九花の騎士は黒き果実を摘む
亜桜趙蝶
プロローグ
荒れ行く地にも花は咲く
あるとき黒き塔、一夜にして現れる
その黒き塔より邪悪な八種族生まれり
邪悪は八方位に別れ人々を殺戮す
人々は救世を求め連夜神に懇願する
八の天使はそれぞれの力を持つ騎士を
神は破邪の騎士を白き塔へ送る
九の騎士は八の邪悪な者を討ち
元凶たる黒き塔を崩して闇を払う
世界は希望を取り戻し平穏を手に入れる。
〜白き塔の伝承より一部〜
********
ここは星屑の降る丘と呼ばれる場所にある村。人間の女の体で腕が鳥の翼になっているハーピーと、人間の男の背に翼が生えて頭が鳥のバードマン達が村中央にある花の紋様が掘られた祭壇の前で必死に祈っている。
祭壇には穴から赤く紅い血を流し、ぐったりと横たわったバードマンの死体があった。緊急の知らせを死にそうな体で届け、村へ帰って伝えたのちに力尽きた若い男の死体。
「神様、天使様! どうか、私達の村をお救い下さい……!!」
「騎士様を降臨させてください! お願いですから!!」
うずくまって祈る人々の口からは悲痛な、救いを求める声に溢れていた。良く見れば泣きながら祈る人物や、対照的に覚悟を決めたかのようにどっしりと武装して座っている人物がいる。村の空気を感じ取り、小さなハーピーやバードマン達も訳も分からず大声を上げて泣いていた。
この悲哀に満ちた村はこのまま滅亡を迎えようとしている。
黒花獣(こっかじゅう)。それは、突如現れたこの世界の民の敵である。
機械や虫、ゾンビやゴブリンなどの邪悪な物体の総称である。
これらは現れたかと思うと世の“
しかし、黒花獣はある種はその特殊能力で。またある種はその圧倒的な数で幻人類に襲いかかってくる。
幻人類は他種族の支援を受けながら戦ったが、百年にも及ぶ戦いによって徐々に疲弊していた。
村の上空で飛び続け、遥か彼方を観察していたバードマンが遠くから近づいてくる者に気が付いた。声を張り上げ、村民全員に聞こえるように簡潔に告げる。
「機壊共が来たぞ――――!!」
そんな物見の声を聞いた武装した男たちが立ち上がり、女子供は震えあがり、さらに涙を流して祈り続ける。そんな村人たちの心を占めるものは死や痛みへのただ漠然とした恐怖。
こちらに向かって来るもの、それは機械の波であった。ギャリギャリとタイヤを転がしながらこちらに向かって来る大質量。金属光沢を纏う大量の物体が規則的に縦横を揃わせ向かってくる姿は、村の住人達には訓練された死を運ぶ軍隊にも見えた。
「あぁ! あなた!!」
祭壇にすがりながら泣いていた、子どもを抱えた母親ハーピーが夫であるバードマンに駆け寄る。家族で抱き合い、恐怖を紛らわすために。だが、滅びまでの時間はそんな彼らを待たず、ただ刻々とその時を消費していく。
泣き崩れる親子たち、そんな姿をこの村で一番若い戦士であるロビンはボーっと見ていた。
「おい、ロビン。行くぞ」
ふと、脇から声がかかって振り返ると、この村で最強の戦士である実兄であった。
(俺も死ぬのか……そりゃそうだよな俺の兄貴でさえ勝てないって言ってんだから。……なんで、花の騎士は降臨しないんだよっ!!)
ただの伝承上の存在にすぎない、非実在の英雄へ怨嗟の思いを抱きながら。先に防衛位置へと飛び立っていった兄を見送って、ロビンは堪えていた涙を溢れさる。
悔しさと神や伝承の英雄たちへの恨み、複雑な感情が入り混じった涙を自分たちが日々を過ごした村の地面へと落としながら、翼を広げて飛び立った。
◆◇◆◇
(機壊共め……村を囲んで逃がさないようにするだと? ……ふざけやがって!!)
ロビンは迫りくる敵への恨みのセリフを脳内で吐く。そうでもしないと逃げ出してしまいそうになっていた。足はガクガクと頼りなく揺れ、
ロビンがそんな自分の事を情けないと自嘲していると、突如目の前の森の茂みがガサリと音を立てた。不意に起こった事に体が震えたが、なんとか堪えてロビンは精一杯の大声で威嚇をする。
「さぁ来い! 機壊共! 俺が蹴散らしてくれる!! てめえらなんざ俺一人で全部ぶっ壊せるぜゴラァ!!」
たとえ、そんな虚勢が機械には通じなくとも自分には大きな意味がある。
しかし、覚悟を決めたロビンの目の前の茂みから現れたのは人間の一団だった。
ロビンはほっと肩をなでおろしたが、次の瞬間には大きな違和感を感じる。
(おかしい……監視の報告では全方位を囲まれていたはず。しかもこの村の周りには碌に村が無いはずだし……そもそも人間の一団がどうやってきたんだ?)
