―――


 京都から帰ってきた次の日、私は休憩室にいた店長に声をかけた。


「あの、店長。」

「藍沢さん、お疲れ様。どうしたの、そんな深刻な顔して?」

「ちょっとお話が……」

「話?……わかった。ここ座って。」

 私の顔が余程切羽つまってたんだろう。

 店長は何も聞かないうちに、私を椅子に座らせて休憩室のドアを閉めた。


「話って?」

「あの……正社員になったばかりで申し訳ないんですが、辞めさせて頂けないでしょうか。」

「………」

 深々と頭を下げた私は、しばらくそのまま動けなかった。


「……何か事情があるのかなぁとは思ってたけど、辞めさせてくれって言われるとは思わなかったなぁ~」

「すみません…」

「いやいや、何も藍沢さんを責めてる訳じゃないんだ。君がそう言うのなら、気持ち良く旅立たせてあげるつもりだよ。ただ……」

 店長がそこで唐突に言葉を区切らせたので、恐る恐る顔を上げた。


「何かあったら、いつでもタダで相談のるって言ったのに~。ずっと待ってたんだよ、俺。」

「……え?」

 そこには悪戯げな顔の店長がいた。

「君が何か悩んでたのは知ってた。一人で苦しんでた事も。……あーあ、待ってるだけじゃなくて、俺からも声かけてれば良かったなぁ。ごめんね?」

 心底申し訳なさそうに私の肩に手を置いた店長の瞳が、微かに潤んでいるのを見て思わず涙が溢れた。


「泣かないでよ……」

「ごめんなさっ……!」

「君が頑張り屋なのも弱音を吐かない事も、意外と負けず嫌いなのも頑固なとこも。ぜぇ~んぶ、知ってるよ。だからそんな君が決めたのなら、俺はこれからの君を応援したい。」

 止めどなく流れる涙のせいで、店長の顔が見えない。



 こんなにも自分を見てくれてた人がいた。

 近くで寄り添ってくれていた。


 そんな幸せな事に気付けないでいたなんて……

 私はなんて、愚かだったのだろうか。


 そっと涙を拭うと、立ち上がった。


「……今まで、ありがとうございました。」

 下げた頭の上で小さく鼻をすする音がした後、大きくて暖かい手の温もりを肩に感じた。


「何も聞かないからこれだけは守って。……頑張って生きるんだよ。」

「……はい。」

 再び溢れ出した涙を隠すように、私は店長の大きな胸にすがりついた……



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