第24話 崩れる倫理
「ひぃ!?」
クロトが小さく悲鳴を上げると、モルタは指先を動かし、クロトの指を操る。
パースに繋がれた蛇は、クロトの鼻先の手前でピタリと止まり、小刻みに細い身体を震わせると、骨が砕ける鈍い音と共に、首が90度に折れ曲がった。
空中に吊されたおもちゃが、糸を切られ落下するように、生命を失った蛇は、重力に逆らうことなく地面に落ちた。
背後にいるモルタに突然抱き寄せられ、始めはときめきを感じたが、今は彼女の柔らかな肌から温度を感じない。
クロトは彼女に掴まれた、腕を振りほどこうとするが、両手は凍ったように動かないでいる。
モルタが耳元で悪魔のように囁く。
「主の思い人。主が会いたい者を甦らすことなど造作もない」
クロトはまるで自分が、彼女の糸に吊られたマリオネットのように思えた。
モルタの手で自身の手を操作されると、指先のパースが蛇の亡骸をくすぐるように動く。
パースにつられ、蛇はのたうち回ると、鞠のような球形に身体を縮めて、チーズのように溶け、またスライム状に戻る。
スライムの表面が波打ち金平糖のように凹凸が現れては沈むと、次第に形を成して行く。
三つの三角形を形成する窪みの中心が山のように盛り上がると、人の目、鼻、口をつくる。
綺麗な顔立ちの女性、両目に亀裂が入りまぶたを見開く。
女性の顔はクロトと目が合うと、微笑むと、その暖か身のある笑顔に見覚えがあった。
「お母さん!?」
クロトは、手の内で行われる神をも恐れぬ行為に、己の倫理観が崩壊することを恐れ、背後のモルタを振り払い彼女の拘束を解いた。
母親の顔は、パースの力を維持することが出来なくなり、元の空き缶に形を戻し地面に落ちる。
クロトは地面に転がる空き缶を見つめ、静かに狼狽した。
頬を伝う汗がべっとりと流れ、背中から吹き出た汗は洋服に張り付き、とても不快に感じる。
後少しで1人の人間を、しかも自分の親を生み出すところだった。
自然の摂理に逆らう身技。
子が親を生み出すという異業。
黄泉の国から死者を回帰させる。
クロトは、震える自身の両手を見つめる。
い、今、神と同じことをしようとした。
粘土をこねるのと、変わらないくらいの感覚で命を作ろうとした。
いや、死んだ人間を蘇らせるわけだ――――――――神以上の力。
尊いと信じてきた命への倫理観が、確実に崩れていく。
相変わらず心電図のように、モルタは一定の音調で語りかけた。
「線の力で作られる物は、その者の心が具現化される」
「心?」
「主が今しがた、具現化しようとしたのは、母親なのだろう?」
クロトは口籠るが、反射的に目で返事した。
モルタは注意を促す。
「その力は未熟だ。今、死人を蘇らせても、ただの亡者。生きる屍にしかならん」
クロトは息を飲む。
「主が持つノーナの力をワシに貸せ。その代価として、力の使い方を教えやろう」
少年は女神の顔色を伺う。
「それって、異次元の戦争で戦えってことだよね?」
「無論、そうなる」
「殺すんだよね? いっぱい」
「さよう」
クロトがうつむくと、彼女は付け加える。
「ディキマ以外にも、主の力を狙うドミネーターは現れる。だか、力の使い方を知れば、身を守る術は見につく」
「力の使い方が解ると…………さっきみたいに空き缶から人を作れるの?」
「主が望む人間を蘇らせられる」
クロトは、美しくも蝋人形のような冷たい表情から、彼女の真意を読み解こうとする。
本当にモルタを信用していいの?
モルタと悪魔みたいなディキマは、姉妹で同じ神様だ。
それに、異次元って言ったて、戦争することには変わらない。
日本に普通に住んでるのに、戦争に出ろなんてありえないよ。
相手はディキマみたいな怪物だ。
でも、戦わないとドミネーターは追いかけ続ける。
もし、もしも、お母さんを生き返らせられたら、今まで一緒に、暮らして行けるはずだった時間を、取り戻せるかもしれない。
代価を得た未来だけが、少年の頭を先行し、それ以外の不都合な事実は、見ないふりをした。
「解った…………君に力を貸す」
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