21

 時は戻り。ここは市営住宅の一室。

 カーテンは閉められておらず、街灯の明かりが差し込む。

 暗くなった部屋でベッドに眠る彼女。


 彼女の右手に握られたままのスマホ。その横にはしおりの挟まった本。


 スマホは点灯し音を鳴らす。電話の着信音である。画面には『小清水春』と表示されている。


 音で彼女は瞼を開けた。そして、はっきりしない意識の中電話を取った。


「――もしもし、どしたの春?」

『亜樹! やっとでたか。ごめん寝てたか?』


「ん。寝てた」

『わりぃな。――でもちょっと話したいことがあるんだ。いつもの場所これるか?』


「うん。わかった」

『じゃあ待ってるから』


 電話を切った亜樹は部屋着のままカーディガンを羽織り部屋を後にした。


 いつもの場所。それは市営住宅のすぐそば。豊平とよひら川の河川敷にある。


****


 小清水は空の家を飛び出した。それを追う空、川谷、陸の三人。

 小清水は足が速く三人はどんどん離されていく。小清水は三人が追ってきていることには気づいていない。


 そしてついた場所。河川敷階段。

 横に数十メートル延びたコンクリート階段。花火の時期には大勢の人で埋まる場所。

 ランニングコースを照らす街灯。すぐ横の中央区と白石しろいし区を繋ぐ大きな橋からは車の音がやまない。

 

 河川敷階段の中段あたりに腰かける亜樹。

 それを上から見下ろしている小清水。

 空たちは少し離れた場所から様子を覗う。


 小清水は少し大きく足音を立てながら亜樹の横に向かい、腰かけた。

 亜樹は振り向きもしないまま星を見ている。そして口を開く。


「早かったね。今日は星がきれーだよ」

「……そうだな」


 小清水は迷う。亜樹に本のことを聞くべきか。


「で。話しってなに? もしかしてまたサッカーやりたいとか?」

「いや」


 小清水は両手で自分の顔を叩く。


「え!? なに急に」

「本! 本さ。なんで俺の借りたい本を先に借りたりした?」


「借りたい本? ――先に借りた?」


 亜樹は困惑した。

 小清水は続ける。


「今日話した『名前の刻まれた木』。図書室に行ったらもうお前に借りられた後だった。その前もそうだ。亜樹に話してた本は全部お前が先に借りてた」

「――!」


 亜樹は自分が犯したミスを理解した。

 亜樹は中学時代、春が先に読んでいた本を読んでいた。春を驚かすため、本はどれがいいかなど聞かずに探した。

 探し方は簡単だ。図書室で貸出カードを片っ端から見て、春の名前があるものを借りる。


 しかし高校に入ったらそうはいかない。

 高校の図書室は春が借りた本の形跡などない。ゼロからのスタート。情報がない亜樹は焦った。また春のあの顔を見るのか。笑顔がなくなるのか。と。

 そして先日春は訊いてきた。本のことだ。春がまだ読んでいない本を亜樹は読んだことがあるかと。

 咄嗟に出たのは嘘だった。でも、本の名前は分かった。後は借りて読んでしまえばいいと。そうすれば嘘じゃなかったことになる。


「…………」

「なんか理由があるんだろ? もしかして、俺から話を聞いてその日のうちに読み返したくなっちゃったとか?」


 亜樹が読み返したくなるわけもなかった。読んだこともない本だ。タイトルだって初耳なのである。

 亜樹は自分が焦りすぎていたことに気づいた。一日で読んで返してしまえばいいと思っていた。

 貸出カードの名前でバレたとしても、自分が作り上げた『本好き』という偽物で誤魔化せると思っていた。

 春はそういう部分は適当な性格だ。先に借りたくらいでは気にしないだろうと。

 それが甘かったのだ。


 亜樹は関係が壊れるのを覚悟した。

 ここまでバレてしまっては嘘で突き通すことはできない。

 呼び出されてこの話題が出たのがその証拠だろう。


「……嫌い」

「え?」


「嫌いなんだよ。本なんか大っ嫌いなんだよ!」

「――っ! 嫌いってどういうことだよ!? お前楽しそうに本の話ししてたじゃん?」


 小清水は驚愕の表情を浮かべる。

 亜樹は顔を手で覆いながら叫ぶ。


「全部嘘なの! 本は嫌いだし、読んだって言ってた本も本当は読んだことなんてない! 全部嘘!」

「――うそって……なんでだよ。なんでそんな嘘をつく」


 亜樹は涙を浮かべたまま春を見る。


「……春の、笑顔を見たかったから」

「――俺の」

 

 小清水は亜樹の涙に驚く。

 しかし、小さく言う。


「なんで嘘をつくことが俺の笑顔になるんだよ」


 亜樹はハッとしながらも言う。


「……私見てたの。春が田中先輩に告白するところ」

「な!?」


「それから春はずっと下を向いててさ。帰り道だって二人で寂しくなっちゃって。春の大好きな本の話をする相手もいなくなっちゃって。

 ……私、そんな春を見てられなかったの! だからせめて私が田中先輩みたいにならなくちゃって。私が本読めば話し相手ができるって……。

 でももうおしまい。……ずっと嘘ついててごめん」


 亜樹は立ち上がり、河川敷階段を上っていく。

 小清水は座ったまま動かない。



 この光景を見ていた空と川谷と陸。

 空と川谷は険悪な二人をなんとかしたいと思っている。しかし、どうしたらいいのか。

 陸は状況を理解していないが心配なふりをする。


 そんな中声が聞こえた。その声は空のポケットからである。


「空坊。だから言ったであろう。この件は放っておいた方がいいと」

「クニツル。お前知ってたのかよ!? なんで教えなかった!」


 空は静かに怒る。


 そして、クニツルの力のことを思い出した。

 ――はっきりと分かってはいないが、人の記憶を読むような力。

 ゲームセンターで春君と湊さんに力を使っていて、後は自分と川谷で計四回か。そういうことかよ。


「俺様はあの少女の恋路を邪魔したくなかった。他人の想い人をペラペラ言うようでは俺様の性に合わん。

 それに余計な詮索をしなければこうはなっていなかったはずだ。違うか?」

「――ぐっ。でももうこうなっちまった! このままならその恋路が崩れてしまう!」


「ふっ。空坊。お前はあの二人の関係を壊したくはないんだな?」

「当たり前だろうが! 同じ六班のメンバーだ。それに――」


「まあいい。一つだけ訊こう。覚悟はあるか?」

「覚悟? あまり意味が分からんが、覚悟はある!」


「よく言ったな。俺様をお前の額につけろ」

「よくわからんが、分かった」


 空はクニツルを額につける。

 しかし、川谷が急かす。


「海山君! 亜樹ちゃんが帰っちゃうよ!」


 すると空の額につけられたクニツルは光を発する。

 陸はなにかに気づき声を上げる。


「空ニィだめぇー!」

 

 陸の声も虚しく。その瞬間空は腕をだらりと下げ、こんにゃくはぼたりと地面に落ちた。


 この光景を見ていた陸は、体を震わせながらこんにゃくを拾い上げる。

 陸はこの儀式・・を知っていた。そして必死にこんにゃく・・・・・へ話しかける。

 

「空ニィ! 空ニィ!」


 こんにゃくは反応しない。

 川谷は陸の行動に困惑する。


 腕をだらりと下げた空の体・・・は突如走り出した。小清水と亜樹のいる河川敷階段の方へ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る