第13話 爆ぜる現実2

 武蔵境駅の天井は、湾曲した鉄骨のアーチを描き、ゴシック調でありながら、近代的な雰囲気を醸し出している。


 ホームは帰宅ラッシュを過ぎて、人の歩みが緩やかに流れていた。

 会社員は家族との団らんを、学生は次の日の予習や娯楽に興じようと家路を急ぐ。

 そうして一日をリセットし、皆、新たな日常を迎える。


 しかし、この日は違った――――――――。


 日常というルーティンは、落雷のような、ガラスが割れる音と共に崩れ去る。


 いかずちように飛んできた人影が、ホームの窓を勢いよく吹き飛ばして侵入。

 唐突な惨事に、家路を急ぐ人々は足を止め、注目した。


 注目の的は、蛍火のように明滅する青い髪。

 夜空のように瞬く、ワンピースに抱きかかえているのは、エスニック風にコーデした服の少年。


 真紅のディキマに蹴り飛ばされ、少年クロトをパースの線で捕縛した青髪の少女は、彼を引き寄せ、かばうように駅に激突したのだった。

 

 気を失いかけたクロトが目を見開いた。


 目の前には青髪の少女の顔。

 切りそろえられた前髪の顔は、セルロース人形のように肌が滑らかで、花のツボミを思わせる、綺麗な輪郭の持ち主だった。


 何より、その瞳は、磨かれたアクアマリンをはめ込んでのではないかと見舞うほど美しい。


 アイドルや人気女優でも、ここまでの美しさは持ち合わせていないだろう。

 それだけ、現実離れした顔立ちだ。


 まるで天使。


 だが、彼女の顔には表情がない。

 目、鼻、唇があるにも関わらず、のっぺらぼうのように感じてしまう。


 苦痛も安堵も読み取れず、何を訴えようもしているかも解らない。

 少年はアクアマリンの瞳を見つめていれば、意志の疎通が図れるのではないかと思い、彼女を見つめた。


 しかし、その時間はないようだ。

 すぐに、窓ガラスの破裂する音が続く。


 粉々に砕け、散弾銃のように吹き飛ぶ破片に、ホームの人々はパニックを起こし、その場から逃げる。


 ガラスが割れる際、銃口の火花に見えたのは、燃えるように赤く発光する髪。

 

 真紅のディキマが、2 人の後を追いかけて来た。


 青髪の少女は起き上がり、すぐに警戒、スキを突かれぬようディキマから目を離さない。

 

 無表情の青髪の少女とは対象に、赤毛の鬼に見える顔で睨むディキマ。


 侍やガンマンの決闘さながら、どちらが先に動くか、互いに仕掛けるタイミングを推し測っている。

 

 コインを投げるように、合図は来た。


 真紅のディキマが逆光に照らされ、彼女から二重の降臨が現れる。


 向かいの線路から、オレンジの帯を引いた上り電車が到着し、ライトでディキマを背後から照らす。

 

 電車が彼女を追い越すと、睨み合いに動きが――――――――赤鬼が笑った。


 真紅の妖魔が、まるでロープを掴むような仕草で腕を伸ばし、拳を握り締めると、通り過ぎた電車が甲高い音を響かせ急ブレーキをかける。


 弾みでレールとタイヤの間に摩擦を生み、花火と見舞うほどの火花を散らす。


 この数分で何度も見た光景だ。

 流石に何が起きたか解る。


 真紅のディキマが掴む手から5、6本のパースが放射状に延び、電車の先頭車両と繋がっている。

 混み合う車両内に慣性が働き、乗客達は声上げて電車の進行方向につんのめりに、ディキマが腕を引くと、急な後退に乗客達は立っていられず、怒号と共に後へドミノ倒しとなった。

 

 そのまま電車は、空中に跳ね上がりアーチを描く天井を突き上げ、木っ端みじんに吹き飛ばす。


 先頭車両が持ち上がったことで、正面、ドア側の側面、タイヤが見える下面と、三面による三点透視が現れる。


 パースの線は下面が見えたことで、本数が倍になり、針山のごとき線が車両正面を覆う。

 人外の力を持つ美女が、もう片方の腕を電車に向け手をかざすと、無数の線が忙しく動き回る。


 線が倍に増えたからか、その作業はとても早い。

 先頭車両がアルミ箔のように引き裂かれ、車両内の人々が外に放り出された。


 鼓膜を突く悲鳴が、彼らの恐怖を物語る。

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