第12話 爆ぜる現実1

 ディキマの指から、再び何本もの線が放たれ、青髪の少女がまとう、夜空のワンピースへ当たった。

 何かの効果を狙ったのかもしれないが、妖魔が伸ばす線は、浮遊する剣同様、ワンピースに吸収される。


 無駄な行為かのように見えたが、線はまだ生きていた。

 

 青髪の少女のワンピースを貫通して、線は彼女の背中から現れ、そのままクロトを捕縛。

 青い髪の少女が気付く頃には、クロトは二点透視の線により引き寄せられた。


「うわぁ!?」


 青い輝きを放つ髪に、単線で描かれた水平線の模様が、みるみる近づき、別の世界へ引き込まれている感覚に落ち入る。

 すぐに髪が顔にかかると、掻き分けられ、夜空のワンピースが視界に飛び込む。


 そのまま吸い込まれてしまい、目の前が暗転、そして全身が紙になったかのように軽くなり、足場の感覚が無くなると、自分の身体の概念が消え、無と暗黒に混ざり合う。

 

 暗闇を抜けた時には、全身に重力を取り戻し、視界には、真っ赤に熱し発光する鉄のような髪が迫った。


 クロトは自分よりも小柄な少女の身体を通り抜けたのだった。


 錯乱する少年を待ち構える真紅の妖魔。


 不敵に微笑むディキマの顔が、寸分まで近づくと、今度は背後から、身体の節々を鷲掴みにされる感触が襲い、激しい制動がかかる。

 腕や足が関節の無い布製の人形のように投げ出された。


 脳みそがクルミのように、カラカラと揺れるような気分だ。

 クロトは感覚の無い自身の腕を見ると、引き寄せられた線とは逆の方向に線が伸びていた。


 そう、青き髪の少女も手をかざし、後から線でクロトをつなぎ止めたのだった。


 ディキマの自然に作られたとは思えない程の美顔が、歪み舌打ちをすると、クロトは一気に後ろへ引きずり戻される。


「うわあああぁぁぁ!!?」


 日にニ度も超常的な線に、真後ろから引きずられ、体力と精神は疲弊していく。

 

 少年の身体は、2人の美しき人外の間で、ピタリと止まり身体の自由を無くす。

 

 もはやクロトは争奪戦の景品。

 青と赤の髪を持つ女は、彼を奪い合うように綱引きを始めた。


 大の字に投げ出されクロトの腕と足が、次第にゴムのように引き伸ばされて行く様は、本人にとっては悪夢そのもの。


「ななな、何これ!? どうなってるの!? あああぁぁぁ!」

 

 痛みは感じないものの、精神は崩壊寸前。


 膠着こうちゃくする、綱引きに変化をもたらしたのは真紅のディキマ。

 彼女は二点透視の線を真上に振り上げ、クロトを空高く飛ばした。

 

 すぐに反応したのは青髪の少女。

 跳躍し、星の瞬くワンピースのスカートをひらひらとなびかせながらクロトに急接近、彼を掴もうと手を伸ばす。


 しかし――――――――それはディキマの罠だった。


 青髪の少女はクロトに気を取られ、脇が甘くなり、同じ高さまで跳躍した、真紅のディキマの奇襲を許してしまう。


 せせら笑うディキマは、天の川がきらめくワンピースへ強烈な蹴りを入れた。

 意表を付かれた少女は、身体をくの字に曲げて吹き飛んで行く。


「落ちる!? 落ちるっ!? 落ちるうぅ!!?」


 クロトが徐々に落下して行くと、争奪戦に勝ったディキマの顔は蛇のように、尖鋭せんえいな表情へと変わり、彼を受け止めようと両手を広げた。


 クロトは蛇の口に飲まれる恐怖を覚え、息を詰まらせる。




 だが、彼女の魔の手から少年はすり抜けた。

 


 吹き飛ばされはずの青髪の少女は、遠くから線を放ちクロトを拘束。

 少年は、三度みたび、パースの線に背後を取られると、そのまま連れ去られた。

 止むことのない絶叫だけが、夜空にこだまする。


 真紅の髪をなびかせる、ディキマの発狂だけが後を追いかけた。

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