幕間

 一刻前、都城道継が率いる超過能力者集団〝オーヴァーズ〟は、立花宅のあるマンションに訪れていた。

 目的は立花真季子――空の母親を連行すること。といっても、あまり目立つ訳にはいかないので、立花宅の玄関先にいる実行メンバーは三人のみ。

 他は、ミニバンの周りで駐車場で待機している。

 三人のうちリーダーとして振る舞っている少女は、かつて空に襲い掛かったことのある――〝サキ〟という超過能力者。彼女は階段近くの物陰から、周りの様子を見渡しながら警戒している。

 もう一人は、その傍らで白衣に身を包んでいる少年だが、サキよりは幾らか年下であるのか、幼さの残る顔立ちに不安の色が窺える。緊張しているのか沈黙したまま、サキの傍で微動だにしない。

 最後の一人といえば、こちらも以前に立花家の施錠を解除したことのある不良少年だった。

 まだ超過能力を獲得してはいないようだが、人並はずれて手先が器用らしい。いかなる素性か、はたまた軽犯罪の経歴でもあるのか、玄関扉の前にしゃがみ込んでピッキング行為に勤しんでいる。年頃は白衣の少年よりは上だが、サキよりは下くらいといったところか。

 ……だが、なにやら気が乗らないらしく、がちゃがちゃと鍵穴を弄りつつ不良少年はぼやく。

「やるんすか、マジっすか」

「ええ。それがどうかしたかしら?」

 少し離れた位置で、立花宅の方ではなくマンション外の方へと視線を向けるサキに、不良の少年は背中越しに尋ねる。

「誘拐して、人質にして、んでもって立花空とかいう奴をどうするんですかね。ボス――都城の兄貴が何を考えてんのか、さっぱり意味不明っすよ」

「余計な詮索はしない、分を弁えなさい新入り」

「痛っ、やめてくださいよぉ。いま鍵開けるのに集中してんすから……はい、開きましたよ。まあ一度やった扉ですし、苦労はしてませんけど。つかマンション古いっすね、鍵も昔のやつから付け替えてないっぽいし」

彼は頭を小突かれつつも、無事に開錠できたことで安堵の溜息を吐く。

 一方、人通りの方を見張っていたサキは、ようやく見られたら通報不可避の状況が終わったことで同じように安心するが、すぐに「こっちに来なさい、道路に人が通りかかったわ」と、少年に指示する。歩道に、買い物から帰っていると思われる主婦が現れたのだ。

 座り込んで作業していた彼は屈伸をしながら欠伸をする。が、さっさと動けと言わんばかりにサキに横から睨まれ、そそくさと目立たないマンション階段側へと移動した。

 やがて近づいてきた彼に、彼女は念入りの確認を取る。

「TMIの接続端末――〝カラーデバイス〟は忘れてないでしょうね?」

「これっすか? 昔なつかしの〝首輪〟っすよね。かつてのおれ達を絶望のどん底に落としてくれやがった、あの才能計測器の一部品」

「そう、それ」

少年がポケットから取り出し、くるくると指先で回している首輪のような物体。

 どうやら才能計測器の一部であるらしく、少年の方は部品でしかないと割り切っているのか、平然と安い玩具のように弄んでいる。が、サキは憎らしげな視線をそれに送っていた。

 そんな彼女に怖気づいた少年は、茶化すのも限度があると自覚し、カラーデバイスをしっかりと握りながら持ち直す。

「でも、これだけだと才能計測――じゃなくて才能の譲渡すら無理っすけどね。なんか歯医者さんの手術台みたいなアレ、なんていうのか……詳しくは知らないすけど、ああいった大掛かりな装置がないと、才能をダウンロードできないでしょ」

「それが目的じゃないから。才能計測システムのサーバー〝スカイア〟に、彼女の人格と記憶データを記憶、同期するだけ。それ自体は首輪型のデバイスとネット接続だけで十分よ」

