『運命の輪』~逆位置~
Ⅰ
―――
「いらっしゃいませ!」
「おっ!百合ちゃん、今日も頑張ってるね~」
扉が開く音に振り向くと、常連のお客さんが顔を出す。
私は仕事の手を休めて、笑顔を見せた。
「あ、井上さん!いらっしゃいませ!」
「今日は会社の後輩と来たんだ。こっち座ってもいいかい?」
「はい!どうぞ。それではご注文が決まりましたら、お呼び下さい。」
慣れた仕草で井上さん達を案内すると、笑顔で頭を下げた。
私の名前は、
皆さんとても良い方で、入って半年のまだまだ慣れない私に色々と教えてくれる、職場環境のいい所だ。
常連のお客さんも良い人達ばかりで、最近はお互い顔や名前を覚えてきたから世間話とかもできるようになってきて、働くのが楽しいし毎日が充実していた。
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様~。あ、そうだ。藍沢さん、ちょっといい?」
閉店後の後始末を終えた私は、店長に声をかけた。
疲れた間延びした声を出す店長の横を会釈して通り過ぎようとしたら、思いがけず呼び止められて慌てて立ち止まる。
「は、はい!」
「藍沢さん、正社員になる気はない?」
「え…?」
予想外の言葉に固まる私を見て、店長は苦笑しながら言った。
「いや、今すぐに返事しなくてもいいんだけどね。最近売り上げが伸びてきてて、ちょっと人手が足りないんだ。藍沢さんは覚えるのが早くて、一通りの仕事はこなせるから安心だ。今より時間が長くなるから給料も上がるし、何よりお客さんに大人気だから君がちゃんと正社員になったと知ったら、皆喜ぶよ。」
「あ、あの、私……」
思いがけない申し出に嬉しいと思う反面、急に言われて戸惑う自分もいる。
私はあたふたしながら店長を見た。
「ごめんね、急にこんな話されたら戸惑うよね。まぁ、考えてみて。」
「はい。」
「じゃ、お疲れ様。」
「お疲れ様でした……」
蚊の鳴くような声で答えると店を出た。
「正社員かぁ~……」
星一つない夜空を見上げながら小さく呟く。
目を瞑ってしばらく考えてみるもすぐに結論が出せる訳もなく、大袈裟に肩を竦めると家路を急いだ。
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