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 6月に入り数日が過ぎた。

 札幌を一望できる藻岩もいわ山は深緑を彩る。

 大通公園はカラフルに花がガーデニングされ、観光客を喜ばせる。

 気温も過しやすくなってきた。


 放課後。特別教室棟三階の一室。

 外は過ごしやすい柔らかな空気だというのに、その一室は遮光カーテンによって真っ暗である。

 この一室は、漫画研究部の部室から入ることができる六畳ほどの部屋。書庫として利用されていた部屋。

 廊下から入ることはできない。必ず漫画研究部の部室を通る必要がある。


 この部屋に入るために一人の女子生徒が訪れた。

 白いリボンで結われたポニーテールの湊だ。


 湊が漫画研究部に入る。


 部室内は綺麗とはいえない。

 壁には乱雑にイラストなどが張り付けられ、大きな本棚は大量の資料で埋め尽くされている。本の大きさなど気にせずに詰め込めらた本棚。

 床には資料や用紙が散らばっている。

 いくつもの作業机があり、その上も同じように乱雑としている。

 部員数は十名。

 

 湊に気づいた部員の女子生徒が声をかけた。


「亜樹ちゃーん。いらっしゃーい。今日も・・・ーあちらの方にー?」


 ゆっくりとした話し方。右肩にさげている三つ編み。赤縁の眼鏡。

 一年D組の久保くぼ美羽みうである。

 

「う、うん」


 湊はモジモジしながら答えた。

 久保は床の資料をまたぐようにしながら湊の元にくる。そして囁いた。


「今日はー、偉い人がーきてるみたいだよー。ちょっとー張り詰めたー雰囲気」

「偉い人?」


「なんかーあの部屋のー創始者みたいー。っていってもー、生徒なんだけどねー。私もー初めて見たー」

「創始者?」


「うん。詳しくはー私も知らないー。先輩がーそう言ってたのをー聞いたのー」

「そうなんだ。まあ、とりあえずいってみるよ」


 湊は資料をまたぎながらその部屋の前にたどり着く。

 そしてノックをした。


「どぉぞぉ」


 東北訛りの返事が返ってくる。

 

 中に入ると二人の生徒がいた。

 一人の女子生徒は机にむかい、ノートパソコンで執筆をしている。

 そのパソコンの明かりだけがこの部屋の光源。


 湊はこの執筆をしている生徒とは面識があった。


 もう一人は顔が分からない。

 というのも、顔に黒い袋のようなものをかぶっているからだ。

 三角錐状の顔を覆う頭巾。目元に小さな穴が開いている。


 湊は不気味に思いながらも、執筆している生徒の横にいく。そしてパイプ椅子に腰かけた。


渕田ふちた先輩。新作買いにきました」


 渕田と呼ばれた執筆をしている生徒はピタリと手を止める。


 渕田三雲みくも

 黒に近い紫の髪で長さは腰まである。目元にはクマ。首元のリボンは緑。三年生である。


「んっひっひっひ。わーの本ば私の本を買いにきだんだな買いにきたのね


 北海道に住んでいても聞き取ることが難しい訛り。海沿いの地域特有の浜言葉。


「は、はい」

「すまねぇのぉ。わーの本の良さわがってくれんのなーだげだべ。そごさおいであるすけ、もってげ」


「んーと……はい?」


 湊は札幌出身である。

 渕田の言葉を聞き取ることができない。


 渕田はハッと表情を変えた。


「ごめんなさい。執筆中はつい訛りが出てしまうの」

「あ、いえ。こちらこそ邪魔しちゃったみたでごめんなさい。それで――さっきの言葉の意味はなんですか?」


 渕田はクスリと笑い、説明する。


「意味はね。『ありがとう。私の本の良さを分かってくれるのはあなただけよ。そこに置いてあるから持っていって』だよ」

「へー。訛りって面白いですね」


「あ――そうそう。湊ちゃん。新しいネタは持ってきてくれた?」

「もちろんですよ! あいつのことを一番知っているのは私ですから」


 二人とも邪悪な顔をしている。


 この部屋は表向き『文芸部』として活動している。


 湊と渕田はネタの打ち合わせを進めていく。


 そんな湊に話しかける頭巾の生徒。


「あなたは新入部員ですか?」


 湊は頭巾の生徒を見る。

 ――クボミが言っていた『創始者』ってのがこの人かしら? すごい変な人。なんかかぶってるし。

 女子の制服だし女の子だよね? リボンは紺だから二年生か。


「いえ。私はただ小説を買いにきた生徒です」

「そうですか。その打ち合わせはすぐに終わりそうかしら? あなたはモテそうだし相談があるのだけれど」


 渕田が体を回し頭巾の生徒を見る。


わーわたしのネタ合わせは後でもできるし。今は執筆してる部分進めるよ」

「すまない」


 湊は首をかしげながらも相談にのることにした。


 渕田の邪魔にならないよう端に移動し、お互いパイプ椅子に腰かけた。


「相談というのは? あと私はモテませんよ」

「うむ。謙虚なのはいいことです。――で本題なんですが。告白するときの流行りというのはあるのでしょうか?」


「流行り? どういうことですか?」

「その――男性から女性に告白するときになにか渡すとか」


「うーん。花束渡すとかそういうのですか? 流行りっていうのは聞いたことないですねー」

「例えばだ。例えばだぞ! 手紙にお金を包んで渡す告白が流行っているとかは聞いたことがありますか?」


「お金!? それってアリなんですか? なんか不純ですね」

「そうか。反応から見るにやはり変ではあるようですね」


「もしかして……」


 湊は半眼で頭巾を見る。


「ちちちちちちがちがちが違う!!」

「なにがです? 私はなにも言っていませんよ?」


 そのとき渕田が二人に尋ねてきた。


「あのさ。参考までに聞きたいんだけど。受け・・はどっちがいいかな?」


 二人は同時に声を発した。


「春!」

「イケメン君!」


 春と発したのは湊。


「ほーう! 頭巾さんとは意見が分かれたようですね!」

「君は分かっていないようですね。どう考えたってイケメン君が甘くとろけるように攻められるのが良いでしょう!」


「チっチッチ。春の襲い受け! あの長身でオラオラいくのに受けというギャップ。たまらないわー」

「いいや。イケメン君の小悪魔受けの方がいいでしょう!」


 二人の激しい戦いは数時間に及んだ。


 こうして表向きは『文芸部』であり、中身は『BLボーイズラブ小説愛好会』の平和な時間は流れていった。


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