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 教室棟の一階。B組とC組の教室のあいだ。そこには生徒用のトイレがある。

 その男子トイレ。

 

 桃木に制服を返し終え、自らの制服に戻った空がいた。

 洗面台に立ち、鏡にうつる空の顔。充血した目。


 空はまだ自分の素顔に見慣れていない。眼鏡のかけていない自分の顔。


「――俺。本当にこの顔なんだな……」


 空は人差し指で眼球に触れる。


「――ってー」


 それ・・が外れると空の視界はモザイクになる。使い捨て用コンタクトレンズである。

 桃木を倒すためには空の素顔イケメン君が必要だった。


 竹田の調査により判明した桃木が乙女ということ。竹田の調査には皆関心するしかなかった。

 桃木の男に対する耐性のなさ。愛読書の漫画。好みの俳優。

 それらをもとにした空に言わせる台詞せりふ。制服の着こなし方。壁ドンや顎クイのレクチャー。

 これら全て竹田の功績である。

 

 これだけではない。金子の調査。茶木を本気にさせるための剛力萌の誘導。

 ただ、川谷が使用できるボッチパワーの限界は把握できていなかったようだ。


 目を洗い終えた空はいつもの丸眼鏡に戻る。目の違和感から解放され晴れやかな表情。

 しかし、次の作戦でもコンタクトレンズは必要になる。今外したのは空のわがまま。空にとってコンタクトレンズは異物でしかないのだ。

 

 空は川谷のいる教室に戻る。


 川谷はクニツルで太ももを冷やしている。


「海山君。さっき辞典君から連絡あったの。金子先輩との勝負はまだまだ時間かかりそうだってさ」

「そっか」

 

 空は時間を確認した。6時15分を回っている。


「いま一勝一敗でこれから囲碁やるみたい」

「湊さん大丈夫かな? 腹減って倒れなきゃいいけど」


「亜樹ちゃんは大丈夫だよ。きっと」

「そうだな。――川谷さんは脚どう? まだ痛む?」


「さっきよりはマシだけど……狸小路までは行けそうにないかも」

「無理はしないほうがいい。それに、作戦スケジュールより俺たちの動きがかなり遅れてるし。――川谷さんはタクシーで先に帰っててよ」


 ここで川谷のスマホとクニツルから声がする。


『お二人さんが痴話喧嘩してたから遅れてるんだろ。早くこーい。暇だー』


 小清水の声である。

 二人は無視をする。


「それじゃ先に帰ってるね。陸ちゃんの夕ご飯も作らないとだし……陸ちゃん、今日も下には降りてきてくれないのかな」

「…………大丈夫。明日には全部解決する」


「うん」


****


 狸小路たぬきこうじ商店街。札幌の中心部にあるアーケード街である。

 東西に延びるこの商店街は地元でも人気のスポット。少し北に行けばテレビ塔のある大通公園。さらに進むと時計台があり札幌駅JRタワーがある。

 南に行った場合は、歓楽街すすきのがある。もっと進むと中島なかじま公園もある。

 東には豊平川が流れている。

 

 そんな狸小路のゲームセンター。

 UFOキャッチャーやアーケードゲームはもちろん。入口にはクレープ屋があり、店内までいい香りが漂う。


 時刻は午後6時半を過ぎた。


 オレンジ色の髪ではだけたように着くずされた制服の生徒。加藤かとう京祐きょうすけは格闘ゲームに夢中である。

 しかしプレイングの方はいまいち。対戦相手には負けてばかりであった。


「――くそっ! また負けかよ!」


 加藤は座っていた椅子を思い切り蹴飛ばし、他のゲームを探す。


 しばらくして立ち止まったのはUFOキャッチャーの前。

 景品は魔法少女ルティの相方『アルマパウラペトラジークリッドエーリカドロテーヨゼフィーネ』のフィギュア。

 ファンの間ではこの長い名前を言えて当たり前である。むしろ言えないとファンではない。


 アルマパウラペトラジークリッドエーリカドロテーヨゼフィーネはアニメの中でアルマと呼ばれている。

 アルマは金髪ツインテールの魔法少女。ボケ担当でドジっ子のルティとは違い、常識人系ツンデレキャラである。ツッコミがとても鋭い。


「こ――これは! アルマパウラペトラジークリッドエーリカドロテーヨゼフィーネじゃねーか!」


 加藤はファンだった。


 そのとき、加藤の背後、店の外から大きな声が上がった。


「河川敷の方に金髪ツインテールの美少女がいたぞー!」


 金髪ツインテールという単語で耳がピクリと反応する加藤。

 加藤はすぐさま声の主を探す。


 すると、加藤と同じ高校の制服を着た男子生徒がクレープ屋の前にいるのを見つけた。

 その彼のタイは赤。一年生である。ワックスで固めた茶髪に特徴的な垂れ目。


 加藤は彼の元に歩み寄り胸ぐらをつかむ。


「おい一年! お前かさっき叫んでたやつは?」

「――お、俺ですけど」


「その金髪はどこだ?」

「か、河川敷です。階段のところでなんか黄昏れてましたよ」


「本当だろうな?」

「は、はい! とってもかわいいでした。俺もいま友達を呼びにここまできたんです」


 加藤は手を放し唾を吐く。


「俺が行くからお前らはくるな。きたら――コロス」

「――は、はい! 行きません! 絶対行きません!」


 加藤は狸小路を走って河川敷へ向かった。


 垂れ目の彼は、よれてしまったYシャツを直しスマホを手に取った。


「こちら小清水。加藤の誘導に成功した。俺もそっちにすぐ向かうからよろしく」

『了解』

『了解です』


「あ。クレープ食いたいやついる?」

『俺はいらない』

『あ。それならちょうどよかったです! さっきの会話のとおりこっちでは金子先輩が餓死寸前です』


「ってことは一回学校に戻るのかよ。まあいいや。クレープと適当に飲み物買ってくわー」

『よろしくおねがいします』


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