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狸小路商店街4丁目。
ここは商店街と南北に延びる大きな道路が交差する。道路には中央分離帯がある。
この道路は札幌駅からすすきのまで所々地下街へ通じる階段がある。
そんな狸小路4丁目。
アーケードの屋根はここだけ途切れている。そのため、雨の日などはここだけ傘をさしたりする。
ティッシュ配りやカラオケの呼び込みをする人も多い中、人ごみに紛れるように川谷の姿があった。
歩行者用の信号が青になり『ピヨ――ピヨ』と鳥の
川谷が横断歩道を渡りきると、一人の男性が話しかけてくる。
男性は淡い茶髪をオールバックに固め、灰色のスカーフを巻いている。
白いワイシャツを着ていて肘まで腕まくりをしている。裾はズボンの中にきちんと納められ、足元は高価そうな革靴。
歳は30代くらいに見える。
「ねぇねぇ。君ー。ちょっとお話しいいかな?」
「…………」
川谷は無視をする。
すすきのに近ければ近いほどこのような『キャッチ』も多い。
川谷はボッチパワーを発動し、狸小路の中を進んでいく。
「ねー。待ってよ! ほんの少しでいいんだ。おじさんの話を聞いてくれないかな?」
川谷は驚いた。
ボッチパワーをものともせずついてくるこの男性に。
川谷は足を止めた。
「見えるんですか? 私のこと」
「なぁーにをいうか! このおじさんにかかれば簡単さぁー」
「…………」
「おっと。勘違いすんなよぉ。キャバクラのスカウトとかそういうのじゃーねぇからなぁ。おじさんはこういう者だ」
男性は内ポケットから名刺を取り出して川谷に差し出した。
名刺に書かれている『ルナールプロダクション』という文字で川谷は一歩下がる。
「おいおい怖がんなくも大丈夫だよぉー。そこにも書いてあるが。おじさんは芸能事務所マネージャーの
ルナールプロダクション。札幌の芸能事務所である。
数々の道産子女優、俳優、歌手、アイドルを生み出した有名芸能事務所。
このことはもちろん川谷も知っていた。
「おじさん今暇でね。ちょっとぶらついてたら君見つけちゃってさー。まいったよぉ。久しぶりにまいったよぉ」
古嶋は後頭部を掻きながらクネクネと体を揺らす。
「あの――芸能事務所の方が私になにか?」
「なぁーに言ってんの? スカウトさぁ」
「――私を、ですか?」
「そうさぁ。いやーまいったねぇ。――あ! もしかしてもうどこかに所属してたり?」
「いや。ただの高校生です」
「ほー! まいったねぇ。おじさん見つけちゃったねぇ。すんごい子見つけちゃったねぇ」
古嶋は急にクネクネを止めて直立した。そして手をポンと叩く。
「君! 時間あるかい? スカウトの話は今はおいといてさぁ。すごいの見たくない?」
「――え、っと。うーん」
川谷は悩む。これは詐欺ではないか。変なことをされるのではないか。と。
しかし、渡された名刺は有名で実績のある会社のもの。
「キックルズって知ってるぅ?」
「――!!」
キックルズ。札幌出身の男性3ピースバンド。
2年前にローカル番組のエンディングテーマで採用され、それ以降音楽フェスにも出演するようになった最近売れてきたバンド。
川谷はキックルズのファンだった。
「そこのライブハウズで今リハやってるんだけどぉ。見るぅ?」
「あわわわわわみみ見ますぅ!!!!」
川谷はキックルズのライブにいってみたかった。
しかし、友達はいない。ひとりでいく勇気もない。ライブハウスってなんか怖い。と。いけずにいたのだ。
古嶋は川谷を案内する。
ライブハウスの場所はすぐそこだった。狸小路内の地下。
古嶋はキックルズのマネージャーでもあり、リハーサル中の暇つぶしで川谷を見つけていた。
****
川谷と古嶋はライブハウスから出てくる。
リハーサルが終わり川谷は感動で涙していた。
いつもならうるさく感じる狸小路だか、とても静かに感じられた。
キックルズとの接触は止められた。ファンの贔屓はできないと。
「泣いちゃうくらいファンだったのかぁ。よかったよかった」
「――はい。感激です」
「でさ。スカウトの話なんだけど。おじさんの流儀として無理強いはしない。もし君が芸能人目指したいって心から思ったとき連絡くれればいいから。
さっきの名刺におじさんの連絡先書いてあるからね」
「はい」
「うん。おじさんの暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。君から連絡がくるのを楽しみに待っているよ」
古嶋は軽く手を振り川谷を見送った。
川谷は歩きながら考えていた。
――スカウトとか初めてされたなあ。芸能人かあ。でも私はそういうの向いてないし、ドジだし、影薄いし。無縁の世界だよね。
帰宅した川谷は、机の引き出し奥深くに名刺をしまった。
川谷の住む小さな二階建て木造アパート。部屋は二階端で、玄関入ってすぐ横に洗濯機が置かれている。
ワンルームでキッチン部分が2畳ほどの広さ。
部屋は和室の6畳。折りたたまれている敷布団。とても小さな折り畳みテーブル。小学生が買ってもらうような勉強机。
そして小さな仏壇。
川谷は仏壇の前に正座し、手を合わせた。
「お父さんお母さんただいま」
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