第32話 ルージュ・ドラゴンと巨大な剣

 真上に持ち上がった巨剣は、太陽に届くのではないかと思われる程、大きくそびえ立つ。

  

 クロトはモルタの透き通るような、美しい頬をはたき急かす。


「モォールタァーーーー!? あれ絶対ヤバいよぉぉおお!!」


 蒼天のモルタは少年の手を掴むと、枝を折るように曲げる。

 彼女は悲鳴を上げるクロトを叱りつける。


「いだだだだだ!!」


「静まらぬか! まったく、この時代の若人わこうどは世相がない」


 そうこうしているうちに、後方で構えるディキマが巨剣を振り下ろす――――――――クロトを抱えたモルタは、空中で演舞するかのように巨剣をすり抜けた。


 ここまで大きいと、刃がかすめる時間は長く感じ、間近でジャンボジェット機が過ぎて行くような轟音がつんざく。


 悪女が振り下ろした50メートルの諸刃は、強風を巻き起こしながら大通りを両断。

 道路は海を割ったモーゼのごとく明け開き、飛沫しぶきを上げるようにアスファルトは砕け散った。


 上空からその光景を見下ろすクロトは、言葉を失い、騒ぐ気力すら削がれる。


 刃の威力は凄まじく、寸断された地面から破裂したであろう、水道管が覗き勢いよく噴水が上がった。


 真紅の妖魔は、自作の武器に手応えを覚えたのか、太い柄を持ち上げ、巨剣を構えなが追いかけて来る。


 ディキマが駐車場に刃先を突き立てれば、落雷のように破砕し、剣の腹で住宅地をなげば、強風に煽られたように家々が吹き飛んだ。

 

 蒼天のモルタは悪女の強襲を華麗にかわし続ける。


 粉々に砕けた家屋の破片が、モルタの腕をかすめる、彼女の美しい肌は裂かれ、真っ赤な血が滲んだ。


 モルタに抱きかかえるクロトは、彼女の目線の動きに気付く。

 青髪の女神はかわしつつも、しきりに目で刃の動きを追っていた。

 少年にも、それは反撃のチャンスをうかがっていることが推測出来た。


 アクアマリンのように輝く瞳が、挙動を止めると、そのチャンスはやって来たのだと察した。


 真紅のディキマが、巨剣の刃を天高く振り上げると、モルタは蝶が舞うように空中でかわす。

 振り上げた巨剣は、すぐに引き戻すことが出来ず、数秒間、刃先を太陽へ向けて動きを止める。


 その数秒に、スキを見出した青き乙女は、動きを止めた巨剣の腹に着地。


 あろう事か、抱えたクロトをその場で手放し、そのまま滑り台のように伝い急降下。

 つんのめりになったクロトも、青光の髪をなびかせた彼女を、追うよう滑り落ちた。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁあああ!?」


 碧天へきてん柄のワンピースのスカートから、雪のように白い太ももを露にし、悪女との距離を縮める。


 あまりの急襲の早さに、ディキマは反応出来ず、迫り来る相手を凝視することしか出来ないでいた。


 蒼天のモルタは、針を剥き出しにした蜂のように急降下しつつ、片手から線を後方に放ち、立ち往生する剣先を捕縛した。


 手土産を引っさげて、悪しきディキマの前に登場しようという算段だろう。


 彼女のパース線は剣先に繋がり、操られた刃先は、まるで紙を丸めるように曲がってモルタの後をついて来る。


 今、ディキマが高架から作り変えた50メートル大の巨剣は、モルタのパースによりその主導権を奪われた。


 滑り落ちるクロトは、海の波にさらわれるように煽られ、転げ回る。


「回るぅぅううう!」


 蒼天の乙女は、赤き魔性へ向けて、片手から放つパース線を振り下ろす。


 後をついて来た刃先は、勢いを増し、滑り落ちるモルタを追い越し、真紅のディキマへ突き刺さる。


 横幅30メートル程の剣先が、ディキマの腹を突き刺し、そのまま道路まで押しつぶした。


 沸き立つ粉塵が、通り過ぎる車を飲み込むと、急ブレーキによりタイヤがこすれる音と、激しく衝突する音が聞こえる。


 一撃を食らわせたモルタは、滑り落ちるクロトを掴むと飛び上がった。

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