頬にまた一筋の涙が伝っていた。そのことに驚いた少女は、周りの大人達に見られて勘違いさせまいと、涙を拭って旅人に聞く。
「どうしたの……旅人さん」
「これから、貴女に大事な話があるの。聞いてくれる?」
少女は抱きしめられながらコクンとうなずいた。リリアの顎が軽く自分の肩に当たったのを感じた旅人は、少女の耳元に口を近づけて言った。
「さっき、アクジキを相手にして、恐怖を感じたばかり貴女に言うのは気が引けるのだけど……聞いてね」
旅人は軽く間を置き、
「貴女は、他の巨人の人たちとは違う。貴女は天使に選ばれた騎士の一人であり、世界に安寧をもたらす者。体の大きさが証拠、貴女の体の大きさは他の巨人の皆とは違うわよね。10年後、剣術の腕を磨いて白鐘の塔に来て。花の騎士、リリア・トール。……これは、家族にも秘密にして頂戴ね」
旅人そう言ったのち、少女を守るかのように強く抱きしめた。しばらくしてリリアの体を離し、背を向けると、村の外へと歩いて行った。
旅人が地面を踏みしめる確かな音もあると言うのに、周りの住民は旅人が出て行こうとしていることに誰一人として気付いていない。
少女の頭ではすぐに処理出来ないようなことが次々と起き、茫然としながら旅人を見送る。やがて旅人の姿が見えなくなった。
話をしていた村の住民たちは、旅人の姿がなくなったことに気付いていた。誰も旅人の姿を探しておらず、見てもいないはずなのに、旅人が村から出ていったことを知っている。そんな不可思議な現象が起こっていた。
◆◇◆◇
見張りとしての仕事が無い暇な時間の為、一般的なサイズの5倍はあろうかという巨大なソファに座って、テレビを見ているのはリリアの父親。少女はそんな父親と話をするために、全身の筋肉を精一杯使って跳び、ソファによじ登った。
そして娘可愛さに、デレッとした表情になる父親。その太ももの上に座ると、リリアはこう言った。
「お父さん! 私に戦い方を教えて!!」
リリアはこれから戦っていくことを覚悟してはいなかった。ただ漠然とした人の為に生きたいという想いからの言葉である。
自身に世界を救えるような実力がつくとは思っておらず、なにしろ恐怖は残るものであるため、再びアクジキを殺せるようになるとは到底思っていなかった。
恐怖をすぐさま克服して戦える者は無謀者であり、更に言うなら殺せる者は精神異常者である。
だが、少女は自分がこの姿で生まれた理由が世界を救うことならば、救いたいと思った。願った。家族を、村の住民を。
幼い歳で考えるには重すぎる話だが、話をしても馬鹿らしいと笑われるだけなのだ。謎の旅人の忠告もあったが、笑われるぐらいならば何も言わずに戦おうと、幼い子供とは思えないような考えをした。
父親は一瞬怪訝な顔になったものの、リリアの目に宿る真剣な想いを見るとゆっくりと頷いた。
「それじゃあ、お兄ちゃんとお父さんがしている訓練にリリアも参加してみるかい?」
「……うん!」
「……そうか、それじゃあ付いておいで」
父親がリリアを持ち上げて床におろし、訓練用の木刀を持ちながら玄関へと向かって行った。リリアも父親の後を追って玄関へと。
二人がドアをくぐり、部屋の中に少女の姿は無くなった。そして、聞こえてくるのは気迫のこもった大声。とても前向きな、心地の良い気迫の声であった。
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