第15話 爆ぜる現実4

 綿のように膨らむ粉塵から、帯のように伸びる煙が、弧を描いて北口のターミナルへ降り立つ。


 アスファルトを滑りながら、煙を振り払うのは青髪に夜空のワンピースを着た少女。

 クロトは細い腕に、お姫様のように抱えられていた。


 少女が動きを止めると、クロトを離して乱暴に硬い地面へ落とす。


「いだっ!?」


 腰を摩りながら、クロトは立ち上がり、崩落した駅を眺めた。


「僕……さっきまで、あの中にいたんだ……」


 自分が今まで、認知してきた常識の許容を超える出来事に、思考が追いつかず、肉体と精神が解離を起こし、今見ていることが現実とは思えなくなる。


 これだけの騒ぎになると、駅周辺は巣を煙でいぶされ、わらわらと逃げるアリのような混乱だった。

 

 粉塵の中から一筋の帯が伸びた。

 だかそれは帯と言う程、美しい物では無く、まるで噴火した山から、飛び出た岩石が、煙を巻いて降って来たようだった。

 実際、飛んで来る煙の先は赤く発光している。


 風で煙を払いながら地に着くと、赤いかがり火のような髪が乱れ、顔つきは、野獣のように歯を剥き出しにして、とうてい女とは思えない程の狂気に道ていた。


 レザーのコルセットや短パンはボロボロに引きちぎれ、艶のある肌はすす汚れが目につく。

 彼女はほとんど半裸に近い姿だった。

 

 これだけ手酷い目にあったのだ。

 怒り心頭に達する。 

 怒髪天を衝くかのよう。 

 もっと端的にいうべきだろう。


 彼女はブチギレていた。


 クロトは腰を抜かし、尻もちをつく。

 あれだけの一撃を受けて、まだ生きている。


 鬼のような形相のディキマは、しゃがれた声で、青髪の少女へ噛み付くように語りかける。


「モルタッァア! いつも邪魔をしやがってぇ!」


 怒りをあらわにする女は、半狂乱になり所構わずパースの線をむしり取る。


 辺りに見える線は、貼った糸が切れたように、のたくって暴れ、消えて行く。

 すると、周辺に変化が。


 パースの線が消えた建物は、形を保てなくなり、外装が溶け出す。

 

 その内の1つは、クロトが就職先に考えてたアニメ会社、JGスタックが入っている建物だった。


 全面ガラス張りでアールの付いたビルは、溶け始めた氷の彫刻のように、液体が滴る。


 上部から、窓がズルリと落ち、ビル全体は巨大なロウソクが溶けたように流れ出す。

 滝のように液体が落ちると、地面が振動し、地響きを立てた。


 明らかに質量を持っている。

 飲まれれば、圧で溺れ死ぬに違いない。


 標識を折り曲げ、バス停を押し流し、周りのガラスを弾き割る。


 大通りまで液体が流れてくると、真紅の髪を持つ悪女は、その洪水に飲まれた。

 

 なす術を持たぬ非力なクロトは、みっともなく、少女の艷やか足にしがみつく。  


「ヤバイ、ヤバイって! 助けて!! 助けてぇぇええ!!?」

 

 洪水が迫る寸前、青髪の少女はクロトを抱え上げ、天高く舞い上がる。


 閉じた目を開けた少年の眼下に、ドス黒い洪水に飲まれ、雑居ビルを次々倒壊していく街の様子だった。


 いつも通い慣れた街が、今は自分の知らない街のように見える。

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