地獄の図書委員VS紫煙の魔法使い

馬場卓也

第1話 最終回・さよならは煙の中に


「今日こそは……」

 御堂はつかの短く切りそろえた髪が、そして体が小刻みに震えだす。

「今日こそは、犯人をとっちめてふんじばってやるんだから!」

 鼻息荒く、はつかが机にバンバンと本を叩きつける。

「普通、ふんじばってからとっちめるもんだろ? それと図書委員たるものが、本を粗末に扱うな」

 そんなはつかを呆れ、そしてうんざりした顔で、谷町リョウは見ていた。


『またか……』


 警察官の父親譲りなのか、元来の性格なのか、あるいはその両方か、はつかはどんな小さな悪事も見逃せない、少し度が過ぎる正義感の持ち主だった。それは何も今に始まった事ではない。小学校の時から、彼女はこうだった。

 10年来の付き合い、いわゆる腐れ縁のリョウは、そんなはつかの姿を幾度となく見てきた。


「順番なんてどうでもいいの! しっかしなんで私たちがこんなことをしないといけないのかしら、まったく!」

「じゃあ、しなきゃいいじゃないか?」

「あのねえ……」

 頭二つ分小柄なはつかが、リョウの胸にぐい、と顔を近づけ、見上げた。

 眼下から黒い大きな瞳を尖らせるようにらまれて、リョウは思わず後ずさる。

「じゃあ誰がやるっていうのよ。今、こうしている間にも、悪事はどんどん進行しているかもしれないのよ!」

 本人には他意はないのだろうが、こう体を密着されると、返事もままならない。

「誰って……。うーん」

 考える振りをして、リョウは少し、顔を上げた。

 生徒会室の天井は、蛍光灯がこうこうと輝いているだけで、リョウにナイスなアドバイスをくれるわけもない。

「そんなもの、放って置けば……」

「そんな、もの?」

 その言葉にきらり、とはつかの目が輝いた。とはいえ、実際に光ってはいないし、顔を上げたリョウから見えるはずもない。しかし、長年の付き合いで、はつかの中にある『押してはいけないスイッチ』に触れてしまったことだけは分かる。

『しまった……』

 と、リョウは苦い顔をしていた。

「ふん!」

 はつかが大きく息を吐いた。

 その瞬間、くっつかんばかりだったはつかの頭がすっと離れ、続いて胸倉をぐいとつかまれて……。


 ぶ、びたああん!


 生徒会室の中央で、綺麗に弧を描きながら、リョウの体が舞い、そして背中から床に落ちていった。

 はつかの得意技の一つ、一本背負いが決まったのだ。幼い頃より父親から柔道の手ほどきを受けてきたはつかは、これを持って今まで幾多の不正に立ち向かってきた。その様子をして『地獄の図書委員』と、ありがたくない二つ名を頂戴しているほどだ。もっとも、その技の矛先はほとんどが不用意な発言をするリョウに対してだったが。

 道場にも通わぬ無段ながらも、かなりの素質があることは、中学時代より何度も部の勧誘を受けてきたことでもわかる。それに何よりも、長年技を受けてきたリョウがその上達ぶりを一番よく知っていた。


「ほら、今日も巡回行くわよ!」

 うすらぼんやりと開いた視界の中で、はつかがパンパンと手を叩いているのが見える。痛む背中をさすりながら、リョウはゆっくりと立ち上がった。

「で、今日はどちらまで?」

「3丁目! 病院の近く!」

 おどけるようなリョウに、ピシャリ、とはつかが答える。

「へいへい……」

 リョウは、机に置かれた本を手にすると、先を急ぐはつかを追うように、生徒会室を出た。


 何の因果か腐れ縁同士が、示し合わせた訳でもないのに図書委員、さらに加えて、先日盛況のうちに幕を閉じた学園祭実行委員も兼ねていた。

「本当なら、あんなことしなくてもよかったのに……」

 廊下を早足で進みながら、ブツブツとはつかがぼやく。

「仕方ないだろ、委員会のくじ引きで決まったんだから」

「それはいいのよ。でも、何で私が……」

 はつかは実行委員長も兼任していた。それも自ら進んでなったのではない。

「まあ、あれはなあ……。いまだに学校に来ていないんだろ?」

 うん、とはつかがうなずく。その表情に苛立ちが浮かび上がっていた。

 学園祭準備期間中、ちょっとした事件が起こった。実行委員長である生徒会長が学校に来なくなったのだ。連絡も取れず、仕方なく実行委員の中で、代理委員長を決めることになった。

