50
A組の教室。放課後。
小清水は悲しかった。
一緒に帰ろうと湊を誘うが断られ。
竹田はさっさと彼女とどこかへいき。
川谷は先日から学校が終わるとすぐに帰る。
そして。
「海山ぁー! お前だけは。お前だけはー」
「春君ごめん。俺今日大事な用事があるんだ」
空の顔はとてもとても爽やかだった。
小清水は涙する。
「なんでだよぉ。最近みんな付き合いわりぃーよー。この前まであんなに一緒にいたのによぉ!」
「ごめん。急いでるんだ」
「冷たいよぉ……」
「じゃ。また明日」
空はスキップしながら教室を出ていく。
取り残された小清水。
次はD組の教室へ向かう。平野、小松、陸のところへ向かうためだ。
D組の入り口から覗くと、その三人の姿があった。取り込み中のようだ。
「陸さん! 今日という今日は絶対にパフェですわ!」
「いやだぁ! リクはクレープがいい!」
小松は苦笑いをしながら仲裁をする。
「二人とも落ち着いてよぉ! ここは間をとってたこ焼きにしよう!」
「嫌ですわ!」
「たこ焼きは甘くないじゃん!」
小清水は無言で踵をかえした。
一方。空は生徒玄関をでる。
スキップで空が向かっているのはポプラ通りのベンチ。
そのベンチには一人の生徒が座っていた。椿沢である。
空は椿沢が視界に入ると、顔がフニャリととろける。
「つぅーばきざわすぅあーん! 天使さまぁ!」
椿沢は声で気づく。
「――ぐっ。空さん。普通にしてください!」
空はシャキンと立ち、敬礼をした。
「はい!」
椿沢はため息をついた。
「それも普通ではありません。普段通りにしてください。――ではいきましょうか」
「はい!」
二人は校門を並んで出ていく。
屋上の一件以来、この二人は連絡を取り合っていた。
空が渡した小さな包み紙は手紙になっていて、文の最後に空の連絡先が書いてあったのだ。
椿沢はこれにメールを飛ばしていた。
空は願ってもないことだった。
顔の見えない天使だった人からのメール。崇拝している方からのメール。
道を歩く二人。この道は海山家へ続く道。
「あの。いきなりお家にお邪魔してもよいのでしょうか?」
「大丈夫です。親はいないし。それに夕食の準備しないと怒るやつもいるので」
「妹さんですか?」
「はい」
二人で歩く静かな時間。
空は少し前を歩き、斜め後ろをついていく椿沢。
「あの――」
「はい?」
「あの手紙の内容は――その。真剣に受け止めてもよいのでしょうか?」
空は振り返る。
分厚い眼鏡が西日で反射する。椿沢には見えていないが、空はまぶしさから目を細めた。
「もちろんです」
空はまた前を向く。
このときの空は気づいていなかった。椿沢の口角がかすかに上がったことを。
「それなら夕飯はわたしが作ってもよいでしょうか?」
「椿沢さんが!? ――もちろん。俺は嬉しいです」
「嬉しいだなんて。それではお二人の好き嫌いを聞いておきましょう」
「俺は好き嫌いはないです。ただ、陸は結構多いですね――」
****
時刻は夜7時。
陸は勝ち取ったクレープのクリームを頬につけたまま帰宅した。
玄関に入ると異変に気づく。靴だ。空の以外にもうひとつの靴。
陸は川谷がこれなくなったことをとても残念にしていた。
しかし、今玄関にあるのは女性サイズの靴だ。
陸は慌てるように靴を脱ぎリビングに入る。
冷蔵庫を開けているエプロン姿の女性。
髪は黒くボブスタイル。
陸は確信した。
「花菜ちゃ――!?」
冷蔵庫を閉め振り返ったその女性は川谷ではなかった。
「だれ!!?? 泥棒!! なわけないか」
泥棒呼ばわりされた女性は陸に気づき挨拶をした。
「はじめまして。わたしは椿沢涼子。あなたが妹の陸さんね。よろしくおねがいします」
「――あだ、だ。よ、よろしく」
陸は半歩下がりながら挨拶をかえした。
「もう少しで夕飯ができます。待っていてくださいね」
「えーっと……う、うん」
陸は自宅だというのに落ち着かない様子で部屋着に着替える。
「ところで空ニィは?」
「空さんなら部屋にいると思いますよ」
「そ、そう」
陸は空のこの行いに疑問を感じていた。
――空ニィってこんなチャラかったっけ? 花菜ちゃんがこれなくなったら違う女連れてくるとか。最近は友達もできて変わってきたのかな?
まあリクは料理当番が変わっただけで別に気にしないけど。気にしないけど。気にしない!
陸は眉を下げながら自室に戻った。
20分ほどで空と陸はリビングに呼ばれた。
三人で料理を囲む。
料理は鶏肉のソテー。レタスとヤングコーンのサラダ。コンソメスープ。マッシュポテト。
とても美味しそうである。
いただきますをし三人とも口に料理を運ぶ。
椿沢は美味しそうに食べている。
空はピクリと眉を動かし止まる、しかし数秒後すぐに口を動かした。
陸は。
「――んぐ!???」
鶏肉が刺さったフォークを口の中にいれたまま固まった。
――不味い。不味すぎる。なんで洗剤みたいな味がするの!?
陸は気合で飲み込んだ。
次はコンソメスープ。口の中に広がる洗剤臭を流し込みたいのだ。
器を持ち、直接口をつける。
「――む!?」
再度固まる。
――なにこれ。昆布臭い!? コンソメスープだよね!?
陸はバレないように、含んだ液体を器に戻す。
唯一食べることができたのはサラダのみ。
「きょ、今日はなんかお腹が空いてないみたい。ははは。リクもう寝るね」
陸はその場を逃げ出した。
部屋に戻りパーカーを羽織り、音を立てないように家を飛び出した。
陸が着いたのは橘食堂。
開けにくい扉もヒョイと簡単に開け中に入る。
「あんらー。陸ちゃんいらっしゃい。珍しいねぇ今日はひとりかい?」
橘食堂のおばちゃんが声をかけた。
「う、うん。大至急幕の内定食を!!」
「はいはい。よっぽどお腹が空いてるんだねー」
少しして定食が陸の前に運ばれてくる。
陸はすぐさま卵焼きを口にした。
頬がとろけて柔らかい笑顔になる。ゴマのきいた俵ご飯も放り込む。
そんな陸を孫のように見つめるおばちゃん。
「おいしいかい?」
「うん!」
客は陸だけである。
BGMもなく、箸の音だけが響く。
「おばちゃんの孫も卵焼きが好きでねぇ。陸ちゃんみたいに頬張って食べるんだよ」
「たちばあって孫いたんだ」
陸は小さいころからおばちゃんを『たちばあ』と呼んでいる。おじさんは『たちじい』である。
「そりゃいるよー。今年高校に入ったから、陸ちゃんと同い年だねぇ」
「そうなんだー」
陸は興味がないのか、適当な返事である。
「人見知りだから友達できたか心配だよ」
「リクも最近友達できたからきっと大丈夫だよ!」
おじさんが立ち上がりのれんを店の中にしまう。
「あらー、もうそんな時間かい。陸ちゃんはゆっくり食べてていいからね」
「うん」
おばちゃんも立ち上がり店じまいの準備を始めた。
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