18

 数日が過ぎた。

 小清水ストーカー事件は難航していた。

 いや、空と川谷はすでに飽きがきており、尾行もしなくなっていた。


 昼休みの教室で小清水が空に声をかける。


「おい海山。俺の可愛い子ちゃんは見つかったのか?」

「いや。もう面倒だから探したりしてない。尾行してたときも怪しい人はいなかったし」


「まじかよ! 俺の自意識過剰ってやつか」

「まあ知ってたけどね。――そういえば、借りたがってた本は借りれたの?」


「ああ。借りれた。なんか次の日には返却されてたらしいんだよな」

「じゃあ犯人分かったんじゃん」


「なんでだよ!」

「いや。借りるときに貸出カードに名前書くじゃん。そのとき前に借りた人の名前見れるよね?」


「――な!?」


 空は思った。こいつは馬鹿だ。と。


「いやー返ってきてたのが嬉しくてさ。パパパーって書いて名前なんて見てなかった」


 空はメロンパンを食べ終える。


「なあ海山。今から図書室行かね? 借りたやつは読んじまったし、新しいの探しにいこうかなって」


 空は暇なので付き合うことにした。



 図書室に二人で入る。

 受付は司書の林が静かに本をめくっている。生徒は見当たらない。


 林は空たちに気づき顔を上げた。


「あら、こんな時間に珍しいわね。本が好きなのかしら? まあゆっくりしていってね」


 林は優しい声で言った。

 二人は適当に会釈をし中に進む。


 小清水は真っすぐと小説の棚に向かう。空も周りの棚を見ながら後ろをついていく。


 しばらく本を探していた小清水の鼻息が大きくなる。


「お。これは。『名前の刻まれた木』じゃねーか。読みたかったけど結局買わなかったやつ」


 小清水は鼻を膨らましながら言った。

 手に持たれた『名前の刻まれた木』という本を数ページめくる。


「それ面白いの?」


 空は適当に訊いた。


「読んでねーから分からん」

「そりゃそうだな」


「よし、これにする」


 ここで予鈴が鳴る。昼休み終了五分前の鐘。


「やべ! 借りてる時間ねーな。放課後にもっかい来るか」


 二人は急いで教室に戻った。



 五時限目の授業中。

 空は席に着いたまま外を眺め、適当に授業を受けていた。

 後ろの会話が耳に入る。


 小清水と湊の会話。先生には聞こえない声の大きさ。


「なあ亜樹。お前さ『名前の刻まれた木』読んだことある?」

「んー。――あ、あるよ。結構面白い」


「まじかまじか。どんな内容? ネタバレしない程度にかるーく教えてくれ」

「だめ。事前情報は入れない方がいい。――まあそれでもいいなら教えるケド? どうする?」


「んあー。 ごめんやっぱなし。言うな。絶対言うなよ」

「ふふ。それは言えってこと?」


 こんな会話の中、空は黒板に目を移す。

 すると、隣の川谷が声をかけてきた。


「今日図書委員の日だよね? 授業終わったら一緒に行こうね」

「ああ。そうだったね。わかったよ」


 笑顔で首をかしげながらそう言った川谷に、空はドキッとする。


 五時限目が終わり中休み。


 川谷が湊に声をかけた。


「亜樹ちゃん。一緒にトイレ行かない?」

「ごめーん。ちょっと用事あるの」


 断った湊は急ぐように教室を出ていった。

 川谷はしゅんとしながら、とぼとぼと一人で教室を出る。



 六時限目と帰りのホームルームも終わり放課後。

 空は約束どおり川谷と一緒に図書室へ向かった。


 中に生徒はいない。窓が開いているのか、外から部活の音が入ってくる。

 唯一受付にいた林は、空たちが受付に入ると、よろしくねと言って立ち上がり事務室へ向かった。


 受付の椅子にお互い座る。


 遠くから野球の硬球が金属バッドに当たる音が鳴る。

 廊下からは誰かが走っている足音。


 おもむろに川谷が言う。


「今日はなにが食べたい?」


 空はうーむと悩みながら、ガラス天井を見ながら人差し指を立てた。


「――和食系以外が食べたいかも」

「ふーむ。例えば?」


「陸が喜びそうなハンバーグとか?」


 川谷は頬をぷくりとさせる。


「海山君はいつも陸ちゃんのことばっかり!」

「んな!? 訂正する。俺はハンバーグが食べたい。――俺って舌が和食だから、作る料理は煮物とか焼き魚が多くてさ」


「別にいいんだけどさ。ハンバーグね。帰りにピッピー寄ってこ?」

「そうだな。……陸にメールしとかないと。委員会で少し遅くなるって」


 空は足元にある鞄を軽く蹴る。


 すると鞄が少し揺れた。これはクニツルが察してくれた合図である。

 川谷はまた頬をぷくりとさせる。


 空と川谷は静かになる。

 二人とも受付越しに見える窓の外を見ている。グラウンドがありサッカー部が練習している光景だ。

 

 そんな受付という地平線からにょろりと頭が出てきた。


「――ひぃ!?」


 川谷はびくりと跳ねた。

 出てきた頭は固いワックスで固められた茶髪。そして垂れ目。小清水である。

 地平線から口元まで昇るとぼそりと訊いた。


「お前らなに? 付き合ってんの?」


 垂れ目が半眼になっているせいで、糸目になっている。

 小清水は二人を驚かせようと、見えないように屈みながら受付の死角に隠れていたが、会話が気になり聞いていた。


 空はきっぱりと答える。


「付き合っていない」


 空はなぜか川谷からの視線を感じたが無視する。


「へー。でも今日はハンバーグなんだろ? 川谷の手作りハンバーグ」

「小清水君違うの! 私は……その、陸ちゃんためにね。海山君のためジャーないヨぉ?」


 後半イントネーションがおかしくなってる川谷。


 空は川谷に黙っていてくれと思った。余計ややこしくなる。と。


「陸ちゃん? あーなるほど。海山妹の金髪美少女ちゃんか。川谷友達だったんだな」


 小清水は手をポンと叩き納得した。

 空はこいつが単純で良かったと思った。


「昼休みのときの本借りにきたんだろ? 早くいけよ」

「おっとそうだった」


 小清水は棚の方に向かっていった。しかし、しばらくすると肩を落とし戻ってくる。


「やられた。――またやられた。本が無ぇ」


 空と川谷は驚く。


「まさか? ちゃんと探したのか? 昼にはあったんだぞ?」

「探したよ。近くの棚も見た」


 空は考える。

 ――自分と川谷さんがここに来たのは、ホームルームが終わってからすぐだ。小清水以外ここには誰も来ていない。

 でも昼休みのときはあった。それは自分も目で確認している。

 となると、借りられたのは昼休みからホームルームが終わるまでの間。いや、昼休みの予鈴で教室に戻ったから、昼休み終わりからか。

 生徒が動ける時間を考慮すると、五時限目の中休みしかない。イレギュラーなら授業をサボって誰かが借りたか。

 でも、授業中は司書の林がここにいる。司書とはいえ一応教師としての対応をするはずだ。簡単に貸し出したりするだろうか?

 まあ手っ取り早く貸出カード見るか。


「カード見てみるから待ってて」

 

 空は貸出カードの引き出しを開け、その本のカードを見つけた。

 そして名前を確認する。


「え!?」

「なんだよ。誰だよ借りてたのは?」


 そこに書かれていた名前は空の知っている人物だった。いや、ここにいる三人が知っている人物。


「み、湊さんだ。湊亜樹」

「はあ? 亜樹ぃ?」

「亜樹ちゃん!?」


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