第5章『再生と前進』(3)
「先程のサークルについて説明しましょう」
前置きも無く、彼女は用件について話し出した。
ぼく達は現在、佐々木さんの運転する黒塗りリムジン、その後部座席で対面しながら座っていた。行き先は不明、彼女いわく「秘密のアジトに向かいます」とのことだが……
高級車ということもあってか、豪奢な内装に威圧感を感じつつも平然としている彼女に対し、できるだけ動揺を伝えないよう質問した。
「どのような、サークルですか?」
「これからの貴方に必要で、なおかつ、これから深く関わり合うかもしれない〝居場所〟です。実は以前から、貴方を勧誘しようか検討しておりましたが……サークルに財閥出身者は居ませんし、何より裏事情に差し支えましたから、今まで慎重にならざるを得ませんでした」
「……」
「その前にメンバーとの面接です」
「……わかりました」
面接、か。
日常的に連続して麻痺してしまったのか。
サークルに参加するかしないかを考える間もなく、適当に了承してしまった。
どうせ失敗したところで、何も変わり映えしないだろう――なんて潔さとはかけ離れた諦めと共に、ぼくは溜め息交じりで彼女に尋ねた。
「あの。さっきの抽象的な表現では、いまいち理解しがたいといいますか……サークルの活動目的等を具体的に教えて頂きたいです」
「そうですね。しかし、詳細を語るには少々時間が必要となるので、ある程度の簡略に関してはご容赦ください」
言い終えた彼女は両手を膝の上に乗せて、佇まいを整える。
その後、まっすぐぼくを見据えながら暗唱し始めた。
「一つ、無才能者であり、それを悲観しないこと。
二つ、社会不適合であること否定し、適応力を育むこと。
三つ、生まれた意味と、自己の価値を証明すること。
以上です。まあ幾分と昔に思い付いたものなので、少々の青臭さは否めませんが」
続けざまに述べたところで一旦、彼女は一呼吸入れる。
息を整えたところで、彼女は表情ひとつ変えず再開した。
「これら三ヶ条の下、わたくし達は活動を行い続けています。今年で活動開始から四年度になりますね。具体的な内容につきましては、まずはご依頼人の方との話をしない限り、はっきりと申し上げられませんが。軽い人助けのようなものだと考えて下さってよいです」
――話を聞いていて、ひとつ気付いたことがあった。
それは彼女がどうして、ぼくという無才能者に、対等な態度で接することが出来るのかという、当初からの疑念に関する確信だった。
「……貴女も、まさか」
「ええ。わたくしも無才能者です」
「――――っ」
とてもそうは見えない、と思わず呟きかけたが、その言葉を飲み込んだ。
そんなことを呟いたところで、余計に自分が惨めに思えるだけだったから。
「もうお判りでしょうが、わたくし共のサークル――〝ルーツ〟は無才能者によって構成された、いわば無才能者の社会奉仕クラブです。そして、わたくし達はルーツに加入する条件を一つだけ課しています」
「それは?」
「将来の夢です」
「――――」
ついさっきまで忘れていた、だけれど本当に大切だったはずのことを想い出した気がして、ぼくは呆けてしまった。
「別に、なんでも構いませんよ。無才能者にとって将来のことを考えるのは、とても難しいことですし。しかし、だからこそ無才能者サークル〝ルーツ〟で、一体どこに自分が向かおうとしているのかを真っ直ぐ見つめておかないと、ここでの活動に意義を見出すこともないまま日々を無駄に過ごしかねません。そういうことを、わたくし達は懸念しています。それゆえに将来のことを直視できる人に限定して、サークルに迎え入れるようにしているのです」
「……わかりました。きちんと答えられるよう考えておきます」
「ええ。今すぐでなくとも、加入時に答えられれば十分です。将来の夢について、特に制限は設けません。手の届く範囲内のことでもいいですし、可能性が限りなく低いことでも構いません。ただ前向きに頑張れるなら、なんでもよいのです」
にっこりと微笑んで、彼女は気軽な口調で言った。
将来の夢なんて漠然としていて、才能計測器のなかった頃の子どもにしてみれば思い付くまま口にしてしまうのだろう。
