Tマイナス5ミニッツ

美作為朝

Tマイナス5ミニッツ。

 シリアとイラクの国境付近。月の出ない冥府めいふの如き闇夜やみよ。砂漠地帯は昼間とうって変わって夜は急激に冷え込む。

 二人の民間軍事兵がLLDRを使用し町外れの二階建ての一件家いっけんやをレーザー照射している。

 LLDRとは航空機から投下される爆弾を精密に誘導させるためのレーザー照射装置である。この地球上でこれに照射されて航空機から投下され外れた精密誘導爆弾はここ30年間ほぼない。照射されている家そのものは二階建ての普通の家だが、塀と垣根はすべて厚さ10cm以上のコンクリートで覆われまるで要塞のようだ。窓はカーテンがぴっちり閉められている。

 偵察に行ったサィードが戻ってきた。

「状況が変わった。俺の妻と娘が拘束されている」とサィードが小石でもこの礫砂漠に落ちてたかのように簡単に言う。

「えっ本当か、見えたのか」

 驚いたバディ相棒のジョンストンが応える。

「ああ、確認した。見えるように窓際のところに二人で立たされている」

「どうするんだ?空爆まであと五分だぞ?」

「バンシー22ツーツーは無線封鎖だろ、一人で行ってくる。おまえは、LLDRを頼む」

「一人って、おまえ映画の見すぎだろ、中に何人居るか知っているのか?」

 空爆まで残り4分。

「イーグル・ネスト、こちらクリーパー1問題発生だ。クリーっ、、、、」までジョンストンが言ったところでサィードがまず、ジョンストンの無線のワイヤーを簡単にナイフで切り、続いてそのまま返すナイフでジョンストンの口を抑え喉元を耳から耳まで頸動脈を含めて切り裂いた。

<こちらイーグル・ネストなにがあった?どうした?>

 サィードの無線機がチリチリと言ったあと、喋りだした。

「イーグル・ネスト、こちらクリーパー2、クリーパー1が狙撃されダウン。繰り返す、クリーパー1はダウン。弾着より音が遅れてきた。1.5マイル以上の長距離の狙撃と思われる発射光は見てない。現在も断続的に大口系のライフルに撃たれ続けている。恐らく7.62ミリかと思う」

 そうサィードが言うと、小さな小石を辺りにパラパラ投げ出した。一度他のチームが小銃で撃たれている時にこんな音が無線機から聞こえていたからだ。

<こちら、イーグル・ネスト。クリーパー2、任務継続は可能か>

「レスキュー・スクワッドは送ってもらえそうか?」

無理だアン・ネイブル。こちらは空爆終了まで現配置げんはいちを動けない>

 空爆まで残り3分。

「コピー。任務継続を努力する」

<頑張ってくれ。もうすぐバンシー22ツーツーが到着する>

「クリーパー2、コピー」

 サィードは無線をきった。上半身は血まみれのなのに顔色だけが土気色の死んだジョンストンがサィードを見つめている。良い奴でも悪いやつでもなかった中西部によくいるちょっと右よりのただのマッチョで呑気な白人。ただそれだけ。

 空爆まで残り2分。サィードがさっきまで生きていた死体と一緒にいなければならないのも残り2分。

 風が音を運ぶ。遠くでジェット排気音が遠くで聴こえた気がした。正確にはターボファンエンジン。もっと正確にはP&Wプラット・アンド・ホイットニーF110。

 バンシー22ツーツーのパイロットがトラブル発生とあって無線封鎖を破って交信してきた。

<こちら、バンシー22ツーツートラブルらしいが、定時に南南東から接近する頭を低くして待っていてくれ>

「こちらクリーパー2、了解。今も撃たれている出来るだけ早くしてくれ」

 つい今まで生きていた死体とただ一緒にいたくないだけ。

<バンシー22ツーツーログ>

 空爆まで残り1分。

 サィードは再度LLDRだけきっちり確認して、伏せて耳を抑え口を開けて待つ。いつもここからが長い。すると200メートル先で閃光。そして衝撃波と音。大きな煙が立った。衝撃波はズーンとサィードが伏せているところまで来たが、破片や瓦礫が一切飛んでこない。そして遅れて上空を通過するジェット機の爆音。頭を上げ覗き直すとほぼ要塞の家があったところにはなにもなく黒いクレーターが出来、クレーターのそこから薄くどす黒い煙を上がっている。

 サィードはゆっくり立ち上がり下半身と上半身のドロをぱっぱとはらうと、目標だった家から30メートル東の無事な家屋群へ向かった。ばらばらとその家々から男たちと男に後ろ手に拘束されたサィードの妻と娘が暗闇の中現れた。

「ご苦労だったな、サィード」

 リーダー格らしき男のハサンがイスラム語で言った。

 サィードは抱擁するかのようにどんどんハサンに近づくとM9でいきなりハサンのひたいをぶち抜き射殺した。

 ハサンがいい奴だったか、悪い奴だったかもサィードも知らない。

 男たちのAK74が一斉にサィードに向けられる。武装勢力のこの地区のトップ、ハサンのNo2ナンバーツーバドゥルにサィードが穏やかにイスラム語で語りかける。

「おとなしく俺に従えばアメリカとも渡りがつく、シールズやデルタの襲撃も空爆も事前に教えられる。そしておまえがこの一帯のボスだ。問題はあるか?」

「問題はない」

 バドゥルが表情一つ変えず答えて、顎で女二人をしゃくった、サィードの妻と娘が開放された。抱き合い抱擁するでもなく三人のサィード一家いっかはてくてくそこから南へと歩いていった。

 この三人が本当の家族なのかどうかすら誰にもわからない。

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