第11話 テンペスト。我が名は嵐、人を弱者に戻す者

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 離してぇぇぇえええ!?」


 10代の健全な男子クロトは、顔のすぐ側に並ぶ、桜色の乳輪を持つ、豊胸すら気にならない程パニックに陥っていた。


 眼下の静まる街が、あっという間に迫って来たからだ。

 クロトが目をつむると、風が和らぎ止まる。

 目を開けるとマンション裏の駐輪場まで来ていた。


 が、息つく間もなく瓦礫が砕ける音と、金属同士がぶつかり合う轟音が夜の闇に響く。


 その物騒な物音の答えは、すぐに理解出来た。


 数百はあろうかという、自転車の軍勢が夜空に浮かび、こちらへ飛んできた。

 千台は格納できる駐輪場。

 真紅のディキマによる操演で、天井をぶち破り、自転車が一斉に飛び跳ねたのだ。


 

 降ってくる自転車に対し、パニックに陥るクロトと対象的に、裸体の少女は動じることなく自転車から目を離さない。


 そして、狙いを定めたのか、両手を大きく降るモーションをとると、二点透視の線で繋がれた、何台もの自動販売機が剥ぎ取られる。


 青髪の少女は、鎖の付いたハンマーを操るように、線で引っ張られる自動販売機で自転車の軍勢をなぐ。


 けたたましい、金属同士のぶつかり合いが連続する。

 自転車はあちらこちらに吹き飛び、薙ぎ払った自動販売機はマンションの壁に激突、潰れた段ボールのようにひしゃげ、飲料水を撒き散らす。


 クロトはあまりの衝撃音に驚き、頭を抱えると、背を丸めてダンゴムシようにうずくまる。


 人力車両の強襲を遠ざけたのもつかの間、仕留め損ねた5台の自転車が、尚も勢いを止めず遅い来る。


 青き髪を持つ裸体の少女は、飛んでくる自転車へ向け、手刀を横一閃に切った。

 すると、自転車は目の前で弾けバラバラになり、タイヤやパイプ、サドルやチェーンが2人を避けるように散らばる。


 地面に落ちた部品は、熱で溶けた氷のように液化し、水銀のような水溜りへ変わった。

 背を丸めたクロトは、顔を上げ、不気味な水銀溜まりを見て、やっと呼吸を取り戻した気がする。

 

 だが、水銀溜まりは表面が小刻みにゆれ、無数の線が現れる。

 線は暗闇に向かって一斉に伸びると、その暗闇に炎のように光る真紅の髪が、ゆらゆらと現れる。


 ディキマは両手をこちらにかざしていた。

 10本の指先から放たれた無数の線は、水銀溜まりまで伸び、その水銀をかき回す。


 歩道に広がる水銀は、浮き上がる水飴の気泡のように浮遊し青髪の少女を囲む。

 銀色のスライムの群れは幻想的に見えたが、すぐに凶器に変わる。

 

 目の前で線を操演するディキマは、銀のスライムへ更に手を加えた。

 浮遊するスライムは縦横に伸縮すると、棒状へ伸びていき鋭い剣に化けたのだった。


 日本刀から西洋の両刃、青龍刀と種類は様々。

 もはや、真紅の美女は奇っ怪な術を使う妖魔そのもの。

 ディキマが両手を押すと、浮遊するいくつもの剣は青髪の少女へ向かう。


 この奇襲に、今度こそ少女は助からないのではないかと、頭を伏せたクロトは思った。

 

 が、大きく裏切られる。


 青髪の彼女は、夜空に向かい片手を伸ばす。

 そして、拳を握り勢いよく手を引くと、まるで輝く夜空をはぎ取ったように布が現れる。

 

 いや、本当に夜空をはぎ取ったのだ。

 はぎ取られた空間は、ドス黒い蜃気楼のように影が揺らめき、瞬時に収縮して元の夜空に戻る。


 布と化した夜空をカーテンのように広げると、飛んでくる何本もの剣の襲撃を防ぎ、バリアの役割を果たした。

 剣は全て夜空のカーテンにめり込み、ゆっくりとその中へ飲み込まれて行く。


 カーテンが剣を吸収し終わると、青髪の彼女は役割を終えた夜空のカーテンを身体に巻き付け、透き通るような裸体を隠した。

 それは、肩を露出したワンピースへと変化する。


 その柄はさっきまで夜空だった物が描かれ、少女の衣服と化しても、星々の輝きを失うことなく、天の川が巻き付き小さな流星も流れた。


 その荘厳とも思える出で立ちに、クロトが見惚れていると、真紅のディキマは青髪の少女へ手をかざす。

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