だけど、今のぼくたち無才能者にとっては、口にするのも憚れるようなものだった。
「それにしても、どうして将来の夢を持つなんてことを条件にしたのですか?」
「――超過能力。無才能者たちの一部は、あれに依存して破滅の道を歩んでいます。わたくし達ルーツも以前、超過能力の誘惑に負けてしまい、サークルから分裂した者達がいるのです」
「なるほど……自分の将来を悲観して、自暴自棄になったメンバーによるサークル崩壊を招かないためですか」
「そういうことになります、お恥ずかしい話ですけれども」
「いえ、そんなことは」
「ルーツは、無才能者が〝生きがい〟を探求し、それを成し遂げるために設立した組織です。命を蔑ろにする超過能力に対して、わたくし達は断固として否定します。可能であるなら撲滅という目標を掲げたいほど」
「……だから、ぼくの力が欲しいんですね」
「ええ、素直に申し上げると。ですが、一人の無才能者として、貴方を受け入れたい気持ちは本当です。異能者としての貴方ではなく、一人の人間としての貴方を尊重したい。そうですね、超過能力抑制による活動は、貴方の意志に任せます」
「超過能力を抑制し、元の無才能者に戻せる。ぼくの力は、このためだけに使われるべきだと自分でも思います。だから――まだ面接前ですが、よろしくお願いします」
ぼくは座りながら礼をする。
遊鳥さんも「こちらこそ」と返しながら、くすりと小さく笑いかけてきた。
いったい何がおかしいのだろうと思ったけれど……さっきまで彼女を拒絶してばかりだったのに、今ではころっと手のひらを返すようなことばかりを口にしている。
短時間で、ここまで自分の意見が変わるというのは、我ながら立ち直るときは早いのか。
それとも、彼女の手玉に取られてしまったのか。
「話が纏まったところで、そろそろ着くぞ。オレ、腹ァ減ってるし、ついでに飯を食いに行ってもいいか?」
「……え?」
運転席にいるはずの彼女から、ありえない言葉遣いが聞こえてきたことで吃驚する。
「あら〝雅〟さん。〝佐々木〟さんと入れ替わっているなら、先に仰ってくださいな」
「わりい、言い忘れてた。ちなみに運転中に入れ替わった」
「……殺す気ですか」
「待って下さい、なんだか佐々木さんの様子が変ですけど?」
「ああ、言ってませんでしたね……〝彼女〟は〈叉蛇(サーシャ)一属〉の一人です。基本的に昼間は女性人格の〝佐々木〟さんで、夜は男性人格の〝雅〟さんが担当しておられます。もう一人いるのですが、残念ながら彼女は〝引き籠り〟でして、滅多に出てくれません」
「はぁ……名称と、複数人格を所有するという特性は知っていますが。天上院家に従属する、亜人さんですよね」
「――――」
そういえば〈叉蛇〉は天上院家が保有する、亜人の一属だったか。
前に道継が、許嫁のことを話すついでに語ってくれたような気がしたが、あまり憶えてはいない。
「叉蛇はヨーロッパ出身で、我が天上院家と雇用契約を結んだ亜人の一種です。一応、断っておきましょう。日本において、裏財閥は亜人に差別的な意識を持たれがちですが、天上院家は他とは異なり彼らを管理しておらず、ビジネスに基づく対等な関係であることに注意してください。あくまで彼らは、わたくしどもと協力関係にある特殊技能者――つまり〝従属〟ではなく契約に基づいた雇用です。亜人と人間の人種区別を、我々は認めていません」
「え? ああ、うん。ぼくも混血だし、気にしてなかったけど……ごめんなさい、従属という言葉が不快なら、今度から気を付けるよ。ところで二人とも外国の人?」
「わたくしはハーフです。まあ母が叉蛇(サーシャ)の出身といっても、まあ父の血が濃く出たので、普通の人間と変わりませんし」
「え? でも劣性遺伝子の都合上、金髪は――」
「染めてますが何か?」
「いえ、なんでも……大変お似合いで」
折り目正しいように見えて、案外不良さんだった。
(……大丈夫、なのか? 彼女がトップのサークルって)
これから向かう無才能者サークルに一抹の不満を憶えつつも、ぼくは車が止まるまで彼女と取り留めのない会話を続けたのだった。
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