第7話 美女襲来。サキュバスの愛撫

 今日のカリキュラムも終わり、学生達は帰宅の準備をしていた。

 見知らぬ女が自然体で接していた。

 クラスメイトは空気を取り込むように彼女を受け入れる。


 クロトは顔の知らない、しかも異性と縁がないグループに溶け込む女に、人見知りし、離れた席に腰かける。

 すると、城門寺が声をかける。


「おい、クロト! 美智さん来てるよ?」


「は? みみみみ、美智さん?」


 察しの悪い小太りオカメ顔の友人を一睨みした後、室内で一際目立つ女に視線を移す。


 美智と呼ばれる目鼻立ちの整った女子は、栗色の髪を後ろでまとめてポニーテールを作り、左右にゆさゆさと動く。

 背筋を伸ばすと、たわわな胸が地震でも起きたのかと思うくらい揺れた。

 レザーの短パンから見せる褐色の長い足は、蛍光灯の灯りを反射するほど美しく、魅了される。


 何より、その瞳は真紅に染まるルビーのように美しく魅惑で、見つめていると暗示にかかり従属してしまいそうだ。


 ここまで常識外れの美女は、校内で観たことがない。

 むしろ魅惑の美しさが異質で不気味に感じる。

 

 しかも、クロトを含めた、このオタクグループに自然と馴染んでいるなんてありえない。

 クロトがどぎまぎしていると、美智と名乗る女は覗きこみ言う。


「どうしたのクロトくん? いつもお話しているじゃない?」


「えぇ? あぁ……そう、かな? ……ですか?」


「そうだ! 来週のゲームイベント何だけど」


「来週? 僕、予定あるので行かないです」


「えぇ? 一緒に行くて約束したじゃん?」


「はひぃ!?」


 話が飲み込めないクロトを隣の城門寺が、咎める。


「おい、クロト! お前、ひでぇぞ?」


 美女の前だからって、おたふくみたいなキメ顔作りやがって。

 

 今、このグループ内でクロトは異質な扱いを受けている。

 空気がよどみ始めると、ポニーテールの美女は両手を小さく顔の前に寄せ、眠気で顔をこする子猫のような、愛くるしさを見せて茶番劇を披露した。


「え〜ん。クロトくん酷いよ〜。私のこと忘れちゃったのぉ?」


 いくら記憶障害があったとしても、さすがに今日顔を合わせた見知らぬ人物を、知り合いと言われても受け入れがたい。


 何かのサプライズドッキリか?


 周囲の雄豚達は、嘘泣きする美女に気を使う。

 城門寺が真っ先に切り返した。


「わわわ!? 泣かないで? こいつ何でもかんでも忘れる奴なんだよ。俺が代わりに謝るよ。ごめん!」


 この豚野郎、と、クロトは言いたいところを押し殺す。


 城門寺の下心まるだしの機転により、険悪なムードは回避された。

 場がなごんだところで、彼女は安っぽい恋愛漫画のようなノリで聞く。


「それなら……あらためて自己紹介。私は1つ上の学年の尾角おかく・美智です」


 空気を読んで調子を合わせるべきか。


「あぁ、そうだよね。美智……さん? 僕は那由多なゆた・クロトです……なんちゃって? ははは」


 クロトは周波数を合わせるかのごとく、クラスメイトに調子を合せた。

 何より、彼に記憶障害がつきまとう為、以前から知り合いだった事実を、忘却の彼方に追いやっているという不安が、ハッキリと他人という境界線を引けないでいる。


 だが、拭えない違和感が場の空気を嫌悪し、自分だけが違う世界に入り込んだような気分になった。


「クロトくん。家の方向同じでしょ? 一緒に帰ろ?」


「え?」


 同じ方面? 専門校の人で、今まで同じ方面の人はいなかったはずだ。


 クロトが否定的な返しを止めるように、彼女は開いた手を目の前にかざす。

 微かな甘い香りが鼻孔をくすぐると、その香りに一瞬、意識を奪われ頭のが真っ白になる。


 美智の魅力に飲まれないよう意識を覚醒させ、自我を取り戻す。


『武蔵境、武蔵境』


 駅のアナウンスが耳に飛び込み、先程までいた場所とは違う風景が目に入る。


 えぇ? もう武蔵境駅? また記憶が飛んだ……中野駅から武蔵境駅まででも、電車で30分くらいかかるのに……。


 すると、


「クロトくん。どうしたの?」


 美智は肌を撫でる風のような美しい声で、困惑するクロトを呼んだ。


 あれ? さっきまで何してたんだろ?


 美智がクロトの顔を覗きこむと、再び甘い香りが漂う。

 その香りがそれまでのクロトの記憶をさらって行ってしまった。


「いえ、何でもないです……」

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