「で、何で私が選ばれたのよ!」

 はつかの足が徐々に速くなる。

「まあ、それだけお前がみんなからの人望も厚く、頼られてるから。って、待てよ!」

 ずんずんと先を進むはつかの姿が小さくなっていくのを、あわててリョウが追う。


 引継ぎもなくおこなわれた実行委員長の山積する業務をこなすだけでも大変なのに、そこに追い討ちをかけるような出来事が起こった。

 やっとのことでつつがなく終了した学園祭の後片付けの際、体育館の裏で、数本のタバコの吸殻が見つかったのだ。未成年の飲酒喫煙は法律でも固く禁じられている。今までもそれを破るものに対して、はつかは必殺の柔道技を見舞ってきた。

 やっとのことで激務から開放されると思った矢先にそんなものを見つけてしまったものだから、過剰なまでのはつかの正義感は増大し、犯人探しに躍起になっていたのだ。

 犯人が見つかれば、今までの恨みつらみをそいつにぶつけるんだろうなあ、と思うと、リョウは少しだけ、まだ見ぬ犯人のことが気の毒に思えた。


「犯人は常習性があるから、自販機や販売店を徹底的にマークするのよ!」

 もっともだが、どこか大雑把なはつかの提言に首を横にも振れず、リョウは三日前から学校周辺のコンビニや販売店を見張っていた。


 そして今日は市営の大きな病院がある3丁目を探ることになったのだ。

「じゃあ、私は病院の売店を当たってみるわ」

「売店? そりゃ何で?」

「見舞い客を装えば、違和感なく買えるかもしれないじゃない。『入院中の父の代理で』とか言えば、売店の人だって疑わないわよ」

「確かに……」

 言われてみれば、という気もするが確証はない。

「じゃあ、俺も」

「だめ。リョウはこの周辺を当たってみて。学生服で買いに来ることはないと思うから、よく顔を見るのよ。うちの学校の生徒だったら構わず私に連絡して」

「はいはい……」

 軽く手を上げ、リョウは背中を向けた。

 顔で見極めるなんて、リョウの頭の中に全校生の顔のデータでも入っていると思っているようだがもちろん、そんなものはない。

「あ、それと。探すふりして家に帰ったりしたら……」

「誰がするかよ! ……二度も」

 リョウは胸ポケットの眼鏡を出して、はつかに振って見せた。

 右側にレンズが入っていない。

「それは……。あんたがサボって帰ったからでしょ!」

「ともかく、こんな目には遭いたくありませんので、まじめにやらせていただきますよ。それと、レンズ代請求するからな」

 柔道技で来ると思いきや、その日のはつかはまさかの目潰しを仕掛けてきた。それも5本の指すべてを使う『少林寺式』だった。すんでの所で避けたのはいいが、その際に、左右両方のレンズを突き破られてしまったのだ。改めて、はつかの底知れぬ力に、リョウは戦慄を覚えるしかなかった。


 はつかと別れてから、リョウは病院から少し離れた車道沿いをうろうろとしていた。学校近辺のコンビニはあらかた探しつくし、はつかがくれぐれも未成年にタバコを売らないように、と強く念を押して回った。残りは足で探すしかない。

 

「ん?」

 視界に妙なものが入った。通りかかった路地の奥に、ピンク色の看板が見えた。

辺鄙な場所に不似合いな看板だ、とリョウは戻って、よく見てみた。

「『……のタバコ屋さん』? タバコ屋さん?」

 路地の奥に昔ながらのタバコ屋がぽつんと立っている。それにしてもピンクの看板とは妙だ。

店の前に立つと、寮は口をぽかんと開け、看板に書かれた文字を何度も読み返していた。

「『まほうのたばこやさん』、『まほうのたばこやさん』、……魔法のタバコ屋?」

 一見すれば昔ながらの小さなタバコ屋だ。しかし、ひさし上のホーロー製の看板は、つい最近塗り替えられたように、つやつやしたピンク色だ。そこに白ペンキで店名が書かれていた。

