19

「いや。でもよ。亜樹に今日『名前の刻まれた木』のこと聞いたとき、読んだことあるって言ってたぞ」


 小清水は外国人のように両手を広げながら言った。


 空もそのことは授業中聞こえていたので知っている。

 川谷が言う。


「この前の他の三冊も、もしかして亜樹ちゃんだったりするのかな?」


 この一声で三人は動き出した。


****


 今三人の目の前に置かれている四枚の貸出カード。

 その全てに湊亜樹の名前が記してあった。『名前の刻まれた木』以外の三冊は小清水の名のひとつ前に。


「どういうこと?」


 川谷はそう言って顎に手を当て考えている。

 空も同じく。そして小清水に尋ねる。


「今日の会話はさ。授業中俺の耳にも入ってきたから知ってるんだけど。もしかしてこの三冊も借りる前、湊さんに聞いたりしたの? 読んだことあるか? とか。面白いか? とか」

「…………あ。聞いたな。たしかそのときも面白いって言ってた。だから俺はネタバレしないようになにも言うなって今日みたいに話した」


「ふむ。……春君は朝に本を探してたんだよね? で、借りようとしたら無いと」

「そうだ」


「湊さんに本のことを聞いたのは学校でってことかな? 今日みたいに授業中とか」

「うん。学校で」


 空は理解する。

 ――だから湊さんは春君より早く借りることができたわけだ。

 でもなぜだ。湊さんは本を読んだことがあるはず。春君から話を聞いて、読み返したくなっただけだろうか。

 春君より後に借りてもいいのではないだろうか。なぜ春君が借りようとした直前に借りたんだろうか。


 川谷が口を開く。


「亜樹ちゃん。小清水君のこと嫌いなんじゃない? 嫌がらせだよきっと」

「――んな!? 亜樹がそんなことするわけないだろ!」


「でもこれ見て。亜樹ちゃんの名前書いてるじゃん」

「……亜樹はそんな奴じゃねぇ。なんかあったら口で言ってくる」

 

 声を荒げる小清水。

 空も小清水には同感だった。


 空も中学時代の湊を知っている。

 空の知っている彼女は悪いことは悪いという人。女子同士の喧嘩を仲裁しているのも見たことがあった。

 はぶかれている女子と仲良くしているのも見たことがあった。

 

 正義感が強い人と空は認識している。


 そのとき、事務室の扉が開いた。


「あなたたちいい加減にしなさい。ここは図書室ですよ」


 司書の林が優しい顔を崩し言ってきた。

 三人は謝り静かにする。


****


 図書委員の仕事も終わり。三人はピッピ―マートにいた。

 

 買い物カゴを積んだカートを押す空。

 食材を品定めしカゴに入れていく川谷。

 その二人と数歩距離を空けてついていく小清水。


「ニンジンはオッケーっと。あ、玉ねぎ安いじゃん。――玉ねぎよしっと」

「ちょっと待て。玉ねぎは家にまだあったはずだぞ」


「うるさいなぁ。日持ちするから安いうちに買っとくんだよ。色々料理に使えるし」

「そ、そうか。そうだな」


「次はお肉の方に行きましょ」


 川谷は精肉コーナーへ向かう。空もカートと共についていく。

 小清水は追いつきぼそりと言う。


「やっぱお前ら付き合ってるよな? ってかもう夫婦じゃね?」

「付き合っていない」


「だったら付き合えばいいじゃん」


 小清水の台詞が空の脳内でこだまする。

 付き合うってなんだ。と。哲学である。


「付き合うってなんだよ。んなわけあるか」

 

 空は突っぱねるように言った。


****


 三人は海山家玄関前に到着する。

 空はレジ袋を提げながらカギを探す。しかし、袋を持ちながらでもたついてしまう。


 しかし、扉は開かれた。空は慌てて訊く。


「え!? 鍵開いてた?」


 川谷は答える。


「自分で開けたよ」

「そっか」


 三人は中に入る。

 しかし空は叫んだ。


「おい! そっかじゃねーよ」


 自分に突っ込みを入れ空は続ける。


「どうやって開けた? やっぱり開いてたんだろ? 陸の奴か。戸締りは徹底って言ってるのに」

「いや。だから私が自分で開けたんだよ。――これで」


 そう言って鍵を見せる。


「――おま!? どこから入手した? それはやっちゃーダメなことサ」


 空は混乱している。イントネーションとテンションもおかしい。

 

