5

 黒を基調とした陸の部屋。

 照明器具の明かりは無く、二人を照らしているのは蝋燭と陸の手に握られているスマホ画面の明かり。それとこんにゃく画面・・・・・・・の明かり。

 兄妹は体育座りで背中を丸め話しをする。


「なあ陸。ちょっと整理しないか?」

「う、うん」


「陸は黒魔術で壊れたスマホの時間を戻そうとした。間違いないな?」

「うん」


「でも、その壊れたスマホはこんにゃくに吸収された」

「うん」


「で、こんにゃくがスマホになった」

「うん」


「電話やメールの送受信ができるし、アプリを入れてゲームもできた。これはさっき検証したな」

「うん」


「陸……ありがとう! 俺スマホ直って良かったよ!」

「うん。リク、空ニィの役に立ててよかった」


 兄妹は固い握手をした。


「少年少女よ、俺様の存在を無視していないか? 俺様はなぜこのような体に。こんなにも愚弄されたのは初めてのことだ」


 こんにゃくはテーブルの上でぺちぺちと跳ね回る。


「なあ陸。ちょっと整理しないか?」

「う、うん」


「なんでこんにゃくが言葉を話すんだ?」

「最新のスマホはしゃべるから……」


 空は気づいていないが、陸は尋常じゃないほど汗をかいている。


「そ、そうなのか?」

「う、うん。リ、リクのもしゃべるよ?」


 そう言うと陸は自分のスマホをいじり、空に見えないように、音声認識機能を発動させる。

 するとスマホが声を出す。


『ご用件はなんでしょうか?』

「空ニィに電話して」


『かしこまりました』


 陸のスマホはそう言って空のスマホに電話をかけた。


「おお」

「ほ、他にも、明日七時に起こしてって言うとアラーム設定してくれたりもするよ。ははは、はは……」


 空は気づいていないが、陸は滝のように汗を流している。


「おお」


 空は感激する。最近のスマホはそうなのか。すごいな。と。


「にしても陸。お前凄い汗かいてないか? そんなに暑い?」

「え、え、そそそそそそんなことないよぉ」


 空は気づいた。陸の顔から流れ出る滝に。

 陸は目を合わせることなく立ち上がった。


「……く、黒まじゅ、まじゅちゅにしゅ、集中してたから、ははは。な、なんか急に眠くなっちゃったなー、リクもう寝るから出ていってくれないかなー」


 空はそう言われ部屋を追い出される。仕方がないので自室に戻った。



 時刻は午後十一時を回った頃。


 空は明日から高校での初授業がある。

 昨日のうちに、予習として全教科の教科書に目を通してあった。授業道具の準備もしてある。


 空は疲れていた。風呂に入りたいが眠さが勝っている。


 机に本棚。衣装ダンスにベッドしかない自室で寝巻に着替えた。

 ベッドに置いてある目覚まし時計にアラームをセットするため手を伸ばしたところで、先ほどの陸のスマホを思い出した。


「せっかくスマホ手に入れたんだしアラームセットしてもらおう!」


 こんにゃくを持ち声をかける。


「明日六時に起こしてくれ」


 しかし応答はない。


「明日六時に起こしてくれ」 

「……少年。それは俺様に言っているのか?」


「そうだけど」

「俺様はお前のような少年の子守りをするために呼ばれたのか?」


 口答えするこんにゃく。


「分かったよ。手動でアラーム入れるから」

「ちょっと待て! またくすぐる気か?」


「あは、そそこはやめろ! ちょ、っとやめ――あは」


 空は動くこんにゃくをよそにアラームをセットし部屋の明かりを消す。そして布団に入る。


 空は明日が楽しみだった。

 連絡先交換。流行ってるゲームアプリの話など。

 しかし不安もある。

 どうやって話しかけるのか。ということだ。

 中学でのことを思い出す。侮蔑のこもった眼差。その恐怖が瞼の裏を行き来する。

 

 しかし、このときの空は少し、ほんの少しだけ勇気と自信をもらっていた。

 スーパーで女性に触れられたこと。スマホを手にしたことからだ。

 他者からすると気にも留めない些細なことだが、そんな些細なことが支えとなっていた。


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