「あ、あの……」

 リョウは好奇心も手伝って、カウンターの奥へ声を掛けてみた。

「はいはいーモク」

「モク?」

 普通、こういった店だと年老いた老婆がちょこんと座って店番をしているのがよくあるパターンだ。しかし、返事をした声は、リョウたちとあまり変わらないような、若い女の声だった。

「何か御用モク?」

 声の主が姿を見せた。それを見て、リョウはさらにぽかん、と口を開けてしまった。

 老婆なんかじゃない。カウンターの向こうにいるのは、おおよそこの場に似つかわしくない、いや、どこにいても目立っても仕方ないと思えるような……、いうなればファンタジーの世界に出てきそうな姿をした少女だ。

「いらっしゃいモク。何がいいモクか?」

「モクって……、何?」

 目の前の異常な光景に、やっとのことで、リョウが声を振り絞った。

「あれ、お客さん初めてモク? あぁー、学生さんモク? 学割するモク」

「モク、モクってその、ひょっとしてタバコの煙がもくもくで……語尾がモク……」

 うれしそうに店番の少女は手を叩いた。

「正解モク! すごい、誰もわからなかったのに! じゃあお教えするモク、私は煙の魔法使い、ジア。よろしくモク」

 ジアと名乗った店番の少女がペコン、と頭を下げる。

「ジアぁ? ま、魔法使い?」

 魔法使いの煙草屋、その組み合わせの悪さにリョウはほんの少し声が裏返った。それに、このジアと名乗る少女の顔は、どこかで見たことがある。

「場所が場所だけに、よく学生さんがこっそり買いに来るモク。大人の作ったルールを破るって青春の冒険モク、ジアはそんな若者を後押ししてやるモク」

 モクモクと喋る少女、ジアの左腕に絆創膏が張られているのが見えた。

「その傷……」

 ピンクの髪、手には魔法の杖らしき細長い棒。余った手には大事そうに手首からチェーンでつながれた手帳、いやこの感じだと魔導書だろうか。だが、現実にいてはならない、いてはおかしい姿だ。しかしその顔は……、リョウの良く知る人物だった。

