第4章『オーヴァーズ』(3)

 それから問い詰め続けていても、ずっと彼は口を閉ざしまま土下座し続ける。

 仕方ないので、ぼくは訝しみつつも仕方なく帰ることにした。

 ……いったい、何が引き換えなのか。

 どうして彼は、あそこまで――

「は? なんで、母さんが」

 病院のエントランスに、少年少女で構成されたグループが中央で集まっていた。

 そこには母さんの姿もあって、そして――

「久しぶりね。前にも言ったけれど、私たちと一緒に来てもらえるかしら? 断ったのなら、ここで貴方のお母さんを八つ裂きにするわ」

「……サキさん」

 以前、ぼくを超過能力で襲った彼女が、グループ代表のように振る舞いながら現れた。

 それだけじゃない。彼女の隣にいる少年は、母さんの首……に巻かれた〝何か〟を乱暴に掴みながら、まるで人質のように見せつけている。

 首輪と首筋の間に指が食い込んでいるせいで息が苦しいのか、母さんが「う、ぐっ……」と呻き声を上げるたびに腸が煮えくり返る気持ちになる、けど……落ち着け自分、とにかく今は話を聞きだすしかない。

「葉子さんは見つかったんじゃない。君たちが彼女を利用し続けた挙句の果てに、尋之君の元に帰す条件として、ぼくのことを誘き出す材料にしたのか。そうだろ?」

「ご明察、すっかり出涸らしになっちゃったからね。もう彼女の〈隠滅〉が使えないとなると、もう他に使い道が思い浮かばなくてね……まあ一番の理由は、私たちの〝天国〟を否定したから、なのだけれど」

「天国? それは……いや、その前に。君は以前、エリーゼのことを口にした。エリーゼを今まで隠蔽してきたことができたのは、葉子さんの超過能力によるものだろう。そして君たちの超過能力は、違法改造TMIによる過剰な才能投与によるものではない。超過能力覚醒器――エリーゼによって得られたものだ。彼女が生きている理由はわからないけど、たぶんボスって人による仕業じゃないのか。これで正解?」

「……もう分かるわね、デバイスを差し出しなさい。それがある限り、あんたが私たちにとって脅威となることは知っているわ」

 狙いは、これか? 

 話しながら、さりげなく右手に装着したそれを、左手で触れて確かめる。

――ふと疑問に思った。彼らはデバイスを脅威として認識している。

 でも、いつデバイスのことを知った?

 それに、さっきから〝きらきら〟と母さんの首筋で光る物体、あれって……首輪というには小さすぎるというか、たしかTMIの接続器具か何かだった気がする。

 でも、どうしてそんなものを身に付けているんだ? あれには才能計測システムとの接続と才能のダウンロード機能しかなかったはずだ。

「あのさ、サキさん。母さんの首に付いてるのって、TMIの部品だったよね。どうして、あんなものを付けてるの?」

「質問には答えられないわ、早くデバイスを取り外しなさい。母親がどうなってもいいの? あと、ここで変なことをすれば騒ぎになるけれど?」

「…………」

 辺りを見渡せば、看護士や患者、付添の方々と思われる一般の方々から怪訝な目で見られていることに気付く。あまり長引かせても騒ぎになることは間違いない。

(突破は……無理か)

 目を合わせたりして複数の相手との感覚を合わせれば、能力操作能力自体は発動する。問題は、まだ使い慣れていないデバイスで、一気に複数の超過能力を抑制するのは困難であることだ。失敗して、ぼく一人が犠牲になるのはともかく……母を巻き込むことはできない。

 ぼくはデバイスを手から取り外して、制服のポケットに突っ込んだ。

「仕方ない、大人しく捕まることにするよ」

「じゃあ――」

 サキさんが背後に目配せすると、後ろから母さんが突き飛ばされて、ぼくの前によろめいて倒れかける。それを無言で抱き留めたとき、ぼくの両隣に超過能力者と思われる少年がいて、じっとぼくの挙動を注視してきていた。

 未だに事態が上手く飲み込めていない母さんは「な、なんなの。いきなり訳の分からない子たちに、こんな――」と呟き続けている。でも無事を確認できた今、彼女に構ってはいられない。首に巻かれている器具の正体も分からない以上、彼らに聞きだす必要があるから逃げる訳にもいかない。

「これから私たちの向かう場所まで同行してもらうわ、立花空」

「その前に、彼女にぼくの携帯を渡させてくれ。このまま病院内に置いていく訳にはいかない。叔父に保護させてもらう」

「……いいわ」

 許しを得たぼくは母さんに振り向いて、おもむろにポケットに手を突っ込む。

(駄目元で、抵抗してみようかな。上手く行ったら母さんの首に何をしたかを聞き出せる)

 できるだけ超過能力者の子ども達に見えないよう、デバイスを掴み取ったところで、


「――目を瞑ってください、立花空!」


 背後から聞き覚えのある少女の声がすると同時に、甲高い金属音が鼓膜を打ち破るほど鳴り響く。そして、真っ白な閃光が病院内のエントランスを眩く包み込んだ。

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