第6話 鏡面の天使、鏡の中のマリオネット

 どうなってるの? 木が糸に引っ張られてる? まさか、これが、パースの線?

 いやいやいやいや、そんな馬鹿な!

 

 少年は周囲を見た。


 誰も気付いてない。

 夜だからすぐに解らないのかなぁ?


 クロトは真横に延び線から、少し離れ観察する。   

 すると、次は線が何本も分裂した。

 彼はすぐさま気付く。


 角度で線が変わる……これ、二点透視だ! これ面白い!


 クロトは周りの目を気にすることを忘れ程、しばし、小さな怪現象を楽しむ。

 

 1本なら木が曲がる……じゃぁ、この何本もの線を同時に引っ張ったら、どうなるのかな?

 

 クロトはツバを飲み込み、躊躇ためらいつつも好奇心に勝てず、束になった線を引く。


 轟音と共に、線に繋がった植木や標識が引き抜かれ、停車してたタクシーやバスが跳ね上がる。


 クロトが後悔する前に最悪な事は起きた。

 自身が引き起こした事態にもかかわらず、止める術を知らない。


 跳ね上がったオブジェ達は、弧を描きながら宙を舞う。

 その内のバスが、みるみるとクロトの視界を埋めつくし、脳裏に悲惨な末路を差し込む。

 ようやく彼は、絶叫というものを思い出す。


「うわぁぁぁあああ!!?」


 少年は地べたに倒れ込み身を伏せる――――。


 人生の終わりは呆気ないと言うが、死ぬという感覚は随分、長く感じられた。


 クロトは自分が本当に死んで、黄泉の国に来たのか確認する為、恐る恐る目を開く。


 そこには、恐怖でベソかき尻もちを付いた、何とも頼りない苦学生が窓ガラスに映っていた。

 チャームポイントの髪留めが、夜の街灯に当たり煌めく。

 逆さのバスが目の前で時を止めたように浮いていた。


 何が起きたのか解らない。

 少年は急いで状況を掴む為、忙しなく首をふる。


 跳ね上がったバスやタクシー、植木や標識などのオブジェが落下する直前で全て止まっている。

 まるで、空間に貼り付けられたように感じる。


 それだけではない。 

 通行する人々は突然の浮遊現象を見て、驚き表情のまま、蝋人形ような固まり、逃げようとする鳥達も、羽を広げたまま空間に固定されてる。


 クロト以外の時間が止まったようにしか思えない。

 

 何だよこれ? 僕、何したんだ?


 人の理解を超越した状況にクロトは、やはり自分はバスに押しつぶされ、死んだのではないかと思った。


 立ち上がろうにも、腰が抜けて足が動かない。

 混沌とした空間で、クロトは一筋の金の糸を目にする。


 悲惨な事故により、死の縁から救った金の糸。

 クロトは藁にもすがる思いで、金の糸を掴んだ。


 すると、バスの窓ガラスに映る自分の姿が消えた。

 靄を掻き分けるように、ガラス窓に浮かび上がった白銀のシルエットに、少年は見覚えがあった。

 

 ――――――――――天使?


5、鏡面の天使 


 少年はガラス窓に映る虚像に、触れようと手を当てると、向こうも手を近づけてる。

 現実のクロトと対象に映る天使と手を重ねる。

 そこには人の温もりはなく、ただ鏡面の冷たい温度だけが伝わり、現実と虚像の境界を引く。


 天使の女性は懸命に何かを訴えている。

 彼女はルージュのように輝く唇を開き懸命に叫ぶ。


           ――――――――ダメ!


 気づけば、いつもの教室に腰掛けていた。

 あまりにも唐突に意識が飛んでしまい、記憶の混濁が不安をあおり自分が過去、現在、未来のどの世界にいるのか確認せずにはいられなかった。


 三点透視のパースを移したパソコン画面の隅に目をやり日時を知ると、次の日の昼だということに冷や汗が滲む。

 

 隣に座る小太りオカメ顔の城門寺が声をかける。


「クロト、どうした? 顔色悪いぞ?」


 何とか冷静さを取り戻そうとするクロトには、この言葉が精一杯だった。


「何でも……ない」

 


 クロトは時々、記憶がトリップする瞬間がある。

事故に合った際、頭を打ち、その後遺症が残ってしまった為だ。


 だが流石に、これは理解しきれない。

 

 どうして? 今まで家の近くの駅にいたのに?

 何がどうなってるんだ? 僕は昨日の夜…………昨日の夜……何をしていたんだ?


 クロトは夢みごごちだった。 

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