第14話 爆ぜる現実3

 真紅のディキマが、かざした片手を左右にねじり、指を小刻みに動かすと、ツボミのように収縮。

 変形に合わせ、骨が砕けるような、不気味な物音がホーム内に反響した。


 先頭車両は歪み、ねじれ、たわむことで凶暴な口を作り上げる。


 トラバサミのような歯が何重にも重なり、まるで、巨大な鉄のゴカイを思わせる、グロテスクな様相へと変貌を遂げた。


 ディキマは無数の牙を備えた、トラバサミの出来に満足すると、視線をこちらへ向けて腕を勢いよく振る。

 その動きに合わせ、鉄の悪魔と化した電車は後続車両をうねらせ、跳ね上がり襲いかかった。 


 クロトは迫りくる驚異に仰け反るが、狙いは彼では無かった。

 異類異形となった鉄の塊は、迷うことなく青髪の少女へ向う。


 少年は無意味だとは解りつつも、叫ばずにはいられなかった。


「あ! あぶな――――――――」



 刹那、採掘機のドリルを2つに割ったようなトラバサミが、真上からホームの地面をえぐり、瓦礫を撒き散らしながら、青髪の少女を蹂躙じゅうりんする。


 クロトは、汚れすら感じさせない少女の美しい美貌が、トラバサミにより、真っ白な肌を引裂かれ内臓をぶちまけたのではないかと想像すると、それだけで憔悴しょうすいした。


 しかし、それは取り越し苦労だったことが良く解る――――――――。


 グロテスクな先頭車両が一度、上下にピストンすると持ち上がった。


 浮き上がった車両の下には、無傷の少女。

 彼女は、およそ箸しか持てないであろう筋肉で、巨大な鉄の顎を両手で掴み持ち上げた。

 

 クロトはひたすらおののき、安堵するヒマがない。


 持ち上げられた車両は、ゆっくり折れ曲がり、擦り合う金属の音は、まるで嗚咽のように聞こえた。


 次に青髪の少女が行ったのは、掴んだ顎を離し、両手をかざす。

 ほんの一瞬、鉄の顎がその場で浮き、止まる。

 少女はかざした手を交差させると、無数のトラバサミの牙がひしゃげ、上顎と下顎を貫通する。

 

 真紅のディキマは、練り上げた傑作の凶器が、糸も容易く壊され、恨めしい顔で睨む。


 だが、青髪の少女の仕事は、これで終わりではなかった。


 彼女が両手を忙しく動かすと、指の動きに合わせ、パースの線が縫合するように、破壊した鉄の塊を縫って行く。

 後続車両は、工場に響く機械音のような、ひしめく音を立てて蠢く。


 一つの一つの車両に縦横の亀裂が入り、ブロック状に切り分けられた車両は、あたかもルービックキューブのように回転を始める。


 回転する車両の中で、一体何が起きているのだろうか、ただただ、大勢の人々の悲鳴と怒号が聞こえるばかりだ。


 次第に先頭と最後尾の車両が歩み寄り、電車は尚もブロックを回転させ、5階建てのビルに等しい一塊の巨大な立方体になり、浮く。

 さらに天井を崩す。


 車両の中は、乗客が窓を叩き、誰とも知れぬ外の世界に助けを求めていた。

 その内の何人かは、クロト見つけ、助けを訴える目をする。


 助けようにも、助ける方法も救い出す力もないクロトは、彼らから目を背け、見なかったこととして折り合いを付けた。


 青髪の少女が、二つの引き戸を開けるように、両手を開くと、更に変形。

 キューブ型の電車は、中央から外向きへ、2枚の扇状に開く。

 扉のように開かれた車体から、乗客達は放り出された。


 足から落ちて、衝撃で膝を砕く者。

 背面から落ちて、うめき声を上げ悶える者。

 首から落ちて、そのままピクリととも動かない者。


 悲痛な叫び声が、その場を地獄絵図に変える。


 そんな声を無視して、車両は金属のガラクタで作られた、巨大な蝶となり変態を遂げ、その巨体で月を隠した。


 蝶はゆっくり赤毛の女に近づくと、そのまま覆いかぶさろうとする。

 ディキマは避けようと後方にのけ反るが、間に合わず、鉄の蝶の下敷きなった。


 一つ20トン前後となる車両が8両。

 それを一塊に圧縮、200から300トンの重量がのしかかったわけだ。

 妖魔だか神だか知らないが、さすがに無事では済まないはず。


 しかし、無事で済まないのは建物も同じ、蝶の形をした車両は、ディキマを押しつぶすと、ホーム全体を激しく振動させ亀裂を入れた。


 武蔵境駅の北口側、ガラス張りの窓は、一斉に吹き飛ぶ。


 武蔵境駅は粉塵を巻き上げて崩れ去った。

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