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 五人で食卓テーブルを囲んでいる。

 四人掛けのテーブルなので少々狭い。

 椅子が一つ足りなかったのか、陸は親のお土産であるトーテムポール風の椅子に座っている。形は丸太椅子。

 料理は中華。エビチリやホイコーローなどが並んでいる。

 そして会話の内容は『小清水男子にモテる事件』について。


「辞典君には話すか? 真相をさ」


 小清水は咀嚼しながら箸を指のように動かし問う。


「そうなると、クニツルのこととかも話さないといけないよね。やめた方がいい気もするけど」


 湊は小清水の左隣でエビチリを口に運びながら言った。


 真向いの空は静かに食事をしている。空の隣の川谷も同じ。

 空と湊の間に位置する陸は、必死に身を乗り出し腕を伸ばしている。手にはレンゲを持ちプルプルと震えている。

 川谷の前にあるホイコーローを取りたいようだ。


「確かに。辞典君はいわば電波塔みたいなもんだしな。口も軽そうだ。ここだけの秘密ですよって言って、皆に言いふらすタイプ」

「それね。ただ謎のイケメンは海山君なわけだし、バレるのも時間の問題じゃない?」


 川谷が陸にホイコーローを小皿によそってあげながら言う。


「これから海山君は眼鏡外すの禁止にしよう。そうすればバレないし。そのまま時間が過ぎればただの噂ってことで自然消滅するよ。きっと」


 陸は小皿を受け取り口を挟む。


「リク知ってるよ。人の噂も四十九日ってやつだよね」


 小清水はホイコーローのキャベツを箸から落とした。

 湊は米粒が喉から鼻に上がり咳き込む。

 川谷は動じずエビチリを口に運ぶ。

 皆空のツッコミを待っている。

 

「え? なんでみんな静かになるの? リクなんかした?」

「陸。七十五日な」


 海山家は今日も平和であった。

 そして。

 空に『自宅外で眼鏡を外すこと禁止令』が下った。


****


 なにごともなくゴールデンウィークが過ぎ、五月半ば。

 噂は消えるどころか、学校の七不思議のひとつとまで言われ、グレードアップしていた。

 校内でこの話を知らない者は恐らく教師たちくらいである。

 空の正体はまだバレてはいない。

 ただ小清水にはファンが増えていた。校内の腐女子から絶大な人気が出て、中休みに隠し撮りをしにきたりと。

 小清水を題材にした小説や漫画なども作られているほどである。

 これらは昼休みに漫画研究部の部室にて購入できる。


 二時限目が終わり中休み。

 空たち六班メンバーは体育館に向かっていた。三時限目が体育の授業だからだ。

 この高校の体育は二時限使って行われる。そしてA組B組、C組D組は合同。


 体育館へ続く廊下へ差し掛かると、C組D組の生徒たちとすれ違う。どうやら一二時限目はC組D組が体育の授業だったようだ。


「お、D組じゃん。海山妹もいるんじゃね?」

「かもな」


 小清水の問いに空は適当に答えた。


 C組D組の群とすれ違う。皆わいわいと話しながら過ぎていく。男子たちのグループ、女子たちのグループ、二人で話しながら過ぎていく者。

 そして最後尾をぽつんと下を向き歩く女子。彼女は足を引きずるように歩いている。


 川谷がその女子に気づき声を出す。心配のこもった声で。


「陸ちゃん!」


 その女子は陸であった。

 川谷の声に気づき陸は顔を上げた。そして、川谷たちの中に空がいることを確認すると笑顔を作る。


 六班メンバーが皆陸の元に歩み寄る。


「花菜ちゃん。次体育なんだね」

「うん、そうだけど。足どうしたの? 大丈夫?」


 陸はツインテールを揺らしながら腰に手を当てる。威張るような態勢。


「全然問題ない! 安心したまえ花菜ちゃん。えっへん!」

「そ、そう。ならいいんだけど」


「うん! じゃ、休み時間終わりそうだしもう行くね」


 陸は手を振りこの場を後にした。


 皆更衣室で着替え終わり、授業が始まった。

 バスケットボールである。男女分かれ、体育館を半分ずつ使う。

 試合形式でA組3チームB組3チームの計6チームで行う。


 空は小清水と別チーム。竹田は小清水と同じである。

 空は体育が嫌いである。しかし、体を動かすことは嫌いではない。


 メッシュタイプのビブスを皆着用していく。

 空チームは黄色。小清水チームは緑。

 

 そして黄色と緑の試合が始まった。


 空は中学の経験から自分にボールがこないことを知っている。

 バレない程度に走っていればいい。空の中でのバスケットボールはこれが常識である。 


 空は自陣のゴール下からハーフラインまでの往復を繰り返す。


 小清水はバスケットも上手かった。スポーツ万能タイプ。

 味方からパスを貰うとすかさずゴール下に食い込み、瞬発力を活かしたレイアップ。

 さらには長身を活かしたポストプレーで味方を上手く使ったチームプレイ。


 すると、体育館を真っ二つに仕切るネットの向こうから声が上がった。


「小清水君凄いね」

「春はなんでもできるから。春ー! ファイトー! もう部活やってないんだから飛ばし過ぎ注意ねー」


 川谷と湊である。

 二人はピンクのビブスを着け、ネット際に座り小清水を応援している。

 空は川谷を見た。そして目が合う。

 川谷は空に向かい両手をグーにし胸の前で動かす。眉をキリっとさせ頑張ってというジェスチャー。


 空はこのとき、なにかが内で燃えたのを感じた。

 小清水は湊に手を掲げ返事をする。


「ったく。亜樹ー! またお母さんになってんぞー」

「――あ! それは高校では言わない約束でしょー!」


 そんな中、空はメンバーたちに歩み寄る。

 今まで話したことがないに等しいメンツ。しかし、空は勇気を振り絞った。


「春君は俺がマークする」

「はあ? お前誰だっけ?」


「海山。春君は任せてほしい」

「できんのかよ? あいつの動きは帰宅部の動きじゃねーぞ。きっと元バスケ部かなんかだ。まあいいや、お前が小清水マークな」


「ありがとう」


 空は小清水の元に走った。


「お。今度は海山が俺に付いたか」


 空は後ろで見ていて気づいたことがあった。

 小清水の緑チームは、小清水以外バスケがそんなに上手くはないこと。

 皆ボールがくるとすかさず小清水にパスしていた。そして、決定力も無い。

 小清水にボールさえ通さなければ、自然とボロが出始めるだろう。と。


 緑チームの攻撃。

 竹田はボールを運んでいる。


「辞典君!」


 小清水がパスを要求する。

 しかし、空がすかさずパスコースに入り、パスを出させるのを阻止する。

 戸惑う竹田はスティールされ、そのまま黄色チームに点が入る。


「海山。お前なかなかやるじゃん」


 小清水がつぶやいた。


「これ以上いい格好はさせないよ」

「ほー」


 小清水はこの言葉で闘志に火がついた。

 さっきまでとは違い、足を使い大きく走り始めた。

 空はぴったりとついていく。


「元サッカー部の体力についてこれるか? 海山」

「…………」


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