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 次の日。登校二日目。


 制服に身を包み、空、陸、クニツルは通学路を進む。


 クニツルがもっと外を見てみたいと言うので、鞄の外側ポケットに入っている。三分の一程顔を出して。いや、面を出して。

 もちろん外では声を出さない約束もしている。


 ツインテールを揺らした陸はスキップで進む。

 空は鉛のように感じる足を進める。


 陸は早速友達を作ったらしく、待ち合わせのため近くのコンビニで別れた。



 学校へ到着した空。

 教室に入り、中学時代に得た自身を空気にするすべを実行する。


 机に伏せて寝ているふりをするのだ。

 コツもある。鼻息が机に直接あたると結露で濡れてしまう。なので指で鼻息の方向を変えたり、ノートを敷いたり。

 休み時間は常にこれで過ごすのだ。


 今日の授業は午前のみで、午後からはホームルームがある。

 クラス委員。班分け。保健や図書などの委員会決めなど。


 空は無難に午前の授業を受けていった。


****


 午後になり、ホームルームが始まった。

 

 教壇には担任の藤崎ふじさき園子そのこが最初の仕切りを行う。


 藤崎の担当教科は現国。

 清楚な紺のスカートスーツ。長く伸びる足のライン。シャツのボタンはしっかり留められているが、溢れそうな胸の膨らみ。

 真ん中分けでさらりと腰まである黒い髪。容姿は一言で言うと美人。メイクも程よい。

 見た目は・・・・まさに女性の憧れが集まった人。


 その藤崎が言葉を発した。


「まずクラス委員は――そこのお前な」


 藤崎は一人の男子生徒を指さす。

 当然指された生徒は驚く。


「じ、自分ですか? 立候補とか聞かないんですか?」

「あぁん? 口答えか?」


「あ。いえ。やります」

「よろしい。じゃ、後は適当に決めといて。先生は後ろで見学でもしてるから。決める内容が書いてあるプリントはここに置いておく」

 

 そう言って藤崎は教室の真ん中を通り後ろに向かう。

 横を通られた生徒たちは、席で座りながらも体を反らす。


 藤崎は壁にもたれ、足を交差させた。


 なぜ指名された男子生徒は素直に従ったのか。

 皆はなぜ体を反らしたのか。 

 それは藤崎の態度だけではない。

 彼女の右手に握られている鉄パイプがそうさせているのだ。


 藤崎園子は容姿端麗であるが、中身が最悪であった。


 選ばれた生徒は教壇に進みプリントに目を通す。

 

 彼の名は竹田たけだみつる

 辞典を開いたような髪型。顔は中の中といったところ。

 ただ、どんな友人グループにも所属しているタイプで、常に話題の中心にいたりする。


 空も竹田のことは、目立っていたという意味で知っていた。


 竹田が教壇に立ったことで、静かだったクラスも少し活気だつ。


「ええと、竹田満です。クラス委員になりました。よろしくお願いします」


 ただの挨拶のはずが、男子達の笑いが起きる。

 竹田ははにかみながらも進行を進める。


 この様子を後ろで見ていた担任藤崎は鼻息を出し、ニカリと口角を上げた。


 空はただ空気のように流れに従っていく。


 順調に班分けが進む。

 方法はクジ引き。適当に切った紙に番号を振った簡素なクジ。

 三十人いるクラスを五人ずつの六班に分ける。

 この班は、主に行事の際に行動を共にする。

 

 黒板には、何班はどこと図にして書かれている。廊下側前から三つ目までと、その隣の列前から二つ目までが一班。このように六班まで。

 これで席決めも決定してしまうようだ。


 空が引いたクジには六と書かれていた。


「引いたら人から班に分かれていって下さい」


 竹田の指示のもと、生徒たちは自身の荷物を持って移動する。


 六班は窓側後ろ。

 空が向かうとすでに二人の生徒が席に着いていた。

 一番後ろ二席を確保して話しをしている。窓側が男子、その横が女子。


 空は仕方がないので窓側後ろから二つ目に着く。

 すると後ろの男子が空の肩を叩いた。


「なぁ。お前海山だよな?」


 空は振り返り返事をした。


「――あ゛い。ん゛ん゛。――はい」


 空はずっと声を発していなかったため、喉元で声が絡んでしまった。顔が熱くなる。

 彼の隣の女子がクスリと笑い、その声が小さく耳に入る。


 空は恐怖した。しかし、そんな空を他所に彼は立ち上がり空の元へ寄ってくる。

 そして、肩を組んできた。


「やっぱそうだよな! お前昔と全く変わってねーな。俺のこと覚えてる?」


 空は分からなかった。というより、それどころではなかった。

 急に話しかけられる。声が絡んでしまった。笑われた。知らないやつに肩を組まれた。と。


 彼は返事を待たずに続ける。


「やっぱ覚えてねーよな。中一んとき同じクラスだったじゃん。そんときは髪染めてなかったけどさ。小清水こしみずだよ。小清水しゅん

「春君?」


 空は思い出した。

 小清水が言ったように、中学の同級生。一年のときにほんの少し話したことがある程度の人物。

 

「そうそう。同じ六班だしこれからよろしくな!」


 小清水は肩を離し席に戻った。


 小清水春。明るい茶髪をワックスで固めた今風のスタイル。背は高く、少し垂れ目。

 スポーツ万能で中学時代はクラスの人気者。気さくな性格から男女問わず人気があった。ちなみにサッカー部だった。


 小清水の隣に座る女子は、春の行動を見て二人の輪に入ってくる。


「なになに? 春の知り合い?」

亜樹あき、それまじ? お前も中一んとき同じクラスだったじゃん!」


 小清水に亜樹と言われたその女子の名はみなと亜樹。

 小清水と同じく、空とは中一のとき同じクラスであった。しかし、空の顔を見た反応から、覚えていないのが見て取れた。


 しかし空は違った。

 湊の特徴的なポニーテール。耳に残る甲高い声。猫のようなつり目。髪色は以前より明るくなっているが変わらないシルエット。

 決定的なのは。中学で空を侮蔑していたグループにいたこと。

 ただ、湊から直接それを受けたことはない。


 小清水は続ける。


「海山空だよ。本当に覚えてねーのか? この丸眼鏡とか昔のまんまじゃん」


 湊は小清水に取り繕った態度をとりながら言う。


「あ。あー。いたね! 久しぶりじゃん」


 そう言いながら空にも笑顔で取り繕った。


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