ロビンが考えていると、先頭にいた銀髪の精悍な顔立ちをした青年がロビンに話かけてきた。
「この村、襲われてるんだよな……? 機壊達に。……防衛戦、か。俺たちも加勢する。……良いか?」
一団の全員が姿を現した。人数は八人。そして彼らは伝承で伝えられていた花の騎士の証、それぞれの授かった属性で生み出した花をロビンに見せる。
赤々と燃え盛る花。バチバチと閃光を弾けさせる花。その二つの光を反射し、その身を彩る銀色の花。透明だが、形を視認出来るゆらゆらと揺れる花。その他にも多種鮮やかな四つの花が手のひらの上で。
そんな浮世離れした物を見たロビンは、枯れていたと思っていた涙をボロボロと流した。
☆
村の住人達は自分たちの待ち望んだ存在が来たことを知ると神に、そしてその英雄たちに精一杯の感謝を捧げた。
長々と感謝を捧げ続ける女子供を後目に村の戦士たちは何かすることは無いかと、花の騎士達に聞いた。もちろんロビンもだ。花の騎士達が言うにはまだ力の制御に慣れていないため、いくらか討ち漏らすかもしれないためそんな敵を倒して欲しいとのことだった。
村の戦士と花の騎士達が守備しなければならない位置へと陣取ったころ、機壊達がやってきた。無機質であるため何も感情は無いはずなのに、何故か感じる明確な寒気のする程の殺気。
村の外壁から百メートルほど離れた所で機壊達は歩みを止めた。狩る者と反撃する獲物、そんな簡単な形の両者。悠久の時が流れたようにロビンは感じたが、それは花の騎士の紫色の髪をした青年が突っ込んでいくのを合図にして断ち切られた。
◆◇◆◇
花の騎士の白い髪の少年は両手と足に装甲をつけているだけの軽装であった。
「くっ……こいつら一機一機は弱いが、数が厄介だなっ!!」
そう言いながら、目の前の機壊を手甲のつけた手で少年は殴る。殴られ、砕かれた所から木が生え、動力や機構を破壊されたロボットが活動を停止した。一台を仕留めてもその手と足での攻撃は止まらず、怒涛の連撃によって瞬く間に敵が無力化されていく。
「こいつらは一番弱いタイプだからな! 数だけは多い!!」
白い髪の少年の言葉にほぼオウム返しで答える青年。鋳造によって作られた刃を振り上げて、攻撃を仕掛けてきた機壊を手に持つ刀で横に斬りつける。恐ろしいまでの切れ味だがそれだけなく、刀に少しでも内部を切り裂かれた機壊達が次々と動きを止めていく。刀に走る電撃が金属のボディや内部の金属などを伝い、バッテリーをショートさせていた。
「きゃははっ! 物壊すのってやっぱり楽しい!!」
両手に一つずつランスを持った秘色の髪の少女が歓声を上げる。自身の得物を乱舞して、嬉々として周囲の獲物を破壊する。得物に触れた獲物は穿たれそして凹んだが、同時にランスに触れてすらいない機壊の装甲も破壊されていった。
「おーいちょっと! あんまり離れたら危ないって!!」
自身の身長よりも大きな剣を軽々と振りまわし、対象を薙ぎ倒しながらランスを持った少女へ桜色の髪の少女が警告をする。その片刃の大剣はごうごうと燃え盛る火を纏っており、熱によって柔らかくなった機壊のボディを易々と切り裂いた。
「はぁ……まったく、何体居るのよ……疲れてきちゃう」
両手に銃を持った若い女性がロボットの攻撃を避けつつ両手の銃を乱射。いや、機壊達の装甲を貫き、動力部に着弾。そして、銃弾がその質量を瞬時に増加させ…動力部が氷に覆われた。凍結した動力は運転をやめ、その体を動かせなくなった。
「良いじゃねぇの! 多い方が楽しいじゃねぇか!!」
「〔
箒を持った少女は無造作にそれを振り回す。箒に
「黙れ筋肉ダルマ」
紫の髪の少年に向かって怒鳴る、幼さの残る顔立ちの少年。柄が長く、打面に無数の棘の付いたバトルハンマーで機械を殴打し、叩き潰す。引き抜く……というよりもハンマーを叩き潰したものから離すと棘がハンマーから抜け、機壊の体に刺さったまま残った。そして少年がなにやら呟くとまたハンマーから新たな棘が生えてくる。
村の戦士達はまれに抜けてくる機壊を破壊しながら花の騎士達を眺めた。
純粋に戦士としてその技を盗むため。または、嫉妬や羨望、そんな気持ちで。
それほどまでに彼らが強く、自分達に彼らが輝いて見えたからである。
◆◇◆◇
黒花獣を殲滅した後、箒を持った茶髪の可愛らしい女の子が村民に話かけた。
「大丈夫です……か? ……誰か怪我をしている方はいらっしゃいませんか?」
「は…はい! ありがとうございます。助けていただいて…どう、お礼をすればいいのやら…」
族長はあわててその言葉に答えた。開戦前だったため、情報を持ち帰ってきた死んだバードマン以外に死傷者は出ていなかった。
(不幸中の幸い、いや幸い中の不幸か……)
ロビンは彼の事を思い出すとそんなことを考えた。すると、青い髪の女性がお礼なんてよいと言ってきたが、
「あ、ちょっと待った。調味料とかもらっても良い?」
と、花の騎士の最も若く見える少年と少女のうち、少年の方が言ってきた。
「もちろん! 命と世界の恩人なのですから、そのくらい安いものですよ! どうぞ、村へお入りください!」
「今夜は宴だあぁぁぁぁぁ!!」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! 花の騎士ばんざーい!!」
どこからともなく上がった歓喜の声に鳥人達は同調し、絶大な大きさの歓声がそこかしこから放たれる。
その声は先ほどまでの悲哀に満ちたものとは逆の、やる気や嬉しさ、喜びなどの感情に満ち溢れていた。
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