那由多の神 ~エーディン・バタフライ~
第5話 美しきパースの娘
10年前、母親の命は理不尽に奪われた。
事故の原因は他の車による割り込み。
加害者は気が立っていたことで、乱暴な運転が事故に繋がったとされた。
その後、父と一緒に加害者の裁判の行くえを見守が、事故をお越し、平穏な家族の幸せを奪った加害者の刑罰は過失致死。
2年から3年ほどでで刑期を終える。
クロトには信じがたい現実だった。
母の命を奪い、自分達家族の人生を変えた罪が、たったの2年から3年で消えてしまうなんて。
それ以来、クロトは事故のことを思い出すと、何故、自分は生きているかのを考える。
死の縁で救いを差し伸べた天使は、誰にでも優しく笑顔で周りを明るく照らす母ではなく、非力で世間知らずな幼きクロトを助けた。
一体、この世界において自分が、どんな役割を持ち、誰の役に立つのか?
その疑問が頭をかすめると、心が押しつぶされそうになる。
✡✡✡✡
身体を酷使するコンビニバイトを終えたクロトは、帰路に着こうと夜道を歩いていた。
中野駅の西、武蔵野市。
吉祥寺駅、三鷹駅より先で立川駅の通過点となる武蔵境駅は、開発が進み夜のネオンは眩い輝きを放ち活気づく。
本当は専門校近くの中野に住みたいが、新宿、渋谷に近い立地は、バイト学生には一等地に感じられる。
かと言って、歓楽街として栄えた吉祥寺は、若者が住みたい街ナンバー1ということもあり、高嶺の花だ。
身の丈に合う条件を探すと、都心から背を向けたこの土地。
苦学生、西へ、となった。
クロトは改札口を出て、葉っぱで覆われた出入口のモニュメントを抜け、南口のロータリーへ進む。
客待ちのタクシーや出発まで停車するバスを診て、少しでも歩く労力を減らそうかと考えたが、苦学生には、そこまでの贅沢をする財力がない為、諦める。
バイトが終わり家でだらだら過ごしたいところだが、クロトの頭の片隅にチラつくことがある。
課題だ。
最近は時間に追われているせいか、寝ている時の夢にまで課題が出て来る。
今出されている課題は、背景を作る際のパース。
プロのデザイナーになると、見える風景にパースの線が重なるって聞くけど…………。
気の沈んだ専門学生は、ロータリーの中央にある巨木を何気なく見た。
えーと、まずは……アメリカならアイと名乗るのが見本。でも人間には愛が必要…………アイレベルだ!
次が…………イカを数える時は1杯、2杯。神は1柱、2柱。パースなら…………一点、二点の二点透視!
クロトは目を凝らし巨木を見た。
み――――――――見えない。
クロトはすぐに飽きて帰ることを決意する。
現実に線が見えるわけないか……。
家路を急ごうと足を運ぶと、顔に何かがかかる。
それは、とても細く、光の加減で現れたり消えたりする1本の糸のようだった。
目線の高さにある糸を注意深く見た。
何だよこれ? こんなとこに蜘蛛の糸? 気持ち悪いなぁ。
彼が真横の糸を払うと、視界の片隅が変化する。
思わずクロトは視線を移した。
中央の巨木が視界に入る。
気のせい……だよね?
初めは、バイト疲れからくる錯覚だと考えた。
クロトはそのまま、巨木を捉えつつ糸を引く。
引っ張った糸に合わせ、巨木がお辞儀するように湾曲した。
うわぁ!?
クロトが慌てて糸を離すと、巨木に命が宿ったように、すぐに起き上がり、元の体制に戻る。
気のせいでないことを確認すると、再度、糸を引く。
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