第4章『オーヴァーズ』(4)


「――美作博士。先日、貴方は道継と何を話していましたか?」

空と尋之が去ってから間もない頃の、能力開発研究所の一室。

 ホテル代わりに用意させてもらった場所で、美作大地がソファに寝転がって睡眠を摂ろうとしていた。が、二人と入れ替わるように哀神方舟が現れ、自身に問い詰めてきたのだ。 

 ――道継との密会、それだけでなく〝超過能力者〟との接触について。

 美作大地が帰国したことが気になったことと、同時に道継の裏財閥とは関係のない忙しさ、虹ヶ丘市内に集中する超過能力者たちの数や暴動数……それらの関連性を疑った彼女は道継と大地に疑念を抱き始めていた。

 最初は二人を相手に自分が立ち回れるわけがないと考えたが、彼らが立花空を間に挟んだことから、彼の情報を伝って能力開発研究所に向かったところ……偶然、道継と大地、そして超過能力者集団〝オーヴァーズ〟の密会を目の当たりにすることができたのだった。

 ソファから身体を起こした美作大地は、額に手を当てながら言う。 

「困ったな。本当に、最近は困った子ばかりで非常に困るよ。聞き分けの悪くなった空といい、姉思いなのは素敵なことだが、不必要なことまで知りたがる尋之君といい、面倒で仕方がない。僕に残された日本の滞在時間は有限だ。今は、貴重な睡眠時間に充てたかったのだがね」

「質問に答えてください。でないと、わたしは貴方を――」

「わかったよ、僕も命が惜しい。別に大したことじゃないよ――〝もう片方のデバイス〟を渡しただけだ」

「デバイス?」

端的だが奇妙な単語に、方舟は引っかかる。

 ソファに寝ころんだままの大地は、今にも首を絞めてきそうな彼女の様相に渋々といった感じで言った。

「ああ。もう現場を見られたからには、変に疑られてもしょうがないから全部白状するけどね……ほら、彼はたくさんの少年たちを連れてきていただろう? 彼らは皆、〈超能力覚醒器〉――すなわちエリーゼによって超過能力者になってるんだよ」

「なぜ――どうして! 彼女は空君によって殺されたはずです!」

「ああ、彼自身がトラウマになってるアレだね。手加減の一切なく、エリーゼに〝能力操作能力〟を用いて、超過能力による副作用と同じように命を奪ったんだっけか。グズグズに溶けたらしいね、腐った肉が。まあ残ってはいないし、なにより彼女は生きているし」

「……誰が、彼女を」

「道継君、君の従兄さ。どうやら彼女自身に超能力を覚醒させたらしい。たしか〈再生(リジェネレート)〉なんて言ったかな? 要は不死身の超能力だよ、限度はあるらしいけどね。とにかくエリーゼは一度死んで自力で蘇生した。だから生きてる」

「――――」

能力開発研究所の終焉を、彼女は思い出す。

 あの時、自分もまた現場にいた子どもとして、次々と子ども達が超過能力を暴走させて急速に体を衰えさせたのち、枯れ枝のような手足になって死んでゆくのを見た。

 あのような地獄を体験して以来、ずっと彼女は空のことが気懸りでならなかった。

 自分という異能者がいなければ、エリーゼは生まれなかった……皆が犠牲になることはなかったと後悔しているのを、方舟は能力開発研究所を出る直前に聞いたことがある。

だが、自分もまたエリーゼを造る前の実験データとして扱われたことも原因であるし、そして何より、すべての元凶は――

「それからエリーゼを連れて、僕のところに来た彼は言ってくれたよ。


『超能力覚醒実験に失敗して呆然自失としたままの空は、もう貴方の力になれない。俺が代わりに、すべての人々が特別で唯一の、素敵な存在になれる理想の世界、すなわち――〝九九%の天才と一%の超人による新世界〟を造り上げる。だから協力してほしい』


 なんてね。そんな魅力的なことを、僕が断る道理なんてなかったのさ」

「…………」

「喜んで、僕はエリーゼの隠蔽を決定した。そのために葉子君に〝弟の無事と引き換え〟に自ら超過能力を行使することを頼んだんだ。超能力覚醒実験に失敗した僕たちは、この能力開発研究所への多大な投資分を取り戻す必要があった。超能力研究の副産物で拵えた〝才能開発システム〟で政府のご機嫌取りをしつつ権益を得ることで、能力開発研究所の維持費用を賄ったんだ。その傍ら――僕たちは諦めずに、性懲りもなく、超能力研究にリベンジしたのさ」

「才能計測器は、才能開発システムは、一体なんだったのですか」

「あれは必要なものだよ、理想を実現するために不可欠な〝九九%の天才〟を作るためにね。〝一%の超過能力者となる無才能者を選別する〟という目的もあるけど。しかも今は、超過能力者のために、新たな機能を搭載していたりするし」

 自身の研究について話しているせいか、いつのまにか大地はソファから身を乗り出しながら熱っぽく語っている。

 その雄弁さが増せば増すほど、方舟にとって不快さが増していた。

「道継君には、もう超過能力者をそのままで〝一%の超人〟に仕立て上げる構想がある。僕もそれの実現に協力している。今まで僕たちは超過能力という欠陥品そのものを否定してきたけど、道継君は違った。彼は代償があるからこそ、より一%の価値は高まると言っていたんだ。繰り返し命を削ってでも超過能力を使う姿に、未来の人々は心酔すると」

「……デバイスは」

「ん?」

「先程、貴方が口にしていたデバイスというのは?」

「ああ、それのことか。エリーゼを研究材料に、彼女と空専用の異能制御・強化装置として、新たに開発したものだよ。これを造れたのは、ひとえに彼女の生存があってこそだ。空も喜んでいたよ、これで自分は超過能力者を救えると――」

 ぱあんっ! 

 方舟は、いけしゃあしゃあと言ってのけた大地の頬を平手打ちした。

「……この人間の屑」

 

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