7

 学校の帰り。


 空は傷心。

 自分はやっぱり『キモい』んだ。と。


 消しゴムの彼女が咄嗟に避け、そして出た言葉は『嫌』。

 

 誰とも話せず学校での一日を過ごす日々がまた始まる恐怖。

 でもこれは今までと同じ。中学時代のように過ごせばいいだけ。

 これが空の『普通』。


 それに携帯電話はこんにゃく。

 こんなふざけたことがあるのだろうか。みんな薄型でカッコいい携帯。


 ピッピ―マートが左手に見える。

 

 空は強く願った。

 あの時の彼女にもう一度会いたい。と。



 帰宅した空は夕食の準備をする。

 陸はまだ学校なのか見当たらない。


「おい少年。もう声を出してもいいか?」

 

 リビングに置いてある鞄の中からこんにゃくの声がした。


「もうって? 別に好きにすればいいさ」

「そうか。夜中あの小娘にそう言われていたのでな。また色々とやられるのも困る」


 陸がなにかしたのだろうか。確かに夜中うるさかったのは覚えている。

 空は疑問に思いながらもフキを一口サイズに切り分ける。


「ところで少年。お前は名をなんという?」

「……空。海山空」


「ふっ。これはまた壮大な名だな。小娘の名は?」

「陸。妹だよ」


 空は次に油揚げを切り分けて鍋に入れていく。


「兄妹なのか。だから空ニィと呼んでいたのだな。しかし兄妹揃って壮大だな」

「親に言ってくれ」


 火を弱め米を研ぐ準備をする。


「空坊。今こちらは西暦何年だ?」

「は? 変な呼び方するなよ。……ってか、お前スマホなんだから自分で分かるだろ? カレンダー機能とかあるし」


 ここで空の思考回路が本当の意味で機能する。

 ――スマホは話しをするだろうか。

 確かに昨日陸は、最近の携帯は話すと目の前で見せてくれていた。

 しかしあれはただの音声認識機能ではないのか。コマーシャルでよく目にするあれではないのか。こんなに会話ができるものなのか。

 いや、こんなことができる人工知能はまだ世にないはず。


「お前たちはよくわからない言語を使うな。スマホとかなんとか。スマホとはなんだ?」

「…………」


 空は研ぎ水を流しながら、さらに昨日の出来事を思い出す。

 ――あのこんにゃくは陸の黒魔術とかいうのでこうなった。

 そして夜中の陸の行動。

 陸は昔から夜中に事を隠そうとする癖がある。

 食器を割ってしまったときも、夜中庭に埋めているのを見たことがある。

 今朝の目のクマ。こんにゃくを茹でていた謎。


 つまり何かを隠そうとしている・・・・・・・・


「……あのさ。夜中陸と何かしていたのか?」


 確証はなかったが、空はカマを掛けて訊いた。


 こんにゃくは黙る。

 空は返事を待ちながら炊飯器のボタンを押し、シンクに寄りかかる。


「……この家の中以外では声を出すなと言われた。それだけだ」

「どういうことだ?」


「知らん。その妹に聞けばよいだろう。それより色々と聞きたいのは俺様の方だ」

「ちょっと待て。本当にそれだけか?」


「……ああ」

「分かった。信じよう」


「そうか。では俺様の質問に答えてもらおう。まず西暦何年だ?」

「……だから自分で分からないのか? スマホのくせに……まあ2018年だよ」


「なっ! にせん……だと。俺様はそんなに……」

「そんなに驚くことか? まるでタイムスリップでもしたみたいな反応だな」


「俺様が最後こちらに呼ばれたのは1500年代の日本だ。日本人は皆変な頭をしていた。当時、俺の主は皆に魔王と呼ばれていてな」

「…………」


 空は首をかしげながらも傾聴けいちょうする。


「そんなときだ……俺様はやつの妹に封印された。ちょっと山を焼いただけなんだが――」


 こんにゃくは言葉を止めた。玄関から扉の開く音が聞こえたからだ。


「たっだいまー! あーお腹すいた。空ニィご飯ご飯!」


 敬礼のポーズを決める陸。

 空はシンクに腰かけたまま腕を組む。


「おかえり。……陸、ご飯食べたら話がある」


 陸は話の内容を察したのか口を尖らせた後その場で部屋着に着替え始める。

 制服のリボンをするりと外し上を脱ぐ。スカートのチャックを下げ始めると、空を睨む。


「ちょっと空ニィ。見ないでくれる? あ、もしかしてリクの体に興味あるの?」

 

 陸は半眼の下着姿で言った。


「まな板じゃん。凹凸のない平面な――ふごぉっ」


 神速の如き陸の拳により空は宙を舞った。


「空ニィなんて嫌っ! 大っ嫌い!」


 冷凍マグロのように着地した空は、この言葉で学校の出来事を思い出しながら意識を失った。


****


 空は額に感じる冷たさで目を開けた。その冷たさに手をやるとこんにゃくが話しかけた。


「空坊、気がついたか。あんな小娘の拳で意識を失うとは。体を鍛えた方がいいな」


 こんにゃくが乗っていた。

 横には陸の姿。

 空は意識を失った後、陸によってソファに運ばれていた。


「先にご飯食べちゃった。……で、話って?」

「ああ」


 空は体を起こし、こんにゃくを握る。そして食卓テーブルに移動する。


「なぜこんにゃくを頭に乗せた?」

「なんか冷たくていいかなーって」


「まあいい。このこんにゃくはなんだ? なぜ話せる。最近のスマホは喋るってのはナシだ。ちゃんと理由を教えろ」


 空は真面目な顔で訊いた。


 陸は黙る。


「明日からご飯作るのやめるぞ? 洗濯も自分でしろ」

「うー。分かったよ。話す」


 陸は観念したのかスラスラと言葉を出していった。


 本来行おうとしていた黒魔術とは違う魔術を行ってしまったこと。

 その魔術は時間を戻すのではなく、悪魔を物に宿す召喚魔術だったということ。

 夜中に悪魔をなんとかしようとしたが無理だったこと。


「ごめんなさい!」


 陸は涙目になりながら謝ってくる。


 信じがたい話だった。


「その悪魔って?」


 この言葉に反応したのか、テーブルの上でこんにゃくは直立する。


「よく聞いてくれた! 俺様の名はル――」


 こんにゃくが言い切る前に陸が割って入る。


「クニツル! こんにゃくの名前はクニツルよ!」

「くにつる? なんだそれ?」


「俺様はクニツルなどではない! ルぶふぅ――」


 陸はこんにゃくをテーブルに叩きつける。


「だってこんにゃくってクニクニしててツルツルでしょ? だからクニツル!」

「いや。俺が聞きたいのはどんな悪魔なのかだよ」


「クニツルなの!」


 陸はピーカブーで構える。


「はぁ。分かったよ。クニツルだな」

「俺様はそんな名ではないぞ」


 こんにゃくは肩などないが、肩を落とす。


 こうして空と陸、クニツルとの生活が始まった。


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