「おれ達と同じじゃないすか、それ」

カラーデバイスを握りしめ、眉間に皺を寄せる少年。

「そう。無才能者と判別されると同時に、サーバー内へと登録されるのと同じ。今はエリーゼがいないと無理だけど、エリーゼなしでも困らないように、彼女のデバイスと同じ機能を持った首輪型のカラーデバイスを量産する予定なの。っていうか、この前に能力開発研究所でデバイスを受け取ったとき、美作大地から話を聞いたでしょ。もう忘れたの?」

「あー、おれアタマ悪いんで、理系のハイエンドな人が説明していても上手く理解できなかったり。まあ、今ので大体わかったっすけど……嫌な話っすよねぇ。最初から一%の無才能者を選別するつもりで、才能計測システムは行われているんすから。じゃなかったら無才能者だけ自動登録しないでしょうし。ま、そのおかげでボスの計画は成り立ってるわけですが」

「それと同時に九九%を天才へと昇華しているわ、憎らしいけど世界のアップデートには必要なことだから」

「天才ねぇ……おれ、こういう特技を持ってる有才能者なんて知らないんですけど。まあTMIが才能を計測していない以上、〝生まれ持った才能〟は無視されてるから仕方ないか」

「犯罪に関係してしまいかねない危険な才能は、あらかじめシステムから除外されているわ。ボスいわく、たとえ本当に才能を計測していたとしても、その制限自体は変わらなかったらしいって。残念だったわね」

「計測していたとしても、生まれながらに犯罪者予備軍の扱いかよ……」

ちっ、と舌打ちをした少年は悪態づくものの、言われ慣れているせいか自嘲気味に軽く笑っている。

反省の色を見せない彼に、サキは肩をすくめながら呆れた声で容赦なく言った。

「自覚があったのね。でもピッキング自体は、あんたのように悪戯でなければ立派な技能よ。要するに、あんたの場合は才能じゃなくて性格の問題」

「……サキさんに言われたくないんすけど」

「なんか言った?」

「なんでもないです」

「……どうやらマンションの住人じゃなかったようだわ。おばさんも通り過ぎたし、そろそろ行くわよ」

 三人は階段から玄関まで戻るが、またもや不良少年が好奇心を抑えきれずに尋ねてくる。

「あの、その前に今更ながらの質問っす」

「なに? もう時間の無駄よ」

「いや、立花空の母親さんって無才能者とは関係ないでしょ。わざわざ登録するっていうことは、あれっすか。最悪の場合は――死ぬんすか」

「でしょうね」

「んでもって、死んだ後にも人質にできるよう、この首輪を付けると」

「少なくともボスは、立花空との交渉に用いるつもりで保険を掛けるようね」

「……〝死んでも死にきれない〟ってのは、おれ達が与えられた〝天国〟の裏返しなんすね。死んだところで生き返らされて、何があろうとも裏切りは許されない。それが、おれ達のルールってやつ」

天国、そして死んでも生き返る。

 彼の口から零れ落ちた言葉は突拍子もない内容だが、どうやら本気で〝自分たちは死なない、天国とやらに行ける〟確証があるらしい。

「あら、ボスを疑っているのかしら?」

「いえいえ滅相もない、都城の兄貴はマジリスペクトしてますから」

「あんたの態度が悪いから信用できないのよ」

「んなこたないっすよ! 〝死なない世界の実現〟――最高じゃないっすか! ただ、なんでも旨い話っつー訳にはいかないでしょ? そういう理想世界にだって秩序っつーもんは必要です。そのための超過能力抑制システム――立花空って人が必要なんですから」

「……よく知ってるわね、新入りの癖に」

「割とボスには気に入られてるんで、はい」

「そういう生意気なことを自分で言わない」

「痛っ! なんすかパワハラっすか!」

「……行くわよ、時間の無駄にも程がある」

「あっ、ちょっと待ってくださいって。おーい、大丈夫か白衣君。布袋の、弟の方だっけか?まあどっちでもいいんだけど、そろそろ出番だぞ」

「っ、はい」

これまでの間、ずっと無言のまま立ち呆けていた白衣の少年は、唐突に呼びかけられて詰まりがちの返事をした。それを見て「大丈夫なんすか、こいつ……」と指差しながらサキに言ったものの、苛立った彼女から舌打ちを返されるとともに脇腹を拳で小突かれる。

