第4章『オーヴァーズ』(2)

 ――施術は、あっさりと、何事も無く完了した。

 ほとんどの工程や作業は、デバイスが直接頭に訴えかけてくる指示に従えば、滞ることやミスすることもなく成功した。実際に掛かった時間は一分も無い、おそらくは三、四〇秒ほどだった。

 葉子さんの状態を確認した後は、デバイスを毟り取るように手から外す。

 そして、傍の椅子に腰かけると同時にデバイスを隣の席に放り投げた。緊張感や失敗の危機感は微塵もなく、そんなことを考え始めたのは、座った後の背もたれに体重を乗せ、深呼吸し終えてからだった。

「簡単、だった」

 そう、実に簡単だった。予想していたよりも遥かに。

 きっとデバイス無しで、もう一度やってみろと言われても、次はもっと要領良く施術を済ませるという自信があるくらい。

 ……くそ、むかつくな。

 あんな人でも、誰かを救うには必要なんだってことが。

「終わったよ、尋季君。もう病室内に入ってきていい」

ぼくが言い終えてから、数秒後。尋季君は静かに扉を開き、出入り口手前で中の様子を伺った。

「どうです、か? 姉さんの容態は」

「大丈夫。あとは時間経過に任せておけばいい。デバイスからの情報的には、意識が回復するのは数日後、くらい」

「よかった……でも、兄さんは大丈夫、なんですか?」

葉子さんの容態にひとまず安心したのか、病室の中へと歩み始める彼。

 そして、ぼくの隣席辺りに彼は立ち止った。

「ん。ちょっと体力を消耗しただけで、特に異常は無いよ。そうだ、デバイスを大地に返すべきかな。どうしよう」

「あ、それは彼から返してもらわなくてもよいと聞いています。なんでも貴方以外使うことはできないし、なによりこれから必要になるかもしれない、とのことです」

「そっか、わかったよ」

少なくとも超能力抑制に関しては、これで完全に要領を掴んだ。

 これから超過能力者と遭遇した際、デバイスを装着して抑制することで彼らの命を救えるようになるだろう。ただ、ぼく一人の力で成し遂げるには厳しいものがあるだろうけど。

 今度、道継に相談してもらうか。

 もしかしたら力になってくれるかもしれない。

 ……彼が〝超過能力者集団のボス〟ではないことが判明したのなら。

「じゃあ、ぼくは帰るね。葉子さんが目醒めたら、よろしくと言っておいてね」

「え?」

「同じ無才能者だから。ぼくにできることがないかなって」

「……貴方という人は」

ふと尋之君の方を見ると、今にも泣き出しそうな顔を手で覆っていた。

 やがて立ち上がり、ぼくの真正面まで来ると地べたに手を突いて土下座したのだ。

「えっ……いきなりどうしたの、土下座なんかして。そこまで感謝してもらうつもりはないよ」

「すみません。許してもらうつもりはないですが、本当に申し訳ありません」

 彼は身を震わせながら、告白した。


「――姉さんと引き換えなんです」


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