51

 食器を片付け終わり、ソファで一息つく椿沢。

 空は片付けの間葛藤していた。


 崇拝する天使の作る食事をとるか。陸のための夕食をとるか。


 空は椿沢の料理をとても美味しく感じていた。しかし、陸の反応はおかしかった。

 料理の内容も陸の嫌いな物はなかった。むしろ喜ぶような部類。

 空は陸の反応を見て勘づいていた。口に合わないのだなと。


 これについてはすぐに結論がでた。

 問題は、言うか言わないかの方である。


「空さんどうしました? 難しい顔してますよ?」

「その……」


 椿沢は下を向いた。


「やっぱりお口に合いませんでしたか……」

「違う。そうじゃないんです。――俺いつも夕飯の支度してたか、急にやることなくなっちゃうと調子くるうなぁ――なんちゃって」


 空は苦し紛れな嘘をついた。


「そういうことでしたか。習慣というのは崩れると変な気持ちになりますもんね。お仕事を取ってしまって失礼しました」

「いえいえ。椿沢さんの料理おいしかったですよ。あはは」


 空は背中に変な汗をかいていた。

 しかし、陸が夕食を食べなくなることを回避できたと安堵する。


 椿沢はなにかを思い出したかのように手をポンと叩いた。


「もうすぐお祭りですね」

「えっと。札幌まつりですよね?」


「はい。空さんはどうするのですか?」

「うーん。まだ決まってないですね。でも、毎年陸といっているのできっと今年も」


 北海道神宮例祭。通称札幌まつり。

 毎年6月の14日から16日までの3日間行われる祭り。

 とても規模が大きく、千人以上の市民が平安時代のような衣装を纏い、神輿みこし四基と山車八基を中心に札幌の街を練り歩く。

 しかし、若者のメインはこちらではなく出店。

 北海道神宮にも出店はでるが、人気なのは中島公園の出店である。

 食べ物の出店はもちろん、金魚すくいや射的。さらにはお化け屋敷などもある。その数は五百店舗以上。

 市外からも人がくるため、とんでもない人だかりになる。


 椿沢と空が言っている祭りというのは、この中島公園の出店のことである。


「そうですか。できればご一緒したかったのですが……」


 椿沢は左側の髪を耳にかけながらそう言った。目元の泣きボクロがあらわになる。


 空は心臓にドクンと小さななにかを感じた。

 天使だ天使だと浮足立っていた空。そのためしっかりと顔を見ていなかった。

 しかし、今目の前にいる顔の見えなかった天使の顔はとても綺麗。

 きりりとした少し細い目。大人らしさをかもしだす泣きボクロ。薄い唇。


「……行きましょう。一緒に」


 空はそう言った。

 椿沢は笑顔で喜ぶ。


「あ。もうこんな時間です。わたしはこれで失礼しますね。今日はありがとうございました」

「送りますよ」


 空は途中まで椿沢を送り帰宅した。



 次の日朝。

 空は悪夢で目が覚めた。背中はぐっしょりと汗で濡れている。

 夢の内容は、とてつもないブスの女性が半裸で空に迫ってくるというもの。

 その顔は醜いというレベルではない。皮をはいだ豚に薬品をかけて溶かしたような、とても形容しがたい顔。

 女性と判断できたのは胸が膨らんでいたためである。

 空は走って逃げるも女性は宙を舞い空の前に降り立つ。そしてまた逃げる。これを繰り返す夢。


 空は腕で額の汗をぬぐい、クニツルを探した。アラームを切るためだ。


 クニツルは勉強机の上で弱々しい声を上げていた。


「クニツル。どうした?」


 クニツルは聞こえていないのか反応しない。

 空はベッドから出て勉強机のところへいく。


「――たん。ルティたん。ルティたん」


 クニツルはL字型になって壁に寄りかかり、ぶつぶつとそう言っていた。


「クニツル。アラーム切っといて」

「――ルティたん」


 空は大きく息を吸った。


「クニツルッ!!」

「――な!? なにごとだ!?」


 クニツルは空に気づき、プルンと跳ねた。


「空坊か。――ん? 臭いな」

「悪かったな。汗だくで起きたんだよ。――ってかそんな臭くはないだろ。シャワー行ってくる」


 空は部屋を出ていった。


 クニツルは立ち上がり、ヒョイと机を飛び降りベッドに登った。

 空の寝ていた部分に近寄る。


「ふーむ。臭いな」


 クニツルは空の部屋を出てリビングに向かった。

 

 浴室の方からはシャワーの音が聞こえる。

 テレビ横の大窓は開いている。この窓は庭への行き来にも使われている。風によりカーテンが大きくなびく。その隙間からは庭が見え隠れする。

 リビングには陸の姿。口にゴムを咥えツインテールにしている。


「おい小娘。最近黒魔術はいつやった?」


 陸は首をかしげる。

 高校に入ってから配信はほとんどしていない。

 内容も雑談程度。


 ツインテールを完成させ口を開く。


「あんたのときが最後。あれからちょっと怖くなっちゃってさぁ」

「ふむ。そうか」


 インターホンが鳴った。


「今日はくるの早いなー」


 陸は確認もせず玄関へ向かう。最近の陸は、平野、小松と三人で登校している。


 陸は玄関の扉を開けた。

 しかしすぐに扉を閉めるために力強く扉を引く。


 扉は閉まらない。数センチ開いたまま。

 向こうから足を入れられたためだ。押し売りセールスマンのように。


「なんであんたがここにくるのよ!」

「あんたの兄に用があんだよ! ここを開けろ」


 乙女の押し売りウーマン桃木である。


「なんで家の場所知ってるのさ!」

「企業秘密だ」


 陸は桃木の靴を蹴り出すためキックする。

 しかし陸は素足。人工皮革製のローファーには歯が立たない。

 さらに扉を引くことで靴に挟む力が加わり微動だにしない。


 引く力を弱めれば桃木にもっていかれる。かといって引けば靴を押し出せない。

 桃木は足突っ込んでいるだけで有利という状況。

 

「――ぐぬぬぬ」


 陸は必殺技を思いつく。素足にしかできない技を。


 桃木の太もも辺りに陸の足がにょろりと出てくる。


「なんだよ?」


 陸の足は桃木の太もも内側にぴとりとつく。


「あんたの足――なんか湿ってんな。気持ち悪いからやめろ」

「美少女の足汗よ! 喜ぶところだと思うけど!」


 足の指を大きく開き太ももに強く押しつける。

 そして、親指は短母趾屈筋たんぼしくっきんにより強く曲がる、人差し指は虫様筋ちゅうようきんにより強く曲がる。

 曲げられたことにより、その指たちは桃木の柔らかい太ももの肉をグニっと挟んだ。


「いででででで!! 馬鹿野郎! めっちゃいってぇ! 足を離せぇ!」


 桃木はあまりの痛さで足を引いた。


 しかし扉は閉まらない。

 脱げたローファーが挟まったままなのだ。


 陸はすかさず拾い上げ、外に放る。


「ばーかばーか」


 バタンと扉を閉める。すかさず鍵を閉めてチェーンロックもかける。


 陸は一息吐きリビングに戻った。


「――げ!?」

「よぉ。庭の窓ががら空きだったぞ」


 押し売りから進化し、突入売りウーマン桃木がいた。


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