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 突如乱入してきた女性。

 黒髪で長さは肩上のボブスタイル。目は少し細く左目の下にホクロがある。首元のリボンは紺。二年生である。

 そして以前に空が図書室前ですれ違った女性。


 桃木の態度が急変する。


「おめぇ誰だよ?」


 威圧的な声。表情。いつもの桃木である。


 彼女は動じない。


「わたしは椿沢つばきざわ凉子りょうこ。生徒会副会長です。風紀を乱すような行いは許しません。

 ……まったく。昼間から屋上でとは――破廉恥ですね!」


 桃木は片眉を下げた。


「副会長さんよぉ。うちらがなにしてるように見えたんだよ?」

「それは――アレでしょう? 男女が屋上で二人きりといえばアレですよ」


 椿沢はさらりと言った。


「うちらはただ追いかけっこしてただけだ。ちょうどあの一年をここまで追い詰めたところ」

「追いかけっこ――!?」

 

「そう。追いかけっこ。――副会長さんよぉ。ところで、アレってなんだ?」


 椿沢は赤面した。


「ととととにかく教室に戻ってください! 今回のことは追いかけっこということで不問にします! ――ははは早く戻りなさい!」


 桃木は扉の方に向かう。

 そして椿沢とすれ違う。


「不問にしてくれてありがとな。ハレンチ副会長さん」


 桃木は屋上を出ていった。


 椿沢は歯を食いしばったまま顔をさらに真っ赤にした。


「桃木杏……髪を黒くして驚かせたと思えば……まったく更生していないではないですか」


 椿沢は空の方を向く。


「あなたは一年生ですね! 名前とクラスは!」


 なぜか怒鳴られる空。


 空は質問に答えず、クニツルをポケットに押し込んだ。

 そして下を向いたまま椿沢の前まで近寄り、ピタリと足を止めた。


「なんですか? 歯向かうのですか?」

「…………」


 空はギュンと顔を上げた。


「――うわっ!?」


 椿沢は驚き一歩下がる。


 空は涙を流していた。滝のように。


 そして、冷やりとした椿沢の細い手をがっしりと握る。


「天使……ですよね? 俺の天使ですよね? 覚えてませんか? そりゃそうですよね。あのときは一瞬でした」

「なななななにを言っているのですか!? ――離しなさい!」


 椿沢は空の手を振りほどこうとするが、力が強く振りほどくことができない。


「そうだ! これを渡さないと――」


 空は空いている手で内ポケットを探り、小さく折りたたまれた紙を取り出した。紙にはなにかが包まれているのか、金属が当たるような音が小さく鳴った。

 この小さな包みを椿沢に握らせる。


「あのときは本当にありがとうございました!」

「だから一体なんなのですか!? なんで泣いているのですか!?」


「いいんです! いいんです! あなたは俺の天使であり支えであり。――天使なのです!」

「いい加減にしてください!!」


 全く聞く耳を持たない空。

 これにしびれを切らした椿沢は手を振り上げた。


 パシンという乾いた音が屋上に鳴り響く。そして、小さくカランという眼鏡が落ちた音も。

 空は手を離してしまう。


「――ありがとうございます。ありがとうございます」


 ぶたれた空はなぜか感謝の言葉を連呼した。


「――!! その顔は!?」


 眼鏡の外れた空の素顔。

 これを見た椿沢は手で口を押えた。


 そしてなにも言わずに走り去ってしまう。


 予鈴が鳴った。


 空は眼鏡を這いつくばって探し、教室に急いで戻った。



 朝のホームルームに無事間に合った空。

 前の席に座る竹田は体を回した。


「どうでした? なんとかなりましたか? 川谷さんと一緒ではなかったのですか?」

「う、うん。なんとかなったのかな? 根本は解決してないけど」


 そのとき、川谷が教室に入ってくる。

 竹田が話しかける。


「川谷さんはどこへ行っていたのです?」

「……お手洗い。もう、デリカシーないなぁ」


「はは……それは失礼しました。まあ、二人とも無事よかったです」


****


 放課後。皆帰り支度や部活の準備で騒がしくなる。


 小清水は湊に声をかける。


「亜樹。今日狸小路んとこの本屋付き合ってくんね?」

「あー。ごめん! 今日ちょっと用事あるんだ」


「用事? 珍しいな」

「私だって色々あるの! ほっといてよ」


「へいへーい」


 小清水の矛先は空へ向いた。


「じゃー海山! 付き合ってくれるよな?」


 空は隣の川谷を見る。

 もう日課となっている二人でのピッピー通い。空はそれを訪ねるために川谷の方を向いたが、言葉を発する前に川谷は口を開いた。


「海山君。ごめんね。もう私ご飯作りにいけない」

「え!? どうして!?」


「――最近ずっと帰るのが遅かったから……。怒られちゃった」

「そっか。そりゃそうだよな。親は怒るよな……。わかった」


「うん。ごめんね」


 川谷は足早に教室を出ていった。


「海山ー。そう落ち込むな。俺が飯作ってやるよ」

「――それは絶対に嫌だ。……行くのは狸小路の本屋って言ってたっけ?」


「ああ」

「それなら陸も連れていっていいか? そうすればあいつを不機嫌にさせずに済むし」


「もちろんオッケーだ!」

「ありがとう。陸呼んでくるよ」


 空はD組の教室へ向かった。


 空の足は軽やかだった。川谷がご飯を作りにこれなくなってしまったのは残念に感じていたが、それ以上にいいことがあったからだ。

 ずっと探していた顔のわからないピッピーでの彼女。

 今日屋上で会い、話すことができた。名前も分かった。ずっと渡したかったモノも渡すことができた。



 陸の件などで落ち着きのなかった5月が終わる。

 明日からは6月である。


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