第33話 怪物は嵐を引き連れやって来る

 澄み渡る青い空に轟く叫び声は、やまびこのように音が割れ、高層マンションに反響した。


 上下左右、全ての方向に360度回り、クロトはまるで、胃をかき回されてるような気分になり嘔吐えずく。


「気持ち悪い……」


 再び眼下に視線を落とすと、街のど真ん中に突如現れた、現代アートのようなオブジェを見る。


 引き伸ばし丸めた飴細工のような巨剣を見て、小さく歓喜した。


「た、倒した!」


「たわけ! あの程度、ひっかき傷にもならんわ」


 モルタの怒号の直後だった。

 湾曲した巨剣のオブジェは、小刻みに振動し、やがて全体にひびがが入ると、砕け散り四方八方に飛び散る。


 砕けた瓦礫は岩のように大きく、周辺の住宅を押しつぶし、雑居ビルの外壁へめり込む。


 そして、クレーターのように広がるくぼみの中心に、服の乱れや傷一つすらない女神がいた。


 紅蓮の炎を思わせるようなドレス。

 真紅に染まる髪に口紅。

 ルビーよりも赤く光る瞳。


 存在自体が、地獄の業火その物に思えてくる。


 他人に渾身の力作を破壊されれば、アーティストは気が気ではないだろう。

 真紅のディキマは、歯ぎしりを見せ、怒りの感情をこちらへ突きつけた。


 その形相は悪鬼を思わせ、クロトに女への恐怖を助長させる。

 

 クロトは、この数時間でディキマという異次元人が、頭に血が登りやすく、周りのことを考えない利己主義の塊だというのが、よく理解できた。


 真紅のディキマはヒステリックに叫び、街を形成するパース線を無作為に掴むと、振り上げる。


 線に繋がった雑居ビルやマンションは、地響きと共に地面から持ち上がり、その後は手を離した風船のように浮遊する。


 出勤や通学時間というのもあり、早朝の怪現象を目撃した通行人達は騒然。

 すぐに悲鳴の矢が飛び交う。


 屋上を顔にして、闘牛のごとく襲い来る、雑居ビル群から逃げるモルタ。


 その間、クロトは実況するように、叫ぶことしか出来ないでいた。


「わぁー!? ビルが飛んで来る! 右に避けて! 次は左! 右! 上だって! 上からも来た!? 前、まえ、まえぇぇぇえええ!!?」


 モルタは付き合いきれないのか、少年の言葉を無視する。


 ハンマーのように、押しつぶそうと迫りくる雑居ビルへ、青髪の彼女はパース線を放つ。

 屋上の手すりにかかった線を引いて、一足飛びで屋上の面積を越えてさらに跳躍した。


 しかし、真紅のディキマが司る建物の操演からは、なおも追撃してくる。


 クロトを抱えるモルタへ向けられた、2つの5階建てビルは、左右から挟み撃ちに迫る。


 2つのビルは、折り紙を広げるように解体され、室内にある机や椅子、棚にコピー機を全てこぼした。

 当然、中にいる人々も空中へ放り出され、眼下の塵となり消えて行く。


 ゴテゴテと異質な折り紙が迫り、モルタの苛立ちの表情を見せる。


 パニックのクロト。


「もう無理! もう無理だよ! もう逃げられ!」


 面積は普通のビルの3倍か4倍にまで広がっている。

 すぐには避けることが出来ない、八方塞がりの状況へ追い込まれる。


 瞬時に考えてを巡らせた蒼天の乙女は、異質な折り紙に手を向け線を放つと、機転を効かせた。


 パースの線が壁に当たると、モルタは指を忙しく動かしす。

 それに合わせて壁をなぞる線は、彫刻刀で木版をえぐるように模様を刻んでいく。

 何か、刻印のような物が書き上がると、それは実体化する。

 

 宮殿の正門を思わせる、両開きの扉。

 巨大な扉の造形は、絵画に見られる天国の門に似ている。


 モルタは四面楚歌とも言える危機に、活路を作り出した。

 蒼天のモルタは、パース線を手繰たぐり寄せて扉へ向かと、扉は内側に開き、透明感のある青空が視界に広がる。


 迷うことなく青空へ飛込み、危機を脱したのだった。


 その光景に、煮え湯を飲まされた真紅のディキマは、次なる手を打つべく、空中に滞在する建造物のパース線を切った。


 超常的な力で浮遊していた建造物は、釣り上げられていたピアノ線を切られたように、ニュートン力学に身を任せて、ことごとく落下。



 今日の空模様を、晴れのち建造物か降ってくるなど、家を出た通行人は予期できただろうか?

 

 建造物は人々の悲鳴ごと押しつぶした。


 クロトは俯瞰ふかんから見える地獄絵図に、血の気が引き卒倒しそうになりながらも、意識を保つ。

 

 明らかに冷静さをかいた、真紅のディキマは、さらなる悪行を見せる。

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