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見通しの良いポプラ通り。
視界を遮るものはポプラの木以外になにもない。
なのにもかかわらず、茶木は早々に白マスクの姿を見失った。
それは一瞬の出来事だった。
白マスクが木に隠れ、茶木は勝利を確信した。茶木は足の速さには自信があったからだ。
ゆっくり近づいて距離を詰めれば、あとは紙風船を割るだけ。と。
茶木はその木に近づき、勝負にでた。
白マスクの背後を取り一気に紙風船を割る。――はずだった。
しかし、そこには白マスクの姿はなかったのだ。
茶木は驚く。
茶木は白マスクの隠れた木から一切目を離さなかった。注意深く獲物を狩るように。
白マスクがそこから動けば確実に気づいただろう。しかしそんな気配はなかった。
茶木は木の上も確認したが姿はない。
視線を戻し、周囲に目を凝らす。
すると少し離れた場所に陽炎のように揺らぐ『なにか』が見えた。
そのなにかは、だんだんと実体を現す。
制服のスカート。ブレザー。白いマスク。紙風船。
茶木は目を腕でこする。
「うち……目が悪くなったじゃん?」
茶木は追いかけた。
ポプラ通りの端まで白マスクを追い詰める。校舎を囲う柵。すぐ横には校門がある。
白マスクは柵を背にして構える。すぐに動き出せるような姿勢。
「ホントに足遅いんじゃん?」
「…………」
二人の距離は三メートルほど。
茶木は回し蹴りのために一歩前に踏み出した。
その瞬間白マスクは真っすぐに距離をつめた。そして、その場にしゃがみ込む。
回し蹴りは紙風船の数センチ上をかする。
白マスクはしゃがんだ際にむしっていた芝を茶木の顔をめがけて投げつける。
茶木は焦って目を瞑りながら手で守る。
「目くらましとかちゃっちーマネするじゃん! ――ってあれ!?」
目を開けた茶木の視界には白マスクの姿はなかった。
周囲を見渡しても見当たらない。
ただ、走っている足音は耳に入った。方向は茶木の後ろからである。そしてそのあたりを覆う陽炎のような揺らぎ。
「なんだこれ。またじゃん」
茶木はまた走る。
鬼ごっこが始まってまだ10分も経っていない。
白マスクは喉から湧き上がる血のような味を口の中に感じていた。息はとても荒い。
耳元に装着されているイヤホンから連絡が入る。
『ターゲットピンク――イケメン君との接触を確認。ターゲットゴールドは依然物色中。
白マスクは木に隠れる。そしてイヤホンケーブルに付いている小型マイクのスイッチを入れる。
「こ、こちら
『大丈夫ですか? ボッチパワーを使ってますか? どうぞ』
「使ってもすぐに見つかっちゃうの――はあ、はあ。さっきから走りっぱなしで。どうぞ」
『うーん。こちらでもなにか策を練ってみますが、もう少し粘っていてください。どうぞ』
「――了解」
白マスクはマイクを切った。
そのとき、白マスクは足元に大きく伸びる影に気づいた。
咄嗟に逃げようと走り出す寸前。背中から風を切る音と紙風船の割れる音が聞こえた。
「よーし! 一個割れたじゃん」
****
時刻は午後5時10分を過ぎた頃。
桃木は特別教室棟の屋上にいた。
柵にもたれかかり上空の雲を見ている。
屋上の入口が開かれる音がした。
そしてゆっくりと桃木の元に
桃木の心臓は大きく跳ねる。
メールに添付されていた写真の人物と同じイケメンの彼。
身長は平均的で黒髪の短髪。タイは着けておらず、Yシャツ首元のボタンは外されて少しラフ。
目は心なしか充血している。
「来てくれたんだね。よかった」
「う、うん」
桃木の声は、茶木たちといるときの声色とは違い、とても可愛らしい『うん』である。
桃木は、いたずらではなかったと心弾む。そして、彼の顔を直視できないほどの恥ずかしさで耳は真っ赤。まさに乙女。
彼の容姿は桃木のストライクゾーンど真ん中。
清潔さを感じさせる短髪。ほどよく着くずした制服。桃木の理想であった。
彼は桃木の目の前に立つ。その距離はとても近い。
桃木が少し見上げなければ、顔を見ることのできない距離。呼吸の音さえ聞こえてしまう距離。心臓の鼓動さえ聞こえてしまいそうな距離。
彼は右手を伸ばした。
桃木の顔の横をゆっくりと通過し、柵をがっしりと音が出るように掴む。
壁ドン。いや、柵ドンである。
桃木は『ひゃんっ』と小さく声を漏らす。
下を向く桃木。
それを見下ろす彼。
桃木は内股。真っ赤な耳は湯気が出そうなほどに熱くなる。そして、太鼓のように強くなっていく胸の鼓動。
彼は左手でゆっくりと桃木の顎に触れた。顎下に人差し指の第二間接辺りを、親指を唇のすぐそばにそえて。
桃木は思った。これが顎クイか。と。
彼は次にゆっくりと顔を近づける。
桃木は思わず目を瞑る。
――ヤバい。絶対キスされる。絶対キスだ。でもキスはまだ早いよね。早いよね。まだお付き合いもしていないのに。手だって繋いでないのに。
あ。でも高校生ならすぐキスするのが普通なのかな。でもやっぱり順番って大事だよね。どうしよう。どうしよう。私キスしちゃうよ?
彼の呼吸が桃木の頬に触れた。
桃木は強く目を瞑る。
彼は耳元で囁く。
「ちゃんと顔を見せてよ。その可愛らしい顔をさ」
桃木は可愛いと言われ、恥ずかしさで脳が機能しなくなる。それでもゆっくりと目を開けた。
目の前には彼の顔。まさに目と鼻の先。
桃木の顔はもはや茹でダコ。真夏の太陽を浴びたトマト。
「ごめん。目が合うとやっぱり恥ずかしいね。もう一回目を閉じて」
優しく囁く彼。
桃木は目を閉じた。
彼はブレザーの内ポケットが振動していることに気づく。
桃木が目を閉じている間に確認することにした。
内ポケットから取り出したのはこんにゃく。そして、そのこんにゃくに表示されている文字。
『イケメン君。
彼はこんにゃくを内ポケットにしまった。そして、一分ほど考える。
そして、さらに一分ほどが過ぎた。
「桃木さん。目を開けてくれるかな?」
桃木は目を開けた。
「――にゃ!?」
桃木は彼の姿を見て変な声を発した。そしてそのまま腰から崩れ落ちた。
焦点は合っておらず、まるで魂が抜けてしまったようにぐったりと。
夕方の陽が差し込む屋上。そこに立つ彼。桃木の前に立つ彼。仁王立ちで立つ彼。
その彼の姿は。
全裸だった。
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