Ⅱ
―――
京都から帰ってきた次の日、私は休憩室にいた店長に声をかけた。
「あの、店長。」
「藍沢さん、お疲れ様。どうしたの、そんな深刻な顔して?」
「ちょっとお話が……」
「話?……わかった。ここ座って。」
私の顔が余程切羽つまってたんだろう。
店長は何も聞かないうちに、私を椅子に座らせて休憩室のドアを閉めた。
「話って?」
「あの……正社員になったばかりで申し訳ないんですが、辞めさせて頂けないでしょうか。」
「………」
深々と頭を下げた私は、しばらくそのまま動けなかった。
「……何か事情があるのかなぁとは思ってたけど、辞めさせてくれって言われるとは思わなかったなぁ~」
「すみません…」
「いやいや、何も藍沢さんを責めてる訳じゃないんだ。君がそう言うのなら、気持ち良く旅立たせてあげるつもりだよ。ただ……」
店長がそこで唐突に言葉を区切らせたので、恐る恐る顔を上げた。
「何かあったら、いつでもタダで相談のるって言ったのに~。ずっと待ってたんだよ、俺。」
「……え?」
そこには悪戯げな顔の店長がいた。
「君が何か悩んでたのは知ってた。一人で苦しんでた事も。……あーあ、待ってるだけじゃなくて、俺からも声かけてれば良かったなぁ。ごめんね?」
心底申し訳なさそうに私の肩に手を置いた店長の瞳が、微かに潤んでいるのを見て思わず涙が溢れた。
「泣かないでよ……」
「ごめんなさっ……!」
「君が頑張り屋なのも弱音を吐かない事も、意外と負けず嫌いなのも頑固なとこも。ぜぇ~んぶ、知ってるよ。だからそんな君が決めたのなら、俺はこれからの君を応援したい。」
止めどなく流れる涙のせいで、店長の顔が見えない。
こんなにも自分を見てくれてた人がいた。
近くで寄り添ってくれていた。
そんな幸せな事に気付けないでいたなんて……
私はなんて、愚かだったのだろうか。
そっと涙を拭うと、立ち上がった。
「……今まで、ありがとうございました。」
下げた頭の上で小さく鼻をすする音がした後、大きくて暖かい手の温もりを肩に感じた。
「何も聞かないからこれだけは守って。……頑張って生きるんだよ。」
「……はい。」
再び溢れ出した涙を隠すように、私は店長の大きな胸にすがりついた……
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