「生徒会長、何やってるんですか!」

 リョウの声にジアはきょとんとした顔をした。

「生徒会長? そんなもの、見た事も食べたことないモク。私は三年前にワカバエコー王立魔法学校を卒業し、人間界に遣わされた煙の魔法使い、ジア! モク」

「いや、その腕の傷、学祭準備中にカッターで切って大騒ぎしたときのでしょ! 学校サボって何やってるんですか?」

「知らないモク、これは魔法の実験でちょっとすりむいたモク。さ、何買うモクか? 魔法のタバコあるモクよ」

 そういうと、ジアは、手にした棒の先に百円ライターで火をつけ、ぷうと吸い込んだ。

「それ、タバコだったのか……。って生徒会長が吸っちゃまずいでしょうが!」

「魔法使いにまずいもうまいもないモク。ゲホ」

 やや苦そうな顔で、ジアが煙を吐き出した。目の前に立ち込める紫煙を払うように、リョウが片手を振る。

「それに、完全にフカシじゃないですか、会長。肺に入れてないでしょ?」

「ケホ。アー、仕事中の一服も格別だわ、モク。そうだ、これ吸うモクか?」

 カウンターの下に手をもぞもぞとやって、ジアが一本のタバコを取り出した。

 七色の紙で巻かれた、いかにもな感じのタバコだ。

 手元の手帳をぱらぱらめくり、ジアが読み上げる。

「これを吸うと、どんどん気持ちがよくなって、どんどん吸いたくなるモクよ」

「それ、仕入れ帳ですか? 魔導書とかじゃないの? 気持ちよくなるタバコ……って、おい、それ売っちゃまずいでしょ! もはやタバコじゃないし!」

「火をつけて吸えばなんだってタバコモクよ」

「あの、それと語尾に『モク』ってつけるの、疲れませんか? なんだか無理やりっぽいし」

 助かった、とばかりにジアがこくん、とうなずき、手にしたタバコをカウンター下の灰皿でぎゅぎゅ、と消した。

「確かに疲れるのよ、これ」

 にい、と笑ったジアの口から、口内に残っていた煙が一筋、細く立ち昇る。

「おへ、本当言うと、タバコ吸うのも初めてだし」

「じゃあ、やっぱり会長だったんだ?」

「いいえ、私はれっきとした魔法使い、とはいえ、まだ若葉マークの取れない見習いだけどね」

 ジアがぶんぶんと首を横に振る。

「ほら、こんな髪の毛の人間っていないでしょ? それにこれ、翼になるのよ、そんな知り合い、他にいる?」

 今度はリョウが首を横に振った。見れば、ツインテールの毛先は羽のように見えなくもない。

「いません。けど、そんなものカツラとかで何とかなるでしょ? 会長のコスプレ趣味は分かりましたから、学校に戻ってきてくださいよ」

「だから、何度言わせるの、私は魔法使いのジア! いい加減にしないと飛ぶよ?」

 両手で束ねた髪を持って、ジアが羽ばたくような素振りを見せる。

「煙の魔法使いなんでしょ、何で飛ぶんですか?」

「それは……。必要に迫られたらよ……」

 答えに詰まったように、ジアが横を向いた。

 おかしい、おかしすぎる。勤勉実直、学生たちの人望も厚く、学校のマドンナ的存在だった生徒会長が、どういう理由かわからないが学校を休んでいる間に魔法使いを名乗らなければならなくなったのだ、そうに違いない。あの人がこんな姿になるのは、よほどのことがあったに違いない。もつれた紐を解くように、この不可解な状況を脱しないと……。リョウは、キャラクターまで変わってしまった生徒会長の姿を見て、そう思った。

「じゃあ会長、じゃない……ジ、ジアさん」

「何?」

 初めて名前で呼ばれたのがうれしかったのか、ジアが笑顔でリョウを見る。

「その、魔法の学校を出た人が、どうして我々の世界で、それもタバコ屋なんか経営しているんですか?」

 相手を頭ごなしに否定するのではなく、とりあえず、話を合わせていこう、とリョウは思った。 

「いい質問ね。魔法使いはね、留学と称してこの世界……つまり魔法の使えない人間の世界に住み込むことがよくあるのよ」

「へえ、だから、今まで俺たちの学校へ?」

「そうそう。……あ」

 ジアがあわてて口を押さえた。しかし、時すでに遅し、である。自分の素性をばらしてしまったジアは、ばつが悪そうに伏目がちにリョウを見た。

「やっぱり会長だったんだ……」

「そ、その、私も学祭を最後までやり遂げたかったのよ。でも、うちのおばあさんが急に倒れて……」

 ジアが、カウンターの中をくるり、と見渡す。それでなんとなく、リョウにも察しがついた。

「おばあさんが倒れている間、タバコ屋を切り盛りしなくちゃいけなくなった。そういうことですか?」

 うんうん、とジアがうなずく。

「だって、タバコも値上がりするし、まとめ買いの人とか……それに、客足も遠のきそうだったから……」

 消え入りそうな声で、ジアがうなだれる。

「だから、こんな画期的なコスプレタバコ屋を……。分かりました、みんなにはそう伝えておきます」

「コスプレじゃないって! 本当に、魔法のタバコ屋なんだから!」

 むきになって、ジアが顔を上げる。

「はいはい。で、おばあさんの容態はどうなんですか? 会長はいつ学校に戻れそうなんですか?」

「なんだか全然信用してないみたいね……」

「そんなことないですよ」

 しかし、リョウは心の底からジアの言葉を信じてはいなかった。

「ちょうどいいわ、みんなに黙ってさよならするつもりだったけど。リョウ君からみんなに伝えておいて」

「え、さよならって?」

 ジアが、先ほど持っていた白い棒を取り出し、くるくると回しだした。棒の先から、白い煙が立ち始める。

「おばあさんと一緒に魔法の世界に戻るの。ちょうど留学期間も終わりだし。人間の世界も楽しかったわ」

 ジアの手がカウンターから伸びて、リョウの頬に触れた。

「ありがとう……」

 ジアの手が、そっとリョウの唇をなでた。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「会長……」

「ふふ、ちょっと煙が目にしみたの。じゃあね!」

 

 ボン!