「痛っ! なんすか、おれのこと好きなんすか! 好きな子に嫌がらせしたいっていう乙女心なら受け入れます!」

「うっわキモ……じゃなくて、あんたより遥かに真面目で良い子よ。そして、彼の超過能力は戦力という意味以外で優秀なの。まあ今に見てなさいな……布袋、わたしの後に付いてきて」

「了解です」

 がちゃり、と玄関扉を開いてサキは先行する。

 昼間だというのにアルコールの臭いが鼻に付いた。薄暗い玄関は掃除が行き届いているものの、あまり衛生的だという印象は無い。

「うげ……」

「…………」

「さっさと終わらせるわよ」

 三人とも長居したくはないと思いながら、彼女たちは目的の人物を探し始めた。 


          *


「こんだけっすか、俺の仕事」

「ええ、ここから先はあたしと布袋、超過能力者の仕事だから。あんた一人だけは用済みよ、帰りなさい」

「超過能力、いつになったら貰えるんですかねぇ、おれは」

「あんた、ボスから信用されてるって言ってなかったかしら?」

「いや、その……なんか超過能力なしでも使える奴だ、って思われていたり?」

「あほくさ」

溜息を吐いたサキは、不良少年の方から目を離す。

立花宅で行われた〝立花真季子の誘拐〟は無事に終わった。白衣の少年を超過能力〝擬態〟によって〝美作大地〟と錯覚している真季子は、ミニバンの前で子ども達に囲まれているものの、逃げ出そうとする素振りは見せない。どうやら上手く騙せているようだ。

 彼はサキに、向こうに届かないよう小声で話しかける。

「つか泥酔しているとはいえ、いったいどういう手段で女性一人を拉致するんだって思ったら……〝変身〟っすか」

「ええ、正しくは〝擬態(メタモルフォーゼ)〟だけれどね。彼を見ている人間は、彼のことを〝自分が見たい、会いたい人〟として認識する。それが発動条件と制限でもあるけれどね。つまり、あの立花真季子にとって、今の彼は〝美作大地〟に視えているんでしょ」

「……大人しくカラーデバイスを首に括りつけられたのも、その人の言うことに従っただけっすか」

 マンションの壁に寄りかかりながら、仲間のミニバンを遠目で眺める。

 そこには偽りの再会を嬉しそうにしている真季子の姿があった。時折、〝彼(だいち)〟の連れてきた子ども達に不審な視線を送っているが、〝彼〟に「……早く乗って」と促されるとぎこちなく微笑みを返して車内へと乗り込んでゆく。

 ……まもなくミニバンにエンジンがかかり、運転席の方からサキを呼ぶ声が聞こえてくる。

それに手を翳して応えると、彼女は不良少年に尋ねた。

「あんたは誰に見えたかしら?」

「S級才能値グラビアモデルの〝莉々那ちゃん〟が、白衣の天使に……それも黒縁眼鏡を」

「あっそ」

「サキさんは誰でした?」

「言う訳ないでしょ、ばかじゃないの」

「ちょっ、おれだけ言い損じゃないすか!」

「ばーか」

そう言い残して、サキはミニバンの助手席に乗り込む。まもなくミニバンは動き出し、砂利交じりのアスファルトをタイヤが擦ってゆく。

 不良の少年だけが現場から直帰ということになり、ただ一人ぽつねんと残された。

「……息子さんより、自分を棄てた旦那の方が会いたいってか。切ねぇな、まあ他人事だが。立花空には何も残らねぇんだな。自由といえば聞こえがいいが、要するに孤独――いや」

 寂しげな背中をマンションに向けて、彼は帰路に就く。

「だから都城のボスは、あの〝無才能者の許嫁〟を自由気儘にさせてやってたんすかね」

 歩きながら顔を上げると、曇り一つない晴れやかな空が広がっていた。

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