12

 一週間が経ち高校生活にも慣れがでてきた。

 そんな放課後。

 図書委員の会議が行われた。

 図書室の受付や、返却された本の戻し方など、先輩が一年に教える形で伝授されていく。


 ここの図書室は教室三つ分ほどの広さ。

 入ってすぐに受付。勉強スペースとして四人掛けの机が六つ。窓辺に個人用スペースが十席。あとは本棚。

 大きな地球儀や観葉植物で飾られ、ガラス張り天井から入る自然光が一層と心を落ち着かせる。

 高校の図書室にしてはかなり立派なつくり。

 

 そして今日、放課後の図書室当番となった空と川谷。

 A組はなんでも一番目が多いのはどこも同じらしい。


 空は物覚えが良く、与えられた仕事をサクサクとこなしていく。

 一方川谷はというと。


「ねえ海山君。この本はどこの棚だっけ?」

「それは、参考書だからあっちのCの棚じゃないかな」

「ありがとう」


 数分後。


「ねえ海山君。この本はどこの棚だっけ?」

「これは、図鑑だから手前の下の段じゃないかな」

「ありがとう」


 数分後。


「ねえ海山君――」

「それは小説だから、文芸の棚」

「ありがとう」


 数分後。


「ねえ――」

「もうそこ置いといて!」

「ありがとう」


 川谷はスーッと移動し受付に座った。


 空は少し苛ついていた。川谷の使えなさに。

 しかし、可愛い川谷にはきつい言葉をかけられないでいた。


 結局空が全て本を戻し、受付に戻る。

 ガラス天井を見つめる川谷は言う。


「あのさ。思ったんだけど。私いらなくない?」

「そうだな」


 空は反射的に本心を言ってしまったことに焦る。あまりにも川谷が自然過ぎたのだ。


「いや! 違うんだ」

「いいよ別に。慣れてるからさ。私昔っから物覚え悪くて。おまけに暗いから。運動も苦手」


 川谷は受付にあるペン立てからボールペンを取り、カチカチと芯を出し入れする。

 空はそれを見ながら黙る。

 本当はなにか言ってあげたかった。しかし、こういう話をしたことのない空はいい言葉が見つからないでいた。


「この高校に入れたのは奇跡だよ。なんで私進学校にきたんだろ」

「…………」


 ――カチカチ――カチカチとボールペンの音は続く。


 空は思った。

 カチカチがうるせぇ。と。


 なんともすっきりしない雰囲気のまま、時計の長針は四分の一進む。

 時刻は夕方四時を回った。


 ――カチカチ。


「海山君」

「――!!」


 川谷の呼びかけで空の我慢の限界スイッチが押された。


 空は立ち上がりボールペンを取り上げる。

 すぐさま、近くにあったメモ用紙に『カチカチやめろ。カチカチ禁止』と書き千切る。

 セロテープを十センチほど事務職員さんばりの速さで取り、メモをボールペンに巻き付け張り付ける。

 もちろん無酸素運動で行ったこの動作は音速を超える。

 川谷にはもちろん見えていない。――はずだ。


「――すぅーはぁー。はい、ボールペン」

 

 川谷はボールペンを見つめる。


 すると新たな乱入者が受付に現れる。

 今日も茶髪をワックスでしっかりと固めた小清水である。


「よお。やってんねー、委員会。どう? 楽しい?」


 手を上げ肘を受付につき訪ねてくる。

 

 空と川谷は同時に声を出す。


「楽しくない」

「すっごい楽しいよ」


 空は思わず川谷を見た。楽しいと言った川谷を。

 ――どこが楽しいのだろう。仕事が覚えられず、いない方がいいとまで言われたのに。


 川谷は笑顔である。


「まあそれはいいんだ。俺の相談を聞いてくれないか? せっかく六班メンバー二人が図書委員だしな」


 二人の反応をよそに、小清水はそう言った。

 二人は首を縦に振り傾聴することにした。


「じつはな。俺が借りたい参考書がいつも先に借りられてるんだ。これだけなら気にはしない。みんな授業の進度は同じなわけだし。

 ただ、小説もなんだ。しかも、一度だけではなく三度もだ。おかしくねーか?」


 先に口を開いたのは川谷。


「ただの偶然じゃないの? 貸出期間は……」

「一週間」


 空は川谷がこちらを向く前に答えた。


「そう、一週間だから。たまたまが重なってそうなってるんじゃない?」


 川谷の言うことはもっともだった。ただの偶然。これが一番自然な考え方である。

 空もこれにうなずく。


「でもよ。俺が借りたかった小説はマイナーなやつだぜ? 俺は朝にここに来て、その本を見つけたとき驚きだった。だから帰りに借りようとしたら、ない。

 受付で聞いたら、ちょうどさっき貸し出したって。それが三回だ。不自然だろ!」


 川谷は難しい顔をした後小清水に言う。


「――小清水君ってさ、小説読むんだ。全然そんな顔じゃないのに。エロ本しか読んでない顔。意外。――あ、官能小説?」

「んな! 普通の小説……エロ本顔でもなんでも別にいいが。とにかくこの不自然さは異常だ。きっと俺にはストーカーがいて、先回りしてるんだ! きっとそうだ。

 だから俺はそんなかわい子ちゃんと友達になりたい! だから協力してくれ! な?」


 二人は、絶対にそれはないと口を揃えて言った。


「俺って中学のとき結構人気だったんだぜ? なんたってサッカー部のエースだったからな。試合となりゃ、他校からも黄色いエールが飛んできたりよ」


 川谷は言う。


「ふーん。エロ本のエースじゃなくて?」

「もうエロ本から離れろ! なあ海山、お前は協力してくれるよな?」


 空は確かに気になっていた。

 小清水がモテるとかはどうでもいいが、三回起きたことが偶然なのか。なにか裏があるのかが。


「俺は協力してもいいよ」

「だよな! だよな!」


 川谷は乗り気でなさそうにしながら言う。


「まあ、海山君が協力するなら私も乗ってあげる」


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