第30話 トリックスター。驀進する青二才

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬひぬひぬひぬひぬひぬひぬぅぅぅううう!!」


 果てしなく青い大虚へと、放られたクロトを遠くから、モルタとディキマが跳躍し追いかける。

 

 追うより、引き寄せた方が早いと踏んだのか、互いに距離を置く2人の異次元人は、同時に手をかざしパースの線を放つ。


 放たれた線は競うよう、ぐんぐんと少年クロトに伸びていく。


 1人の男を奪い合う2人の女。

 目当ての男を、どちらが捕縛するのが早いか。

 三姉妹とされる女神、モルタとディキマの、骨肉の争いは加速する。


 地表に落下していくクロトを、先に捕らえたのは――――――――――――青髪のモルタ。


 クロトは、自分が信用に足りる女へ、身をゆだねられることに、一時の安らぎを得た。


 それもつかの間、真紅のディキマの方が1枚上手うわてだった。

 彼女が狙いを定め、捕縛したのは通りを走る乗用車。

 ライバルが、目的のモノに気を囚われたいるスキに、猛炎のドレスをはためかせる悪女は、一手先んじて出し抜いた。


 ディキマが手を引くと、車はモルタ目掛へ跳ね上がり、"凶器"となる。


 事が運んだ赤毛の妖魔は、蹴落とした相手を冷笑し、言い放つ。


「あんたはバカ正直だから、いつも真っ直ぐしか進まない――――この青二才が!」


 進路を阻まれた蒼天のモルタは、まともに障害物へ突っ込む。

 大きな衝突音と共に車は大破。

 彼女はまるで、ビー玉が弾かれたように、クロトとは真逆の方向へ飛んで行った。


 敵役かたきやくがいなくなったことで、真紅の悪女は上機嫌で、クロトの元へと軽やかに飛ぶ。



 遠ざかるモルタを、クロトは見送ることしか出来ない。


 疾風のごとく浮動するモルタは、青髪も空色のワンピースも乱れていた。

 そのまま地平線を越えて、外界へと、放り出されるのではないかと思えてしまう。


 だが、次の行動は全く予期出来るものではない。


 遠ざかるモルタは、ワンピースのスカートをはためかせながら体をひねり、こちらへ向くとクロトへ視線を合わせた。

 後ろ向き進む彼女の背中は、何か干渉し、次第に浮動の勢いが緩まり、細身の身体は宙でピタリと止まる。


 遠くから眺めるクロトにはそれが見えた。


 青髪のモルタの背中を、角度によって現れたり消えたりする3本の糸。

 周辺の家々に引かれた2点透視のパースだ。


 モルタは家々を繋ぐパースに、背中を預けている。

 さながら、レスリングのロープに背を乗せ、走り出す体制を取った。


 彼女がパースに身を預けると、引っぱられたパースの景色が歪む。

 そして、彼女はパースの反動を利用して勢いよく弾かれた――――――――。


 モルタは淡く輝く水色の髪を、まるでマントのようになびかせ、一直線にこちらへ飛んで来る。


 そのスピードは走行する車よりも速く、瞬きをすれば視界から、見切れてしまうほどの速度だった。

 

 住宅地を駆け抜ける青髪の少女は、真紅の髪を持つディキマの背後に追いついたかと思うと、あっという間に異形の悪女を追い抜いた。


 背後から風圧の強襲を受けたディキマは、青い人型弾丸を見送る。

 出し抜いたことで、有頂天になった悪女は、意表をつかれ赤い髪から覗く顔が青ざめていた。


 地面がクロト目の前まで迫り、凄惨な光景が脳裏を過る、その刹那。

 それはまるで、青空模様の絨毯が、敷かれたように見えた。

 絨毯はパラソルのよう開き、中央にはモルタの美しい顔があった。

 表情は蝋人形のように凍っているものの、天へと差し出した両手は優しくクロトを受け止める。


 姫君のように少年を抱きかえると、を青い髪の女神は、そこから建築物のパース線に足を乗せ、トランポリンのように上空へ飛翔した。


 2人を悪女のヒステリックな罵声が追いかける。


「モルタァア!! 無限に切り刻んで、苦痛に沈めやる!」


 真紅のディキマはモルタに習い、景色のパース線を利用し、ジャンプすると追撃する。

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