第5章『再生と前進』(4)


 車から降りた、その先にあったのは――至って普通な喫茶店だった。

 店の規模は小さく、ビルの一階に位置しているため、入り口付近にはメニューや店主のメッセージ等が記述された黒板と、手入れの行き届いた花壇がある。それらの外装からは、慎ましいことは否めないが小洒落た印象を感じ取れた。が、それでも普通といえば、その範疇にあるだろう。

 たった一つだけ変わった点を挙げるとするなら、その店の直上を見上げると、二階にあったのが探偵事務所ということくらいか。

「時間的には問題なさそうですが――少し、静かですね。いつもは少し騒々しい連中だったりするのですが、どうやら面接相手がいるのでしょう。実は、面接する彼女は新入りの子だったりします」

「新入りって……それでいいの? あと、二階の方に探偵事務所があるけど」

「あ、それは別の一般向けですわ。わたくしの親類がやってますの。第一、わたくし達の扱う仕事は金銭の伴う営利目的ではありませんし。みんな、学生ですもの」

 そう言い終えて、彼女は喫茶店の扉を開く。当然、ぼくも彼女に続いた。

 店内には数人の、一般客であろう大人と、奥のカウンター席に着いている少年が二人。

 カウンター席の傍にあるテーブル席には、別の少年と少女が対面しており、ぼくは片方の少女に見覚えがあった。

「あ、れ。もしかして」

「ようやっと来たか、遊鳥。依頼人も来てることだし、いい加減待ちくたびれたぜ」

「こら、ここでは本名ではなく、HN(ハンドルネーム)で呼び合うという決まりでしょう」

「わりぃわりぃ、つい口にしやすい方で呼んじまった」

 ひらひらと、少年は手を振りながら「ほら、席空いてるから、こっち来いよ二人とも」と言って、ぼくらを案内する。

 それに従い、ぼくらはテーブル席に向かう――飄々とした、だけれど道継とは違う気さくさを纏う少年だ。そう思いながら、ぼくは空席のどちらに座ろうか迷った。

「君は、俺の隣に座ってくれ」

「はい、では失礼します」

「ということは、わたくしはこちらですか」

 ぼくは面接官の正面、彼女は少年の正面――面接官の隣へと腰掛けた。

「……なんていうか、ずいぶんと地味な服を着てんな。部屋着だろ? それで外出するのは辛くないか」

 ぼくのを見るや否や、少年は遠慮なく感想を口にする。

「あー、ちょっと替えがなくて。ぼく、ここに来る前に服を汚しちゃったから」

「なるほど。面接前に邪魔して悪かった、じゃあな」

 彼は立ち上がると、他の仲間の元に向かってゆく。

 このテーブルに残されたのは、ぼくと遊鳥さん、そして面接官の少女だけ。

 そして、

「貴方が、立花空くんですか?」

「うん」

「私のことが分かりますか?」

「……うん」

「あらためて自己紹介してもいいですか?」

「そうだね、言葉を交わすのは初めてだから。よろしくね」

「では、私の名前は――」

 面接が始まる前に、ぼくは目の前の少女に救われることになった。

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