11

 次の日。

 空は登校し教室に入る。


 六班のメンバーは全員来ているようだ。女子二人はいないが、机に鞄が掛けられている。

 小清水は机に寄りかかり、竹田と話している。


 小清水は空に気づき挨拶をした。続くように竹田も。

 

 空は鞄を机に掛け席に着く。竹田は横向きに座り直し、空の机に腕を置いた。

 

「海山君は知っていますか? 今一年の男子中で最もホットな話題」


 竹田はそう言いながら人差し指を立てている。

 空は首を横に振った。小清水はもう知っているらしく、顔をニヤつかせている。


「それはね。ふふふ。謎の一年生美少女ですよ。噂では外国人とのハーフとか読者モデルとか言われてるんですよ」


 竹田は興奮しているのか、辞典ヘアーがカモメのように動く。

 空は美少女という単語だけで、一瞬川谷の顔を思い浮かべた。

 竹田は続ける。


「一緒に見に行きませんか? 海山君も」


****


 竹田を筆頭に小清水と空は廊下を進む。

 着いたのはD組の教室前。


 小清水、竹田、空の順で串団子のように顔だけ覗かせる。

 竹田は囁く。


「いました。窓側の前から三番目の席です」


 その美少女は、白に近い金髪のツインテール。華奢な体つき。

 頬杖をつき外を眺めている。


「いやー素晴らしいです。あの金髪はハーフだからでしょうか」

「おお。俺は初めて見たけど確かに可愛いな」


 竹田と小清水は興奮している。

 空は違う。

 何度も何度も目をこすり。眼鏡を袖で拭き。目をぱちくりとさせ。机を前から、いち、に、さん、と数え。また目をこする。

 この教室に金髪はその人しかいなかった。


「どうです? 海山君」

「いや。どう見ても美少女ではない」


 空の発言で二人は驚きの声を上げた。

 この声に気づいたのか、金髪美少女はこちらを向く。


 彼女は立ち上がり。顔をパアっと笑顔にする。ツインテールをなびかせ走る。

 そして空に飛びついてきた。


「遊びにきてくれたの!? だーい好き!」


 空は美少女と共に廊下に倒れた。


 教室に響き渡る『だーい好き』。

 廊下にも響き渡る『だーい好き』。

 実はこのクラスに遊びにきていた湊の耳にも響く『だーい好き』。

 さらにお手洗いの帰りで廊下を歩く川谷の耳にも響く『だーい好き』。

 この様子を近くで見ていた竹田と小清水の『んなぁああにぃぃい!』。


 竹田と小清水は驚愕の雄たけびを上げる中。

 そこには金髪美少女に『だーい好き』と押し倒される空の姿があった。


 空の思考回路はすさまじい速度で機能する。

 今まで読んだ小説。見てきた映画にドラマ。さらには両親との会話。定食屋のおじさんの顔。今日は卵の特売日。

 ありとあらゆる情報を処理していく。

 導き出された答えは電気信号となり、空の声帯へと向かい、空気の振動に変化する。

 そして口から放たれたその台詞は――。


「なんかやべぇな」


 回路はオーバーヒートしていた。


 とりあえず空は美少女を担ぎ、階段の踊り場へ逃げた。


 空は美少女と向き合う。


「お前な。学校ではさっきみたいなのは控えろ! 次やったら飯抜きだからな」 

「ぶーぶー。空ニィのいじわるぅ」


 謎の美少女とは海山陸であった。


 陸は中学校を不登校で殆ど行っていなかった。

 登校したとしても別室で授業を受けていた。そのせいか、陸の存在を知っている同級生はいないに等しい。


 陸にこう言ってはいる空だが、実は嬉しかった。『だーい好き』が嬉しいのではなく、陸が普通に学校に通えていることにだ。


「――まあ、でも良かったな。お前、男子からの人気者じゃん」


 空は陸の頭を撫でた。

 

 陸は意味が分からなかった。ただ撫でられたことが嬉しかった。


****


 空は教室に向かう。後十五分で朝のホームルームが始まる。 


 教室に入ると異様な雰囲気が漂っている。

 異様なのは一部。六班の所。

 なぜか固まるように机を向かい合わせにし、両肘をつき額の前で手を組んでいる。皆同じ姿勢である。

 空の机も向かい合わせにしてある。


 空は恐る恐る席に着く。


 小清水がぼそりと言う。


「主役が来たようだよ。辞典君」


 辞典君と呼ばれた竹田は発言する。


「さあ始めようか。六班ミーティングを!」


 空以外の皆はうなずく。


「今回の議題は――リア充調査である」


 なぜか拍手が起きる。

 空は依然空気が掴めない。

 辞典君は進める。


「ここで取り上げるリア充とは。友達がいてワイワイとかそんな生ぬるいものではない! ――そう。彼氏彼女がいるかどうかだ」


 なぜか拍手が起きる。


「まず小清水君! 彼女はいるかね?」

「いいえ」


 小清水は左手を胸に、右手を前に出し否定した。


「次に。湊君! 彼氏はいるかね?」

「いいえ」


 小清水と同じ動作で否定した。


「次に。川谷君! 彼氏はいるかね?」

「いいえ」


 これも同じ動作。

 空は少し安堵する。


「さあ! メインディッシュだ! 海山君! 彼女はいるかね?」

「いいえ」


 空も真似て否定した。

 そして空は理解した。陸の件だと。


 皆鬼の形相である。

 テメェ嘘つくんじゃねぇ。そんな顔。

 空は無実の罪を晴らすために口を開く。


「みんな待って! 陸は彼女なんかじゃない! 陸は俺の――」

「はいはいはいはい! 皆さん聞きましたか? リクと名を呼び捨てです」


 テメェ嘘つくんじゃねぇの顔はさらに凄みを増し、テメェ嘘ついた挙句に惚気のろけかぁの顔に変わる。


 空は焦る。このままでは冤罪で無期懲役が下される。


「陸は妹! 俺の妹! 双子! 海山陸は妹!」


 一同が困惑と疑問の声を漏らす。


 その後、空が必死に十分間説明をしてやっと納得してもらえ。無事無罪を勝ち取り閉廷した。


 そして放課後。

 辞典君に彼女がいることを内通した者がいて、六班でタコ殴りにしたという噂が後に立つ。


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