27

 黄色チーム6点、緑チーム12点。


 小清水は動き回りパスを要求する。しかし、すぐさま目の前に手が現れる。

 小清水はなぜか空を振り切れない。


 小清水が機能しなくなり点差は縮まっていく。


 黄色メンバーが空の肩を叩く。


「眼鏡君やるじゃん。お前なんかやってたの? 陸上とか。さっきからずっと走りっぱなしじゃん」

「いや。ずっと帰宅部」


「まじか! まあいいや。その調子でよろしく」


 小清水は悔しかった。唇を噛む。

 湊が叫ぶ。


「春ー! 足がだめならポストプレーで! 身長は春の方があるんだから!」

「ったく。うるせーなぁ。マネージャーのときみたいに大声出しやがって。わーったよ! お母さん!」


「あ! 怒るよ!」

「勝手に怒ってろ」


 緑チームの攻撃。

 小清水はポストプレーのためにゴール下に向かった。

 ボールはスリーポイントラインで行きかっている。

 空は小清水の近くで腰を落として構える。


 竹田が隙を見て小清水にオーバーハンドパスを出す。

 小清水の前にいた空の頭上を越えるパス。空の手は届かない。

 空はすかさず左足を軸に体を回し小清水の後ろに入る。


 ゴール下まではあと数歩必要な距離。

 小清水はドリブルをしながら背で空を押そうとした。


「――な!?」


 小清水は空を押すことが全くできなかった。空はビクともしない。

 焦った小清水はすかさず振り返りシュートを放った。

 しかし、空の手がそれを阻止し、ボールは床を転がる。


 それを拾った黄色チームは速攻をかけて得点。

 黄色チーム18点、緑チーム16点。


 ここで終了のホイッスルが鳴った。


 小清水の顔に汗が流れる。

 空は汗ひとつかかず涼しい顔をしていた。


 試合をしていた生徒はビブスを脱ぎ次に試合をするチームへ渡していく。


 空は体育館の舞台に登り腰かけた。小清水も同じく横にかけた。


「お前眼鏡キャラのくせに体力あるのな。汗もかいてねーし」

「そうなのかな?」


 空は体育の授業はいつも適当だった。そのためか他人と自分の差を比べたことがない。

 さっきのように張り合ったのは小学校以来のこと。


「そうだろ。半年前までバリバリ部活やってた俺にマーク付いて、その涼しい顔。なんか腹立つな」

「一応走り込みは今も続けてるからかな」


「走り込み? お前、今もって中学のときなんか部活やってたっけ?」

「帰宅部。じつは小学生のときに剣道習ってたから。中学入るときにはやめちゃったけどね。走り込みは二三日に一回はやってるんだ」


「そういうことかよ。どおりで体力あるわけだ。……俺もやろうかな。あ、一緒にやらね?」

「俺はいつも朝だけどいいの?」


「いいぜ。朝は結構強い方だし。で、何キロくらい走ってるんだ?」

「今は10キロ」


「じゅ、じゅっきろ!? 何時から走ってるんだよ」

「五時」


「まじかよ。ならパスしとくわ、さすがに朝早すぎる」

「何時ならいい? 春君の家ってどこ?」


「この前の河川敷の近くだけど。時間はせめて六時ならオッケーだな」

「なら俺はコース変えてそっち方面にいくよ。六時頃河川敷にいけばいいでしょ?」


「ああ。さすがに10キロはナシな。その時間からなら学校のことも考えないとだし」

「大丈夫。俺は先に5キロくらい走って六時に着くようにいくから」


「お、おう。走る前日に連絡してくれ。――それでさ、あっち。見にいかね?」


 小清水はネットの向こうを指さしている。

 そこでは女子たちの試合が行われている。

 川谷と湊のチームの試合である。


 空はこくりと頷き舞台を降りて向かう。そしてネット際に腰を下ろす。

 他の男子たちも試合を見ている。いや、見ているふりをしている。

 

 男子たちの会話は――。


「湊のおっぱいやべー」

「お。ジャンプした! ――おお揺れる揺れる」


 湊の胸の話題で盛り上がっていた。


 空は小清水に耳打ちする。


「いいの?」

「なにがだよ」


 小清水は声が少し怒っている。

 空は黙って試合を見ることにした。川谷が気になっていたからだ。


 川谷は空と似ている部分がある。

 クラスでは湊としか話をしていない。人見知りで目立たない。一人でいるときは基本下を向いていたりする。

 今は六班メンバーのおかげで『脱ぼっち』ができた。

 一般的に見ても顔はかなり良い部類に入る。しかし、存在が薄いせいでそれは発揮されていない。

 男子たちの会話でも、川谷が可愛いなどの話題は上がったことがない。


 ピンクのビブスを着た川谷と湊のチーム。相手はオレンジのビブス。

 空は点数ボードを見て驚いた。

 まだ始まって間もないはずなのに、ピンクチーム20点、オレンジチームは4点と一方的な試合。


 空はしばらく試合を見た。そして気づく。オレンジチームの異変に。

 オレンジチームはなぜか敵のはずの川谷にパスを出すのだ。

 正確にはパスコースに必ず川谷がいて、パスカットしている。


 今もまさにそれが起こった。川谷がボールをカットし、すかさず湊に回す。

 オレンジチームの一人が声を上げた。


「またあの子。なんであそこにいるのよ! さっきまでいなかったのに」


 点が入りホイッスルが鳴る。

 オレンジチームは作戦を変えてきた。川谷にツーマンセルで付き行動を制限しようと。


 しかし。


 ボールは川谷にカットされた。


 川谷に付いていた二人は驚き声を上げる。


「さっきまでここにいたのに」

「なんで!?」


 点が入りホイッスルが鳴る。


 川谷は湊の元に駆け寄った。


「さすがにもう私の陰の薄さは使えない。二人も私のとこにきちゃったし」

「オッケー。次は私の番ね」


 二人はハイタッチした。


 オレンジチームは皆川谷に注目を集める。絶対に目で追ってやる。そんな気迫が漂う。

 しかしこれがいけなかった。

 技術的に一番危険な湊のマークが外れたのだ。


 湊はスティールを決め、そのままゴールへ走りレイアップを決めた。


 試合は進み、終了のホイッスルが鳴る。

 ピンクチームは圧倒的な勝利を飾った。


 空は知っていた。川谷と湊の動きを。

 それはゴールデンウィークに自宅のテレビで流れていたアニメ。

 レンタルショップから川谷が大量に借りてきていたアニメ。

 川谷と湊、陸、クニツル。このメンツで1クールしっかりと見たアニメ。


 後に川谷はシックスマンの称号を自ら空に語る。

『なんか真似したらできちゃったんだよねー』と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る