 

 猛烈なタバコの臭いとともに、辺りが白い煙に包まれた。

「うげ、うげ、これ、タバコの煙じゃないか! 副流煙?」

 むせるリョウを包んでいた煙が次第に晴れると、その目の前には空き地がぽつん、と見えた。

「……え?」

 タバコ屋が消えた……。リョウは辺りを見回した。それらしい影も形もない。

 もちろん、ジアの姿も。

「本物、だったのか?」

「だからいったじゃない、みんなによろしくねー。あ、それと、リョウ君にも魔法をかけといたから。役に立つよ~」

 空の彼方で、ジアの声が響く。

 顔を上げると、夕焼けの空に、ぽつん、と白い雲が浮かんでいた。

「会長……」

 あっけに取られたリョウは、しばらくそれを眺めていると、しばらくして、雲はオレンジの空に溶けるように、消えた。

「魔法使い、か……」

「こらー!」

 非現実な出来事に直面し、頭の中を整理する間もなく、聞きなれた怒号がに耳に轟く。振り向けば、はつかが目を三角にして、仁王立ちになっている。

「お前か。今さっき会長に……」

「りゃああ、今までこんなところで油売ってるわ、それに何くわえてるのよ!」

「え……あ」

 いつの間にか、リョウはタバコを一本くわえていた。

「別れ際に会長が俺の顔を……あの時か?」

 言い訳をする暇を与えてもらえず、リョウはその日二発目の一本背負いを食らい、アスファルトの上に、背中をしたたかに打ちつけた。

「会長は、魔法使いだったんだよ!」

 絞り出すように叫ぶリョウの言葉に、はつかはさらに、目を尖らせた。

「この期に及んで……言い訳がへたくそすぎる!」

「本当だ、煙の魔法使いだったんだよぉ!」

「まだ言うか! サボるならまだしも、あんたが、あんたがタバコを……」

 怒りに体を震わせ、ずんずんとはつかが近づく。

「ちょ、待て! これは違う、ほら火もつけてないし……」

「谷町リョウぅ……」

 はつかがリョウをフルネームで呼ぶ時は、怒り心頭に達している時だけだ。長い付き合いの中で、リョウが気付いたはつかの癖のようなものである。そしてそう呼ばれたが最後だということも十分承知していた。

「はつか……」


 路地裏から、ボキ、ぐじゃ、という生々しい音が聞こえたが、それも夕暮れ時のあわただしい町の喧騒にかき消されてしまった。


 その翌日。はつかから受けた柔道技フルコース+αで、全身傷だらけのリョウの体に異変が起こった。やたらと鼻が利く。それもタバコの臭いだけを嗅ぎ分けれるようになっていた。それに気づいたのは、登校途中のコンビニの前を通りかかった時だった。なんとなく気になっていたが、三軒目のコンビニを通り過ぎた時に、確信した。

 臭いだけではない、タバコの銘柄が頭の中で浮かび上がるのだ。

 

「これが、会長のくれた魔法か……」

 しかしそんな能力があっても何の役にも立たないし、そのことをはつかに話してみたが、昨日のことをぶり返し、大外刈りを食らうだけだった。


 だが、その魔法は意外にも、大いに役に立つことになった。放課後、生徒会室に保管していた吸殻の臭いから、体育館裏でタバコを吸っていた犯人を突き止めることができたのだ。


「いい加減にしてください! 先生とあろう人が、何であんなところで、もう! 喫煙室があるじゃないですか?」

 犯人である数学教師を前に、はつかの怒声が校長室に響き渡った。


 生徒会長の失踪はしばらくの間学校の話題になったが、それもいつしか誰も口にしなくなった。


 リョウはといえば、もらった魔法のおかげで、今までよりも、少し忙しくなってしまっていた。学業ではなく、はつかと共に隠れタバコを探し出す『地獄の図書委員』としての活動が。


 終

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