「気にしない気にしない。さー作るぞー。私もお腹ペコペコりんだよ。あ。小清水君は適当にリビングでくつろいでて」

「お、おう。お邪魔しまーす」


 二人は空を放置しリビングに入っていった。


 すると物音に気づいたのか、陸が階段を駆け下りてくる。


「空ニィおかえりー。リクのお腹もうビックバン寸前」


 陸は玄関にある靴の数で川谷料理当番も来たことを察する。


「花菜ちゃーん。お腹すいたお腹すいたー」


 と、駆け出したところ。空に首根っこを掴まれる。


「おい陸。川谷さんに合いカギ渡したのか?」

「うん。だって料理当番だからねぇ」


 陸は悪い顔をしている。


「あんまり勝手なことするな」

「でも空ニィ悪い気はしてないでしょ? 花菜ちゃん可愛いし。そ、れ、に、またあのサバ味噌食べたいんでしょー?」


「ぐっ……」


 空は認めざるを得なかった。サバ味噌のためなら。と。


 空と陸はリビングへ向かった。


「げっ! 誰こいつ!?」


 陸はリビングに入って半歩下がる。ソファに小清水がいるからだ。


「お! 海山妹じゃん。お邪魔してまーす」


 小清水は勝手にテレビを点けながら言った。

 陸は空の背に隠れる。

 空は陸のこの態度に戸惑う。


「そ、空ニィ。男の人くるなら言っといてよね」


 そう言って出ていってしまう。

 キッチンにいた川谷は言った。


「確かにさっきの格好は、女の子的には恥ずかしいよね」


 空は陸の服装を思い出す。

 いつもの部屋着。ピンクのキャミソールワンピ。

 なにが恥ずかしいんだ。と空は思う。


 空のこの顔を見て、川谷は近づいてくる。

 腰に手を当て、少しムスッとした表情。


「海山君。もしさっきの陸ちゃんの服を私が着てここに立ってたらどう思う?」


 空は想像する。

 川谷の肩が丸出し。あらわになる細そうな腕。薄い生地に隠れる胸元。

 空は顔が熱くなった。


「ほらね! 二人は兄妹だから慣れてるかもだけど、小清水君は違うんだよ」

「り、理解した」

「俺はさっきのままが良かったけどなー。美少女の部屋着っていいもんだなぁ」


「小清水君! グーパンチだよ」


 川谷はそう言って頬を膨らます。


****


 ハンバーグが出来上がり、夕飯を食べながら四人で食卓テーブルを囲む。


「で。なんでこの茶髪はここにいるわけ?」


 パーカーを羽織っている陸が言った。


「茶髪って……。俺は小清水春。みんなには苗字か名前で呼ばれてるからよろしく。ここにいるのは飯に誘われたからだよ」


 空が事情を説明する。


「ちょっと事件を追っていてな。こいつは被害者だ」


 眼鏡をクイっと上げる。


「へー。――それより花菜ちゃん! ハンバーグめちゃウマ!」

「ふふ。良かった。でもね、中に陸ちゃんの大っ嫌いなニンジンがたくさん入ってるんだよ」

「そ、そんな馬鹿な!? ――うわ、ホントにオレンジ色のがいる! でも美味しいからいいや」


 陸はハンバーグ以外興味はないようだ。


 小清水は図書室で林に怒られた後、ずっと考え込むように静かになった。

 湊の行動が理解できないからだろう。川谷はそんな小清水を察して夕飯に誘った。空の許可無しに。

 小清水は平然と立ち振る舞うが、固い表情から空と川谷には悩んでいるのが分かった。

 今もそうである。笑顔を作りハンバーグを食べているが、これは作った表情。



 皆食べ終わる頃。

 小清水は決心したように立ち上がった。


「俺。湊に直接聞いてくる! 夕飯ごちそうさま! うまかったぜ」

 

 空と川谷は立ち上がる。陸は頬杖をつきそれを見ている。


「おい!」


 空の声も虚しく、小清水は家を出ていった。


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